第21話~モニカの転落~
「ちょっと!私を早くここから出しなさいよ!」
モニカは鉄格子を掴み、外に向かって喉の限り叫んだ。
王家に対する叛意ありと見なされ、牢屋に入れられたモニカは、自分にそんな意思は無いのだから早く出せとわめいている。
当然看守はそんな声に耳を貸さず、沈黙を保っていた。
牢屋に入れられた時、無理に押し込まれてたせいで転び、膝やひじの一部をすりむいて血がにじんでいる。
ズキズキと痛むそれが、モニカの怒りをなお増幅させていった。
(なんたる屈辱!公爵令嬢たる私をこのような目に合わせて、それでいいと思っているのかしら!)
モニカは己が高貴なる生まれであることに誇りを持っているが、その驕りが行き過ぎ、王族と自分は同等であると思っている。
それゆえ、王弟であるロイに対する無礼も許されると本気で信じていた。
ドミニクとの婚約も、ロイさえ頷かせればそれで何とかなると思っていた。
しかし、ロイはモニカとの再婚約に頷かなかった。それがモニカのプライドをひどく傷つけ、絶対に許さないと歯ぎしりをしている。
だが、どんなに叫んでも誰も応じない。
いくらモニカといえど、何日も叫び続けられるものではない。日が経つごとに威勢は無くなり、今ではぼそりと呟く程度しかできなくなっていた。
「早く……私を……出しなさい……」
心の中にいくら憎しみを持っても、体がそれについてこない。
(このまま…私はどうなってしまうのかしら…)
父や母といった家族すら面会に訪れない。
見放された孤独感から寂しさが心を埋め始めた頃、いきなり牢屋に兵が押し入り、モニカは連行されるようにして牢屋を出された。
(うっ…まぶしい……)
数日ぶりの太陽に、モニカは目を細めた。
しかし、牢屋から出されたことで、ようやく元気を取り戻す。
(やっと私を牢屋に入れたことを過ちだと気付いたようね。さぁ、ロイ様?それとも国王陛下かしら?誰が謝罪に来るのかしら)
しかし、兵は王宮内部へは向かわない。
すると、向かった先にはそこそこ見栄えのする馬車が用意されていた。公爵家の所有する馬車には見劣りするが、その分実用性に富んだ馬車だ。
「乗れ」
兵にそう命じられ、モニカは瞬間で沸騰した。
「あなた、なんて口の利き方ですの!?私が一体誰だと…!」
「乗れ。この罪人が」
「ざ、罪人ですって!?あなた私を何だと…」
「さっさと乗れ!」
兵はモニカの胸倉をつかみ、そのまま無理に馬車に押し込んだ。
胸倉を掴まれるというこれ以上ない侮辱に文句を言おうとしたが、にらみつける兵の迫力に負け、怯えながらモニカは口を噤んだ。
(い、一体何なんですの!?この私を罪人呼ばわりするだなんて…!私は公爵令嬢なのよ、なのにこんな扱い…!)
馬車は外から施錠され、逃げることすらできない。
窓すらなく、馬車は動き出したが、どこに向かっているのかすらモニカには分からなかった。
「ちょっと!一体私をどこに連れていくの!」
「知らないほうがいい」
「なっ……ど、どういうことかしら!」
だが、兵はもう答えなかった。
叫べば体力を失う。
あっさり体力切れになったモニカは歯を食いしばることしかできず、ただ馬車の中でおとなしくするしかなかった。
(一体どうなっているの?それに、なんでお父様もお母様も、私を助けてくれないの?)
誰も知り合いがいない状況に、モニカの精神はどんどん削られていく。
馬車に乗せられ、何をするにしても監視が付いた状態での旅が始まった。
馬車に揺らされること1週間。
「着いたぞ」
外からそう言われ、馬車の扉が開く。
エスコートも無く、自分で降りるしかないと、見覚えのない景色が広がっていた。
そこには、立派な城壁と城門を兼ね備える城があった。城壁には蔓が絡まり、その周囲は塔がいくつも立ち並び、監視兵と思われる者たちが周囲を警戒している。
馬車の後ろには城下町が見え、それもまた高い城壁で囲まれている。
そこから、ここがどこかの国と国境を有する辺境だと予想が付いた。
「こ、ここは…?」
モニカの疑問に、知らない男の声が答えた。
「ここは、ぐふっ、デルフォーミス辺境伯領ですよ」
「…ひっ!!」
声の主の方へと視線を向け、モニカは短い悲鳴を上げた。
そこにいたのは、醜いことで有名なデルフォーミス辺境伯だった。
たるんだ肌、吹き出物だらけの顔。閉じきれない口から垂れ出るよだれ。
体臭や口臭が異常なまでの悪臭を放っており、近くはおろか、同じ部屋にいることすら耐えられないことで有名な辺境伯だ。
そんな男がどうして目の前にいるのか。
その答えが、デルフォーミス辺境伯の口から放たれた。
「ぐふう、ようこそ、我が花嫁」
「なっ!?ま、う、う、そ……」
花嫁。それが何を意味するのか、咄嗟にモニカは理解した。
虫が全身を這いまわるような恐怖に侵され、歯の震えが止まらない。
「い、いやああぁぁぁーーー!!」
モニカは脱兎のごとく逃げ出した。マナーだ貞淑さだどうでもいい。とにかくこの場から逃げださなければと、力の限り大地を踏みしめ、遠くへ駆け出す。
(い、いいいやですわ!あんな男の妻だなんて!死んだほうがマシだわ!)
しかし、長時間の馬車移動、そもそもあまりない体力。
そこに追いかけるのは、鍛えられた辺境伯の兵だ。
捕まる前に足をもつれさせて転倒したモニカは捕まり、辺境伯の下へと差し出される。
「ぐふふ、王命により、貴様と私の結婚は命じられておる。逃げれば、ぐふっ、王命への違反だぞぉ」
モニカを抱き寄せた辺境伯は、その頬を悪臭放つ舌で舐め上げた。
「いやあああぁぁぁーーーー!!!」
モニカは知らない。
彼が、王命により「モニカに対し何をしても不問とする」という権利を与えられていることを。
それから辺境伯領の城では、夜な夜な女性の喘ぎ声とも叫び声ともとれるような悲鳴が上がるようになった。
モニカは何度も城から脱走しようとし、そのたびに捕まった。
辺境伯は、逃げられないようにとモニカの足の腱を切った。
モニカが自殺を図ろうとしたので、ナイフやフォークは出されなくなった。
モニカが嫁いでから1年も経たないうちに、辺境伯家に一つの命が生まれた。
さらにその翌年には二人目が誕生。
それと合わせて、スタルタス侯爵家には、モニカの病死が伝えられた。
娘の行いにより、デレクア侯爵家と同様、スタルタス公爵家も侯爵へと家格を下げられていた。
遠い地でその生を終えた娘に、スタルタス侯爵夫妻は嘆き、悲しんだ。
だが、王命により、その葬式に参加することすら許されない。
その後、デルフォーミス辺境伯領の城では、夫人の死は自殺ではないかという噂がしばらく飛び交うようになった。
ありとあらゆる手で自殺を試みたモニカを止めるため、ベッドに四肢を縛り付けられ、その自由の一切を奪われた。
モニカに残されたのは口だけだったというが、その死の真相を語る者は誰一人としていなかったという。




