第13話
「……ロイ王弟殿下!」
つい腰が浮きかける。待ち望んだ人の登場に心は浮足立ち、身体は彼を求めて抱き着こうとしてしまった。
しかし、お互いの立場を思い出してかろうじて踏みとどまる。そのせいで、中腰で止まる形になってしまった。中途半端な姿になってしまい、座り直していいか立ったほうがいいのかわからない。二人の視線が向けられ、あられもないポーズをしている自分が恥ずかしくなった。
それを見た先代側妃は、またコロコロと笑う。
「ふふっ。ずいぶんと情熱的なお嫁さんじゃないの。ほら、しっかり抱き締めてあげなさい」
「分かっていますよ母上」
ロイは両手を広げ、飛び込んでくるのを待っている。
素直に飛び込んでいいのだろうか。迷うユーニスの目がロイではなく先代側妃へと向いた。
「ふふっ」
先代側妃は小さく笑い、ユーニスに向けてウインクした後、その手をロイへと向ける。
可愛らしい所作が本当に様になるお方だと思いながら、許可をもらえた安心感で今度こそ立ち上がった。そして、おそるおそるロイへと歩み寄る。
後一歩まで近づいた時、その一歩をロイが詰め、ユーニスを抱き締めた。
「きゃっ!」
「ああ、ユーニス嬢。ようやくあなたを、この手で抱きしめることができた」
「ロイ王弟殿下…」
彼の言葉から、ロイもまた待ち望んでいたと分かり、心がどうしようもないほどの嬉しさで涙を流している。
彼のぬくもり、硬い筋肉の感触、耳に響く声。何もかもが1年前と同じで、あの時の彼とロイが同一人物なのは疑いようもなかった。彼の肩に乗せる形になった顔が抑えきれないほど緩む。再会できた喜びに、今自分は夢を見ているのはないかと錯覚してしまう。
(ああ、やっとお会いすることができた……!)
自分からもロイの背中に腕を回し、抱きしめる。
彼の背中は腕が回しきれないほどに広い。それが分かったことすらも喜びの燃料となっていく。
熱い抱擁を交わす二人を、先代側妃は温かく見守っていた。
「さて、そろそろいいかしら?」
いつまでも離れない二人を前に、先代側妃はやれやれと声を掛けた。
すっかり二人の世界に入っていたのに気付き、ロイとユーニスは顔を赤くしながらも離れる。離れて冷めていく体温に心細さを感じるけども、今は我慢だと自分に言い聞かせながら椅子に座った。
ロイも椅子に座り、先代側妃はこれからが本題だとユーニスを見た。
「ユーニス嬢。ロイにはもう言ってあるけど、私はあなたとロイの結婚に反対する気は無いわ。むしろ応援してもいいと思ってるのよ」
「ほ、本当ですか?」
思わぬ言葉に、ユーニスの心は浮足立った。先代側妃に応援までしてもらえるのはこれ以上ないほど心強い。社交界はもちろんだが、ロイの両親に認めてもらえるかどうかも心配だったのだ。
「ええ。とはいえ、それで済む話じゃないのは分かってるでしょう?」
「……はい」
「ロイは、本当に1年前の婚約解消でひどく落ち込んでいたわ。あんなに落ち込んだあの子を見たのは産んでから初めてだったもの。そのまま自殺してしまうんじゃないかって怖かったわ。それがまぁ……一晩経ったらずいぶんスッキリした顔で戻ってきたから驚いたけど…ねぇ?」
母の心配を聞かされるロイは、居心地が悪そうに目をそらしている。
「母上、その話はそれくらいに…」
「いいじゃない。落ち込んだ息子を励ましてくれて、私はユーニス嬢に感謝しているのよ。ただ、あなたも大変だったみたいね?」
「……いえ」
思いだされるのはドミニクとの離縁だ。
3人も婚外子を作られ、怒りとみじめな気持ちに苛まれたのを覚えている。
(とはいえ、あれがあったからロイ様と出会えたのよね。人生とは、わからないものだわ)
1日ずれていたら、ロイと出会うことはなかったのだ。運命の奇妙さをつくづく実感する。言ってみれば、ロイと出会った日は人生で最良かつ最悪の日でもあるのだ。
「ちょうどこの子の婚約解消と被ったからあまり話題には上がらなかったけど、あれはクズも同然ね」
「ちょっと待ってください、母上。それは何の話ですか?」
ロイは一体何の話をしているのかと首をかしげる。
政治に疎い息子に先代側妃は、呆れたようにため息を吐いた。
「…あなたはもう少し社交を意識しなさい。独身でいるならともかく、これから彼女を妻に娶りたいなら、知らぬ存ぜぬでは済まないのよ?あとで国王陛下に聞きなさい」
「はい……」
思わぬ説教を喰らい、大きな体を縮こませたロイ。
それを見たユーニスは、こっそりとほほ笑んだ。
(うふふ。こういう見た目とギャップを感じる点がかわいいと思ってしまうのよね)
「とにかく。あなたたち二人は訳アリなの。どっちも相手が悪いのは分かってる。けれど、だからといってあなたたちの行いも褒められたものではない。とくに厄介なのは、離縁した日と婚約解消が被ってる点なの。口さがない夫人たちなら、あなたたちが離縁や婚約解消する前から付き合っていたのでは?なんて言い出しかねないのよ。それはかなりまずいわ」
「………」
「………」
先代側妃の懸念に、ユーニスもロイも沈黙するしかない。
被ったのは完全に偶然だが、世間ではそう見てくれないかもしれないのだ。
「もちろんたまたまなのは分かってるわ。どっちも、あなた方側で問題発覚したわけではなく、相手側のタイミングだもの。ただ、噂好きの人たちにはそんな細かい事情はどうでもいい。それに、もう子どもがいるのならなおさらだわ。一目で会ってそのまま…だなんて、社交界の格好の餌食よ」
「そ、それは……」
自分のやらかしが想像以上の大きさだと暗に告げられ、ロイは視線をさまよわせた。
ユーニスもわかってはいたけれど、こうして他人の口から聞かされるとより重みが増し、顔を俯かせるしかない。
「だから、よ」
それまで神妙な口調で話していた先代側妃は、ここにきて一気に声色を明るく変えた。
「あなたたちの関係をそんなくだらない噂を跳ね飛ばす、貴婦人が頬を染めて憧れる恋愛譚に仕立て上げればいいのよ。訳アリを利用してギャップを生むの。ね、どう?」
可愛らしく、先代側妃はウインクをして二人を見た。本当にそういった仕草が様になっている。
二人はお互いに顔を見合わせ、うなずき合った。このままではだめなのはわかっていても、すぐさま解決策が浮かぶほど社交界に長けていない。そんな中で、改善策を出してくれた先代側妃には頭が上がらない思いだ。
「いいと思う。ユーニス嬢はどうだ?」
「私も賛成です。…それで、ロイ王弟殿下とウォルトと一緒にいられるのなら」
ユーニスは頭に、自分とロイ、そしてウォルトの3人が一緒に歩く姿を想像した。
憧れた家族の光景。
それを現実にできるなら、なんでもしようと覚悟を決める。
(必ず、ウォルトを幸せにしてみせるわ。父親を知らないままだなんて、そんな人生をあの子に背負合わせたくないもの)
「ウォルト…それが私の初孫の名前なのね。ふふっ、いい名じゃない」
「ありがとうございます」
まだまだ孫なんて遠い見た目をしている先代側妃には違和感を覚えるけど、それは黙っておく。
「母上、それは私が言いたかったのに…」
「すみません、ロイ王弟殿下。一緒に名前を決められなくて……」
「いや、大丈夫。いい名だ。私には何の反論も無い」
「よかった…」
ロイにもそう言ってもらえて、ユーニスは肩の荷が一つ下りた気がした。
父親であるロイにウォルトを受け入れてもらえるか。それはユーニスの抱える懸念事項の一つだった。万が一、子どもの存在を疎ましがられたら……なんて心配がなかったわけではないから。
「今度王宮に連れてきて頂戴。抱っこしたいわ」
「母上、王宮に連れてきてはそれこそ変な噂が立ちかねません。ダメです」
「それもそうね、じゃあ今度シン伯爵家に行くわ」
「えっ」
それは大丈夫なのだろうか。
おもに父が。
先代側妃の来訪に、当主たる父にまた負担がかかりそうでユーニスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(ごめんなさい、お父様。いつか必ず親孝行しますから)
「さ~て、じゃあ先代国王様に許可を貰いに行きましょ。二人とも、またあとでね」
そう言ってさっさと先代側妃は部屋を出ていった。
(なんというか……嵐みたいな人だわ)
入場から退場まで、ずっと彼女を中心に振り回され続けた気がする。あの奔放さが先代国王、先代王妃に気に入られたのかもしれない。
とにもかくにも、今日一歩前進できたのは非常に大きい。
(一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなりそうでよかったわ)
「…済まない。あれが義母になるが、大丈夫か?」
「大丈夫です。楽しそうな方で」
「それはよかった。……ひとまず、先にシン伯爵には話をしたほうがいいな。隣の控室にいるんだろう?」
「はい、待っていると思います」
「よし、伯爵を呼ぶとしよう」
その後、先代側妃がシン伯爵家に赤ちゃんを見に訪れる話を聞かされたシン伯爵は、それはそれは重い溜息を吐いたという。




