第17話
お披露目会の日程も決まり、ユーニスたちは少しずつ忙しくなっていった。
ロイとユーニスの出会いは、先代側妃がまず王宮でお茶会を開催。そこで一部の高位貴族の夫人方にのみ『秘密』として先に紹介する。
すると夫人たちは、自身の開催するお茶会でこれまた『秘密』として招待した夫人や令嬢たちに拡散していく。
いつしか二人の関係は、お披露目会の前にほぼ公然の秘密として語られるようになっていた。
あまりに早すぎる噂の拡散速度に驚き、少し呆れてしまう。
(いくら何でも早すぎるでしょう…。それだけ、あっちの事情もあったみたいだけど)
二人の噂が早く広まった要因には、それぞれの元夫や婚約者のスキャンダルも関係しているようだ。
そこで初めてユーニスは知ったが、ロイの婚約解消の原因は、元婚約者が美少年好きで、何十人と情事に及んでいたため。
貞淑を求められる貴族令嬢にはあるまじき、性の奔放さだ。しかも未成年が相手であったことも、加速させる要因になっている。
ドミニクの事情も離縁した後は一切知らなかった。
どうやらドミニクの子どもだと思われていた婚外子は、実は全くの無関係であったと判明したらしい。
高位貴族がただの平民に騙されたとして、しばらく社交界はざわついていたようだ。
デレクア侯爵家はこの一件で、平民に騙される貴族の面汚しとして大分権威を落としたと父は語る。
二人の相手がスキャンダルの渦中だったこともあり、ロイとユーニスにはかなり同情的な風潮があったようだ。
そこに二人のロマン溢れる運命的な出会い。
さらに、ユーニスがドミニク相手に子宝に恵まれなかったにもかかわらず、ロイとのたった一晩で身ごもった。それも、如何に運命で結ばれた二人かを印象付けるのに貢献していた。
いつしか二人は、結ばれるべくして結ばれた『運命の番』と社交界の話題の中心に躍り出た。
これでもう、お披露目会で二人を非難する目で見る者は『ほとんど』いないでしょうと、先代側妃は自信満々に語った。
またこっそりとシン伯爵家の屋敷に来訪した先代側妃は、その腕にすやすや眠るウォルトを抱きながらユーニスに微笑みかける。
「お膳立ては済んだわ。あとはあなたたち次第よ」
「はい、本当にありがとうございます」
感謝してもしきれない。ユーニスは深々と頭を下げた。
顔を戻すと、先代側妃は何やらいたずらっ子のような顔でユーニスを見つめていた。
「ああ、そうそう。お披露目会ではちょっとしたサプライズもあるの。それを無事に乗り越えれば、あなたたちは名実ともに結婚できるわ」
「はい、わかりました?」
(サプライズ…?乗り越えれば、とはどういう意味なのかしら?)
先代側妃の微妙な言い回しに、ユーニスは内心首をかしげながらもうなずいた。
その言い方ではサプライズよりも、何か試練みたいに聞こえる。先代側妃の表情もそれを物語っており、何か一波乱ありそうだと予感させた。
だけど、今更どんな試練に来ても立ち向かおう。正念場だと気合を入れ直した。
そしてお披露目会当日。
久しぶりに公衆の面前に立つわけで、シン伯爵家の侍女たちは大張り切りだ。
妊娠で少したるんだユーニスの身体を徹底的に洗い、揉み上げる。とはいえ、産後まだ日が経っていないため、磨き上げるよりも整えるという感じだ。
オイルで全身を磨くと、いよいよドレスの着付け。
ロイが贈ってきたのは、彼の瞳の色と同じ紫のイブニングドレスだ。
肩と二の腕部分が露出するが、その先をレースで覆い、肌の露出のバランスを取っている。
締め付けはないが体のラインが出やすいシンプルなドレスであり、正直自分に着こなせるか不安だったけど、そこは先代側妃お抱えのデザイナー。見事な仕上がりであり、ユーニスのような平凡体型も見栄えするものへと昇華させていた。
全体に金糸の刺繍をあしらっているため、全身がロイの色を纏う形になっている。
さらにシルクのショールまで用意されており、それにも金糸の刺繍が入っている徹底ぶり。
ロイの独占欲の強さを示すドレスであり、はじめて見たときは嬉しさ半分呆れ半分な感じだった。
「愛されてますね、お嬢様」
「…まったくもう」
侍女にそう言われ、少し頬が熱くなる。まさか彼がここまであからさまなドレスを贈るとは思わなかった。それが嬉しくもあり、ちょっと恥ずかしい気持ちもある。でも決して悪くない。
着付けが終わると、ちょうどロイの乗った馬車が屋敷の前に到着したとの報告が届く。
急いで玄関ホールに向かうと、ロイとシン伯爵が何やら会話を交わしているようだった。
階段を下りてきたユーニスにロイが気付くと、さっきまで真剣な顔で会話していたのに、あっという間に嬉しそうに顔を綻ばせた。
今日のロイは盛装の騎士服だ。黒を基調とし、金糸の刺繍をあしらっている。
その指にはユーニスの瞳と同じ、新緑の輝きを持つエメラルドが付いた指輪が光り、耳に付いているイヤリングには赤い揺らめきを漂わせるルビーが付いている。
「ユーニス」
彼が自分の名を呼び、その響きに脳がとろけそうになる。
ロイもまた自分の色を纏っていた。その光景は夢のようで、心は浮足立ち、顔は嬉しさのあまりだらしなく緩んでしまう。
「ロイ様、お待たせしました」
「いいや、待っていない。……よく、似合っているぞ」
「ありがとうございます。ロイ様も、とても素敵ですよ」
二人は見つめ合い、あっという間に二人だけの世界を築き上げていく。
そこにシン伯爵のわざとらしい咳払いが響く。二人は現実に戻ってくると、慌てて視線をそらした。
「では、ロイ王弟殿下。娘をよろしくお願いいたします」
「ああ、任された」
「ユーニス、私たちも後から向かう。……自信をもって、行きなさい」
「はい」
父の激励を受け、ユーニスは顔を引き締めながら頷いた。
ロイのエスコートで馬車に乗り込み、王宮へと向かう。
そこでふと、先代側妃に言われたサプライズが何か聞いてみた。
「ロイ様、先代側妃様は今日サプライズがあるとおっしゃっておりましたが、何か聞いていますか?」
「いや、私も何かあるとは聞いているが、中身までは教えてくれなかった。…母上は、人に試練を与えるのが好きな方でな。無茶ぶりは無いと思うが、念のため警戒はしておいてくれ」
「わかりました」
(人に試練を与える…そういえば、最初の時も試練だったのかしら?)
ロイとの関係に辛辣な言葉を投げかけられた。あれも、先代側妃的には試練の一つだったのかもしれない。
あれは確かにつらかったけど、先に経験したことで何を言われても大丈夫な気がする。
お披露目会とサプライズ、二つの緊張を抱えつつ、馬車はゆっくりと王宮に到着した。
会場となる大広間まで進むと、扉の前で止まる。
(いよいよね…)
離縁して以来の久しぶりの社交界だ。
先代側妃のおかげで批判的な目では見られないと分かっていても、やはり怖い。
緊張の震えがつないだ手から伝わり、ロイが少しだけ強くユーニスの手を握り返してくれる。それに驚いてロイを見上げると、彼の瞳がまっすぐにユーニスを見ていた。
「大丈夫だ、ユーニス」
落ち着き払い、一分の動揺もないロイの微笑み。
どっしりと構える彼の姿に、自分の中の動揺が静まっていくのがわかった。ゆっくり息を吐くと、それだけで手の震えは収まり、自分からもロイの手を強めに握り返すことができた。
(やっぱり素敵だわ。彼が隣にいれば、何でもできそうだと錯覚するほどに)
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「それならよかった。なら、一つおまじないをしよう」
「おまじない……ですか?」
なんだろうと首をかしげていると、ロイの顔が降ってくる。そして、髪越しに額に柔らかな感触。同時に、軽いリップ音が響いた。
それが額にキスをされたのだと気づいたとき、顔がぽっと熱くなった
「ろ、ロイ様…!」
「どうだ、おまじないは?」
「…もう。効きましたよ、しっかりと」
緊張どころではない。それをはるかに上回る衝撃で、緊張など木枯らしに舞う枯葉のごとく吹き飛んでしまった。どくどくと血液に乗って顔の熱が全身に回り、つないだ手に汗がにじんでしまわないか心配にになるほどだ。
「さぁ、行こうか」
「はい」
もう一度顔を見合わせ、前を向いた。キスの余韻はまだひかないけど、さすがにこれ以上扉の前で待ちぼうけするわけにもいかない。
侍従が扉を開け、高らかに宣言する。
「ロイ・アモール王弟殿下、ならびにその婚約者、ユーニス・シン伯爵令嬢の入場です!」




