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地獄へ道づれ  作者: 長谷川昏
2.腐れ縁の友人の恋愛事情/DV気質の若者にボコされる/便利屋の黒い二人組
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8.彼女の素顔

 ぼくの住んでいる地域から、電車で四十分ほど。 

 そこはこの街でも特にぼくとは無縁の地域にあって、賑やかで華やかでヨソとは違うという特別感があって、そして危険な雰囲気漂う場所だった。


『何度も何度もうるさいなぁ! 分かってるよ! 今夜『ベイン』ね!』

 あの時耳にした『ベイン』という言葉。調べてみると、それがどんなものであるかはすぐに知れた。ぼくがこれから辿る日々に決して接点はないけれど、ぼく以外の数多くの華やかな人達が夜な夜な集う、よくも悪くもいろんな意味でとても有名なクラブ、それが『ベイン』だった。


 凛太朗と屋上で話した同じ日の夜、ぼくは『ベイン』と通りを挟んだ場所にある服屋の店先の物陰にいた。服屋は今日はもう閉店していて、明かりも落とされている。真っ暗な店前に置かれた看板の陰にぼくはこそこそと隠れながら、『ベイン』の入り口付近にたむろする人達を遠巻きに見ていた。


 ここに来た目的は三浦カオルに会うため。

 彼女が凛太朗に伝えていた住所は偽物だった。スマホも既に別のものに変えられているようで、自分の痕跡を何も残さなかった彼女に会うための手掛かりはこの店しかなかった。

 でもここに来たからと会える確証もなかった。けれど他の方法も思いつかなかった。慣れない場所で何時間も無駄な時間を過ごすことになる予感はあったけれど、ぼくにとってそんなことは割と得意な範疇内で、もし無駄な結果しか残らなくても、精神的にも肉体的にも色々平気な部類になるこの行為をあまり苦行とは思わなかった。


 時刻は九時を過ぎ、物陰でこそこそし始めて大体二十分ほど経っていた。ぼくは誰かに怪しまれないようにしつつも、クラブに出入りする人達を順に見ていく行為を続行していた。

 もし彼女を見つけたとしても、別に彼女を責めようとは考えていなかった。

 ただ凛太朗が渡した指輪を戻してほしいと、申し出ようと思っていた。


 数年前のある夜、凛太朗父がしこたま酔ってぼくに話したことがあった。十二年前、凛太朗の母親が亡くなる間際、彼女はまだ五才の幼い息子を傍で見守っていたいという思いを込めて自分が大事にしていた指輪を夫に託した。後に指輪を受け取った凛太朗がどれほどの思いを込めてその指輪を彼女に渡したかは、ぼくには分からない。けれど本来あるべき場所に今現在それがないように感じていた。


 トイレに行きたくなるから水分も、ついでに食事も取らずにぼくはここにやって来ていた。まだそれほど寒い季節ではないから風邪を引くことも凍えることもないけれど、自分の行動を客観的に見れば少し寒くも思える。自分の感情のままに突き進んでいるだけで、余計なお節介、勝手な思い込み、馬鹿っぽい、という言葉が時に頭に浮かんでいる。こうすることに身体的精神的無理は感じなくても、こうしていることに対する心情的迷いが少し残っていた。


 あ。

 と、その声が出そうになって堪えた。

 夜十時過ぎ、通りの向こう側、歩道の右手側から歩いてくる女性に見覚えがあった。

 三浦カオル。

 でも偽の住所を教えていたくらいだから、その名も本名かどうか分からない。


「すみません! あの! 三浦カオルさん!」

 けれどその名しか呼びようがなく、ぼくは暗がりから出ると通りを横切って彼女を呼び止めた。駆けてきたぼくを目に留めて、彼女はあからさまに嫌な顔をした。

 髪型は変わらないけれど、露出の多い服装と長いつけまつげが目立つ化粧と派手なアクセサリー群は初めて見た時の姿と全く異なっていて、そのあまりにも違いすぎる今夜の彼女の風貌にただくらくらする。化粧や着ている服でこんなにも雰囲気が変わるものかと、その顕著な実例を見た気がした。


「えーっと、ダレだっけ?」

 目の前に立つと、彼女は面倒そうにぼくに訊いた。ぼくのことを見て、嫌な顔をしたからぼくのことを覚えていたのは確かだけれど、名前の方は本当に忘れていたようなので改めて名乗った。


「御蔵島要です。鈴木凛太朗の友達の」

 答えると彼女は、ふーん、と興味がなさそうな返事をして、ふて腐れたように続けた。

「それでー、御蔵島なにがしくんは私になに用ですかー? こんな所まで来てー」

「凛太朗が渡した指輪、返してください」


 今夜こんな形で再会したぼくに、彼女は何一つ取り繕おうとしていなかった。なのでぼくも率直に申し出ることにした。すると彼女は露骨に嫌な顔をして、反論した。


「はあ? それってもらった金とかも返せってこと?」

「それも返せるのなら返した方がいいと思いますけど、多分もうないでしょ? 指輪はまだありますか? 返してほしいです」

「なにそれ? 彼がそう言えってあんたに言ったの?」

「そういう訳じゃないです」

「だったら、あなたには関係ないじゃない」

「それなら彼が母親にもらった指輪もあなたに関係ないです」

 畳みかけると彼女は隠しもしない怒りを顕わにして声を上げた。

「なによそれ、さっきからあんたほんっとにムカつくんだけど! もう一度言うけどあんたにはぜーんぜん関係のないことよ! 凛太朗は私に金を渡して、私はその分いい気分にさせてあげた。フィフティフィフティって知ってる? 指輪も代償の一つよ」

「フィフティフィフティ? 一方的なのに?」

「ああもう! いちいちねちねちとうるさいな! 大体この話はもうとっくに終わってんだから今更ごちゃごちゃ言わないでよ! とっとと家に帰りな! このクソ童貞が!」


 そう怒鳴ると彼女は一方的に会話を打ち切って、店の中に入っていった。

 ぼくは店前に取り残され、独り思う。

 このクソ童貞が。

 なかなかの責め言葉だと思うけれど、彼女が言うと全く食指は動かなかった。

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