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[長編版]三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました  作者: 蒼黒せい


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第14話

 数日後。

 先代側妃は本当にシン伯爵家の屋敷を訪れていた。さらに、こっそりロイも混ざっている。どうやら彼も、自分の初めての子どもを見たくてたまらなかったようだ。

 予想外の来客にシン伯爵は苦笑いだが、ユーニスはうれしくて笑顔がこぼれている。


「きゃ~、本当に私たちと同じ紫の瞳なのね。う~ん、かわいいわぁ」


 先代側妃は嬉しそうにウォルトを抱っこしている。

 さすがは一児の母、その手つきは慣れたものだ。ウォルトも泣かずに、ただ初めて見る人の顔をじっと見つめていた。


「ほら、ロイも抱っこしなさい」

「うっ、わ、私もですか?」

「当たり前じゃない。わが子なのよ?先代国王様だって、ちゃんとあなたを抱っこしていたわ」

「はい……」


 先代国王を引き合いに出されてはうなずくしかない。

 ロイは怖々と先代側妃からウォルトを受け取った。

 ウォルトは美しく輝く金髪が珍しいのか、一生懸命に手を伸ばし、ロイの髪の毛を掴もうとしている。


(…よかった。この光景が見れて)


 半ば諦めていた、ウォルトが父親に抱かれる光景。

 それがこうもあっさりと覆され、目の前で現実になり胸が躍る。いつまでも眺めていたい現実なのに、感激で潤み始めた瞳が見る世界は滲み、よく見えない。


「良かったわね、ユーニスちゃん」

「はい……」


 嬉しくて、言葉に詰まる。

 涙ぐむユーニスを、先代側妃は優しいまなざしで見つめていた。


 いつの間にか先代側妃はユーニスをちゃん付けで呼んでいる。「義娘ができたんだもの、かわいがってもいいじゃない」と、ここでもその強引さは発揮されていた。


 義娘呼びはまだ早いだろうというシン伯爵の心の訴えは、娘が何も言わずに受け入れている光景の前に黙殺された。


 初孫と実子の対面が済んだ後、先代側妃を交えた作戦会議がシン伯爵家の屋敷の応接間で開催された。

 参加者はユーニス、ロイ、先代側妃、そしてシン伯爵だ。

 議長は当然先代側妃である。


「さて、じゃあこれから『ユーニスちゃんとロイのラブラブ運命の出会い作戦』の会議を始めるわよ」

「……母上、その作戦名はいかがなものかと」


 あまりにもそのまますぎるネーミングに、呆れたロイのツッコミが入った。

 ユーニスはラブラブの部分に赤面している。否定はしないけど、こうも明け透けにされるといくらなんでも恥ずかしかった。


「いいじゃない、分かりやすくて。シン伯爵もそう思うわよね?」

「……先代側妃様の御意向のままに」


 ユーニスの父は、どこか遠い目をして頷いた。

 父を前に、自分の恋を赤裸々に語る会議を開くのは一種の拷問ではないかと思う。とはいえ、自分を思って先代側妃が直々に動いてくれているのだ。それに水を差すわけにもいかない。


 作戦名はさておき、二人の関係と子どもの存在を、社交界に好意的に受け入れてもらうにはどうするか。その目的の下で始まった作戦会議は、ほぼ先代側妃の独壇場であった。


 まずは二人の出会いから今に至るまでを、悪評の付かないシナリオで演出しようとなった。


「シナリオはこうよ!」


 先代側妃は、自分の書き上げたシナリオを自信満々に語った。「いつの間にこんなものを書いていたんですか……」というロイのつっこみはさらりと流されている。


 まず、ユーニスとロイが幼馴染であったという設定から始まる。二人は幼いころに王宮で知り合い、友達となるが、実はその時互いに恋をしていた。しかし、身分の違いから疎遠になっていく。


 その後、お互いがパートナーからの手ひどい裏切りに遭い、傷心のまま街をさまよっていたところ、偶然に再会。

 かつての旧交を深めつつ、互いに負った心の傷を慰め合ううちに昔の恋心がよみがえる。

 諦めかけた恋心は燃え上がり一晩を過ごしてしまうが、お互いの立場を慮り、二人はそれを無かった事にした。


 だが、ユーニスはロイの子どもをその1回で宿す。ずっと子宝に恵まれなかったユーニスが唯一ロイの子どもを宿したのだ。これは二人が運命の番であると、ロイの兄である国王が二人の結婚を認めた…というシナリオだ。


 鼻息荒く台本を各人に配った先代側妃は、どうだと言わんばかりに参加者の顔を見回した。


 男二人は「これでいいのか?」と微妙な顔を見合わせているが、ユーニスは「いけます!」と興奮気味にうなずいた。


(幼馴染ってあこがれだったのよね。仮初とはいえ、ロイ様と幼馴染になれるのなら万々歳よ。それに、ウォルトの誕生まで運命に絡めてくれるなんて……素敵だわ)


「素晴らしいです先代側妃様!」

「そうよね!ああ、やっぱりユーニスちゃんは分かってくれると思ったのよ。見て、この男どもの分かってない顔。これだから男ってやつは…」


 母親にやれやれと首を横に振られたロイは、肩をすくめた。母親とユーニスがいいというのであれば、そこに余計な口出しをしないほうがいいだろうと、何となく悟っている。

 シン伯爵はもう何も言わない。むしろ、この会議に参加しているのを内心後悔しているころだ。


「じゃあ私はこのシナリオで夫人たちの茶会に流してくるわ。二人は準備しててちょうだい」

「…準備とは、なんでしょうか?」


 ユーニスは首を傾げた。

 準備と言われても、何の準備なのか見当も付かない。いきなり結婚の準備ではないだろうし、思い当たるものがない。


 ピンときていないユーニスの顔の前で、先代側妃は指を振った。


「ユーニスちゃん。あなたが嫁ぐのはこんなのでも王弟なのよ?王族よ王族。お披露目は当然でしょう?」

「あっ……」

「こんなの……」


 そういうことかと得心がいった。確かに、王族の結婚となれば国の祝い事だ。婚約すればお披露目も必要になるだろう。

 侯爵家の次男に嫁ぎ、そんなのとは無縁だっただけに、すぐには思いつかなかった自分が恥ずかしい。


 一方、ロイがこんなの扱いされて微妙にダメージを負い、シン伯爵が肩を叩いて慰めている。

 とはいえ、ロイが公式嫌いで本当に重要な式典などにしか出席していないのは、シン伯爵も把握していた。騎士団長だからと警護に逃げるのだ。

 王族としての規範意識に少々欠けるロイの評価としては、『こんなの』は妥当かもしれないと、もうすぐ義理の父になる男は思うのだった。


「ロイ、ちゃんとあなたがドレスを贈りなさい?」

「わかりました」

「ああ、デザインは当然私も混ざるからね?お針子が来たら私も呼ぶのよ?さぁ張り切るわよー!」


 もはや先代側妃を止めることは誰にもできなかった。

 義理の娘ができ、初孫との対面まで果たした。高揚感が暴走している先代側妃は、もう脳内でこれからの算段を立て始めている。


「…ユーニス嬢、すまない。義理の母になるのが『これ』で本当に大丈夫か?」


 気遣ってくれるロイに、ユーニスは少し眉をハの字にしながらも、笑顔でうなずいた。


「いえ、大丈夫です。…むしろ、こんなにも受け入れてもらって嬉しくて。ロイ王弟殿下こそ、大丈夫ですか?」

「私は何も問題はない。…ところでなんだが、少しだけ中庭に出ないか?」

「? はい、わかりました」


 少し挙動不審なロイを不思議に思いながら、彼の提案に従い、ユーニスは一緒に中庭に出ていく。

 その後ろ姿を、先代側妃は理由が分かっているからこそ、笑顔で手を振りながら見送った。


 中庭には季節の花々が咲き乱れ、美しい様相を呈している。熟練の庭師によって丁寧に刈り取られ、整った生垣や芝生、花壇は、見るだけでなく中を歩くのも楽しい。

 ちょうど気持ちのいい風が吹いており、ユーニスは髪を押さえた。


「見事な中庭だな」

「はい。ウォルトもここに連れてくると喜ぶんです」

「そうか」


 見慣れた中庭なのに、隣に愛しい人がいると思うと、より輝いて見える。まるで今までの自分の目に曇りガラスが張られていたのではないかと思うほどに。


 その変化がなんともくすぐったくて、ついユーニスの顔に笑みがこぼれた。


「ふふっ」

「どうした?」

「いえ。……こうして、ロイ王弟殿下の隣に立って一緒に散歩できるとは思わなくて。嬉しくなったんです」


 そう言ってロイに微笑みかけると、彼は口元を押さえながらそっぽを向いた。その耳は赤く染まり、隠れた口からはこっそりと「可愛すぎるだろ…」と声が漏れている。


 それはすぐ隣にいるユーニスの耳にも届き、頬を染めた。そんなにもストレートな誉め言葉に照れないわけがない。思えば、取り繕わない言葉をささげてくれるのも、彼にひかれた一因かもしれない。


「ユーニス嬢」


 中庭のほぼ中央に来た時、ロイはユーニスを呼び止めた。

 足を止めてロイへ振り向くと、彼が地面に膝を着いているのに気付き、慌てる。膝が汚れてしまわないか、草の汁がついていないかが気になってしまった。


「ロイ王弟殿下、どうなされました?膝が汚れてしまいます」

「これを……」


 ロイが差し出したのは小箱。それが開かれ、中には大きなアメジストの宝石が付いた指輪が収めてあった。

 指輪と同じ色の瞳がユーニスを見上げている。けれど、宝石と違ってその瞳には強い意志の光が込められており、瞳に映ったユーニスを太陽の光のように強く照らし出していた。

 その瞳に見つめられ、心臓が一気に早鐘を打ち始める。ひざまずき、指輪を差し出すそのポーズが何を意味するのか、それに気づかないほど無知ではなかった。


「ユーニス嬢、あなたを愛している。…是非、私と結婚してほしい」

「っ!!」


 予想通りのプロポーズに呼吸が止まる。

 すでに子どもまでいるのだから何もおかしくはないが、あくまでもロイとユーニスはあの日ぐらいしかまともに交流していない。そういった意味では、二人はまだ知り合いのようなものだ。


 ユーニスはロイと結婚したいと思っていた。けれど、ロイもそうなのかはわからない。再会に喜んでくれたけど、それが結婚したいという意思まで含んでいたのかは、読み取れなかった。


 もしかしたら、ロイは責任のために結婚しようとしているのではないか、そんな不安がよぎる。

 ウォルトのためなら仕方ないが、そんな気持ちで結婚を申し込まれているなら……そう思うと、ユーニスの心にわずかに影が下りた。


(うれしい。……けど、もしそこにロイ様の心が無いのなら私は……)


 結婚を断るつもりはない。もとより、王族を巻き込んだ事態なのだ。ユーニスの個人的意思などどうでもいい。

 ただ、ロイの気持ちを無視していないか。それだけが不安だ。


 言葉を紡いだロイは、一転してその瞳に不安と期待をにじませている。


「順番がめちゃくちゃになってすまない。ただ、しっかりと私の意思を伝えたいんだ。ユーニス、あなたを愛している。あなたも、あなたとの子どもを幸せにすると誓おう。私と、結婚してくれないか?」


 まだ出会って数日しか経っていない。それだけで、愛しているといわれてどうして信じられようか。


 なのに、ユーニスの心にロイの言葉はすとんとハマった。


 一分の隙もなく、それは事実だと信じられる。都合のいい妄想を信じているだけではないのかと疑う声が、頭から抜けていく。


 たった数日、されど数日だ。彼の人となりを知るにはそれで充分で、自分もまた彼に己のほぼすべてをさらけ出してしまったと言える。それも、最も他人に見せられない、淑女とは程遠い自分の姿をだ。


 それを見てなお、プロポーズしてくれた彼の何を疑えというのか。


「………はい、喜んで」


 何度この日を妄想しただろう。そして何度その妄想を諦めたか。

 しかし、ついにそれが現実となる。森の深奥に潜む湧き水のごとく、歓喜の涙は頬へと流れていった。


「よかった」


 心底安堵した笑みを見せるロイは、早速指輪を手に取ると、ユーニスの左手を取り薬指にはめる。

 すっぽりと填まった指輪の彼と同じ紫の輝きは、ユーニスの涙が落ちてなおその美しさを増す。


「…嬉しいです、ロイ王弟殿下」

「ロイ、と呼んでほしい」

「では……ロイ、様」

「ああ…嬉しいな」


 ロイは立ち上がり、ユーニスを抱き寄せた。そのままユーニスの顎に手を添え、上を向かせる。

 それの意味するところを察してそっと目を閉じた。

 わずかな後に唇に何かが触れる感触がする。

 言わずもがな、それが彼の唇であると分かり、嬉しさでさらに涙の雫が草花を濡らす。

 そっと離れた感触を名残惜しみながら目を開くと、ロイはとろけるような笑みを浮かべていた。


「…好きだ、愛している、ユーニス」

「私も…ロイ様が好きです」


(まだ大変なのはこれからだけど、ロイ様と一緒ならきっと乗り越えられるわ)


 そんな確信をユーニスは感じた。

 どんな評判が自分たちについたとしても、必ず何とかなると。

 彼の胸に顔をうずめながら、ようやく叶った願いの喜びにしばしその身を揺蕩えた。

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