第18話
会場は王宮の大広間が使われ、王弟であるロイのお披露目会は豪華絢爛を極めた。
大きなシャンデリアから光が降り注ぎ、会場を明るく照らしている。
壁や柱には見事な装飾が施されており、白いクロスが敷かれたテーブルには豪勢な料理が並んでいた。
会場のあちこちに色とりどりの花みたいな婦人やそのパートナーがおり、会場入りしたユーニスとロイに気づくと、一斉に顔がこちらを向いた。。
(すごい…こんなにも見られるものね。ここまで注目されるのは初めてだわ)
会場中の目という目が注がれ、その数の多さにユーニスは慄いた。
分かってはいたけど、王族に嫁ぐ重大さ、注目度の高さに驚くしかない。
一瞬足が止まりかけるも、それをすぐに察知したロイはユーニスへと顔を向ける。
「さぁ、行こう」
「…はい!」
すぐに気遣ってくれるロイに感謝しつつ、これ以上彼の足手まといにならないよう、ユーニスは一歩を踏み出した。
二人に注がれる視線は様々だ。
好意、同情、好奇、尊敬、嫉妬…やはり一部には嫌悪の視線もある。
如何にロマン的な出会いがあったといえど、ユーニスは出戻りだ。そこへの風当たりは無くならない。
(大丈夫…もう、私一人だけの問題じゃない。みんなも背負ってくれているんだから、肝心の私が逃げちゃダメよ)
出戻りを嫁に受け入れてくれたロイに、その母である先代側妃。先代国王も、この結婚を了承してくれたと聞いている。
ユーニスの父も母も、兄夫妻も協力してくれているのだ。
皆の期待を背負って自分はここにいるんだと、奮起させた。
堂々と壇上の王族のための席へと進むと、そこでロイの隣の席に座らされる。
婚約とはいえ、もうこの場での扱いは王族に次ぐのだ。
まさか自分がこの場から会場を見下ろす日が来るとは思わず、見慣れない景色にユーニスは緊張が崩せない。
そのユーニスの手を、そっとロイが握った。
「緊張するだろう?私も、この席はいつまで経っても慣れないんだ」
「えっ、ロイ様もですか?」
「ああ。元々私はこういった公式行事にはほとんど参加しないからな。そのせいもあるんだが」
そう言ってロイは苦笑した。
生まれながらの王族である彼が、この場で緊張しているとは思えない。けれど、ユーニスの緊張をほぐそうとしてくれていると思うと、心がほんわかと温かくなる。
「ありがとうございます、ロイ様。少し、ほぐれました」
「それは良かった」
顔を見合わせ、二人は笑う。
その後に国王夫妻も入場し、いよいよお披露目会が始まった。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。今日はわが弟、ロイの婚約のお披露目となる。皆も知っての通り、ロイには1年ほど前に不幸があった。だが、今はその不幸を塗りつぶすほどの幸福が訪れている。今のロイがどれだけ幸せかは、我の口から語るにはもったいないほどにな。さて、では会の開催をここに宣言する!」
国王の宣言と同時に、会場で割れんばかりの拍手が巻き起こった。
同時に、王宮専属の管弦楽団による演奏が始まる。
すぐさま、ロイとユーニスに祝福の言葉を贈るべく、貴族たちの長い行列が生まれた。
それにロイはもちろん、ユーニスも応じなければならない。
自分よりも格上の公爵家や侯爵家に壇上から応じるプレッシャー。応対はほぼロイが受け持ち、ユーニスは隣でほほ笑んでいるだけ。それだけでも重大仕事だ。
顔が引きつりそうになりながらも、必死で笑顔を維持しながら乗り切った。
挨拶が終わる頃、音楽が変わる。
いよいよダンスの時間だ。
「さぁ、行こう」
「はい」
ファーストダンスは、今日の主役であるユーニスとロイの二人だ。
ロイにエスコートされ、会場の中央へと躍り出る。
音楽にのり、ステップを刻む。
この瞬間、たった二人だけのためにこの舞台があるのだ。
言い知れぬ高揚感と満足感に包まれ、ロイを見るユーニスの顔は自然とほころんでいった。無理に酷使してつりそうになっていた顔の筋肉は解放され、心からの笑顔がそこにある。
それを見たロイもまた、とろけそうな微笑みを浮かべていた。
「やっとあなたらしい笑みを見れたな」
「すみません、緊張していまして」
「仕方ない。だが、私としてはあの酒場での笑顔も、また見たいんだが」
「あ、あれは…!」
酒場での出来事は、今思い出しても恥ずかしい。
いくら酒の勢いとはいえ、とんでもない事を口走ってしまったのだ。ロイの正体を知った今では、あの時みたいに酔える気がしない。
(でも、もし許していただけるのなら、あの時みたいに……)
人前には出せない、ロイの前でだけ見せられる自分。
あれを受け入れてもらえたからこそ、今の自分たちがあるのだ。ロイもまた、再会してからはずっと落ち着いた口調ではあるが、あの時はやたらとはしゃいでいた。あの彼がもう一度見たいと自分でも思う。
(そうか、ロイ様もきっとこんな気持ちなのね)
自分ばかり見せると考えていたが、ロイ自身もあの姿を見せるということだ。彼を解放させられる点を考えても、恥ずかしがってはいられない。
自分もそうだけど、ロイのためにも、また二人でお酒を楽しむ機会を作るべきだ。
「今度、いい酒を持っていこう。それで二人で乾杯だ」
「…いじわるです、ロイ様は。あと、まだウォルトがお乳を飲むので、お酒はダメですよ」
「そうだったな、すまない。ウォルトが乳離れするまでお預けか」
「その時が来たら、一緒に楽しみましょう?」
「ああ、楽しみにしている」
あっという間にファーストダンスは終わり、二人はホールの中央から端へと戻っていく。
ほどよい疲れとダンスを終えた安心感が強張っていた体を解きほぐしてくれた。
ファーストダンスを終えた余韻に浸っていると、会場の一部がざわめき始めたのに気付いた。
「何だろうか?」
「何でしょうね?」
ざわめきは徐々に二人に近づいている気がした。
何かと身構えていると、その主が姿を現す。
それを目にしたロイはすっと顔から表情を消し、ユーニスは驚きで目を見開いた。
「やっと会えましたわ、ロイ様!」
「やっと会えたね、ユーニス」
そこにはロイの元婚約者モニカと、ユーニスの元夫ドミニクの姿があった。
モニカは手をドミニクの腕に…いや、指先だけを添えている。それを見て、ユーニスは二人が婚約しているのではと推測した。
そんな話は聞いていない。しかし、ここでユーニスは先代側妃の言葉を思いだした。
(まさか、サプライズとはこれなの?)
「ロイ様、もしかして…」
「ああ。これが母上の言っていた事だ」
ユーニスの予想に、ロイも同意だとうなずいた。
どうして自分たちの元パートナーが婚約しているのか。
その理由は分からないけれど、こうして自分たちの前に現れたのは、決して穏やかでは済みそうにないと予感させる。
自分もロイも、法的には二人と明確に関係がない。離縁状は受理され、婚約解消の手続きも済んでいる。二人が自分たちに関わろうとする理由はないはずだ。
にもかかわらず、二人はここにいる。明確な意思を持って会いに来たのだ。何も無いわけがないと、警戒を強めた。
ロイもまた表情はなくしたまま、正面の二人を見やる。
モニカは悠然と笑みを浮かべたまま。ドミニクはロイの顔に少しだけ臆したのか、身を引いた。
「久しぶりだな、スタルタス公爵令嬢。もうすぐ結婚おめでとう」
「イヤですわ、ロイ様ってば。以前通り、モニカと呼んでくださいまし」
モニカは紫のドレスを着ていた。それも、襟ぐりが思い切り開いた、見方次第では下品と受け取られかねないほどに扇情的なデザインだ。少し幼い印象があるモニカにはちょっと似合わない気もするけど、逆に背徳さを醸し出してもいる。
そのドレスを見ただけでも、彼女が厄介ごとを運んできたのは分かった。
紫はロイの色だ。ドミニクには紫はない。パートナーの色ではない色を纏う時点で問題だが、すでにパートナーがいる相手の色を纏うのはさらに問題だ。
そこから彼女の狙いも見えてくる。だけど、モニカはロイを嫌って婚約を解消したはず。その彼女が今更ロイに何の用だと言いたくなる。
(一体何のつもりなのかしら、モニカ様は。それにドミニク様も)
ロイを捉えたモニカは妖艶とした笑みへと器用に変え、するりとドミニクの腕から指を離した。そして、まるで当然と言わんばかりにロイの腕にしなだれかかろうとしたのだ。
当然、それを許すロイではない。
ロイは半身ずらし、モニカの腕から逃れた。
「あら?」
かわされたモニカは、それを意外とでも言うように不思議そうな顔でロイを見た。
「ロイ様、どうして避けますの?」
「言わないと分からないか?」
「何も。だって、ロイ様の婚約者は私ですわ、そうでありましょう?」
その発言に周囲がざわついた。
自分が婚約解消の原因を作り出したのに、それを忘れたかのような発言だ。まして、今の彼女には違う婚約者がいるのに、それを完全に無視している。
ロイの纏う空気が、どんどん冷え込んでいく。明らかにいら立っているのに、それにモニカは気づいていない。
「元、だ。言葉を間違えるな」
「いいえ、現、ですわ。ロイ様だって、そんな出戻りの女より、私のほうがいいでしょう?」
そう言いながら、モニカは胸の下で腕を組む。胸が押し上げられ、その豊満な固まりをこれでもかと主張してきた。
ロイに、そしてユーニスに見せつけるかのポーズに、ユーニスはつい悔しさで唇を噛んだ。
(な、何よそんな恰好して!わ、私だって……)
つい自分の胸元を見下ろすと、そこにはモニカほどとは言えないが、確かなふくらみがある。それも、しっかりとロイが堪能してくれたふくらみだ。
大きさよりも、ロイが選んだのは自分だと、ユーニスは一歩踏み込んだ。
「失礼ながらモニカ様、ロイ様は私の婚約者です。それと、残念ながらロイ様はモニカ様のそれには興味ありませんから」
興味があるのは自分の方だと、ユーニスは自分の腰に回されたロイの手に自分の手を重ねた。
ロイが今誰のものなのかを主張するように見せつけると、モニカは瞬く間に笑みを失い、代わりに憤怒の表情を見せる。
「ふん!よその男のお下がりが、何を偉そうに!」
「………あなたがそれを言います?」
何十人もの少年と情事を交わしていながら、そんな自分を棚に置いてよく言えるなとユーニスは呆れた。
だが、モニカにとっては、そうではないようだ。
「何を勘違いしているのやら…かれら美少年との睦事は、神聖なる行為です。よって、カウントされませんわ。こんな醜い男と結婚していたあなたには分からないでしょうね」
(何を言っているのかしら、この人?)
ユーニスは一瞬、自分が誰と話しているのか分からなくなった。
言っていることの前半は意味を理解したくもないし、後半も意味不明だ。なんだか頭痛がしてきた気がする。
見ればロイも同じようで、モニカを見る目は珍獣を眺めるみたいになっていた。
それに、モニカの現パートナーはドミニクのはず。それなのに、堂々と醜い男呼ばわりするその神経が理解しがたい。まるで、もうドミニクはパートナーではないと言いたげな言動だ。
モニカの意味不明な言動に混乱していると、そこに更なる乱入者が現れる。
「ああ、ユーニス。久しぶりだね、ぼくがいなくて寂しかったんだろう?寂しさのあまり、王弟殿下に転がり込んだみたいだけど、君には分不相応だ。君にふさわしいのはぼくだよ、さぁ戻っておいて」
(こっちはこっちで何を言っているの?)
ユーニスは本当に頭痛がしてきたのを感じた。
(先代側妃様。これは少々、あんまりだと思います……)




