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地獄へ道づれ  作者: 長谷川昏
2.腐れ縁の友人の恋愛事情/DV気質の若者にボコされる/便利屋の黒い二人組
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7.恋の終わりと秋の空と蟠り

 様子を見ながら、見守っていたと言えるだろうか。

 あの日から約一週間が経った金曜、凛太朗の様子は明らかにおかしかった。

 その前日までは変わりなかった。ぼくや凛太朗兄が危惧するようなことは何も起こらず悪化もせず、凛太朗の新たな恋愛ライフは平穏に経緯していたのだと思う。でも今日の凛太朗はいつも以上にぼんやりとしていて、そうかと思えば苛立っているようにも見えた。


「ねぇ要、鈴木君……」

 ぼくの隣の席にいる可奈子も、三つ後ろの席に座る凛太朗の様子に気づいたようで、視線を送りながら声をかけてきた。ぼく達にしか伝わらなかったかもしれないけれど、凛太朗が周囲に漂わせている雰囲気は、いつもと同じとは決して言えないものだった。

 午前中の授業はほとんど頭に入ってこなかった。ぼくは昼休みになるとすぐに凛太朗を教室から連れ出して、屋上の比較的人が少ない場所に(いざな)った。昼食代わりの紙パックのバナナオレにストローを挿しながら、地面に座って紙袋からサンドイッチを取り出す彼に訊ねてみた。


「どうした、なんかあった?」

「いや……なにも」


 でも即答で否定され、訊ねた問いは宙に浮いてぼくの目も泳ぐ。

 だけどそこにあるのはいつも以上に暗く翳る表情でしかなく、何かを言い淀んでいるようにも映る。けれどしつこく問い質し続けることは心情的にもできなかった。ぼくは屋上のフェンスに寄りかかって紙パックに挿したストローをちゅうちゅうと吸いながら、日に日に高くなる秋の空を見上げていた。


「要」

「なに?」

「どう思ってた?」


 届いた問いにぼくは首を捻って、凛太朗の顔を見る。

 どう思っていたかと訊かれれば、心に引っかかって消えていかなかった彼女の別の表情がどうしても忘れられなかったと答える。あの日、凛太朗兄、陸が言った言葉も忘れられなかった。けれどぼくは相手の顔に何も答えられず、だけども凛太朗はぼくのその表情からそれらをすかさず読み取って、サンドイッチの入っていた紙袋を一気に握り潰して少し笑った。


「そうだろうね」

 そのように言って何かを押し殺すような表情をした凛太朗のつむじを、ぼくは眺めていた。

『その女性に、凛太朗はいろんなものを渡しているみたいなんだ。倉に保管してあった骨董品とか、それを換金した現金とかをね。そう考えたくはないけど、彼女の方が色々と要求しているんだろうか』

 彼の兄が言っていた言葉が思い出され、そこにある表情が彼が危惧していたとおりに全てよくない方向へ流れていったのだと、語っている気がした。


「要、俺さ」

 凛太朗はその場から立ち上がるとフェンス越しの風景に目を留めた。

「この前の日曜、カオルさんに指輪を渡したんだ。母さんの形見の指輪。彼女になら渡していいと思ったから。でもその翌日から彼女と連絡が取れなくなった。スマホも繋がらないし、家を訪ねてみたけど聞いてた住所は偽物だった。その時やっと分かった。だけどもっと前から気づいていた気もする。きっとそうじゃないと、俺がそう思いたかっただけだ」


 告げる指がフェンスの金網を握りしめる。

 あの時、彼女の別の面を見た時、もっと強く凛太朗に伝えた方がよかったのだろうか。でもそうしたとしても、この結果は変わらなかったかもしれない。けれどもしかしたらもっと違う結末があったのかもしれない。

 ぼくはこの話の当事者ではなく、人の恋愛事に干渉するほど無粋でもなく、でも凛太朗とは友達で、この現状を目の当たりにすれば、やはりもっと努力すべきだったのではないだろうか。だけどこんなことを今考えても仕方がない。全ては終わってしまったのだから、過去を顧みて嘆いてみても何も始まらない。


「要」

「なに?」

「今度は確かだと思った」

「そっか」

「でも駄目だった。だけど今度は確かだと思ったんだ」

「分かるよ、その気持ち。ぼくでも一応」

 答えると少し離れた場所に立った凛太朗が、微かな笑みを見せた。


「ぼくに何て言ってほしい?」

 そう訊ねると凛太朗は少し考えてから答えを戻した。

「女を見る目をもっと養え、とか?」

「女を見る目をもっと養え!」

「……なんか違うな。それに要には言われたくない……」

「はぁ? じゃあ、なんだよ」

「分からない……でもこうやって話せる相手がいてよかった」

「それが彼女いない歴が年齢と同じの童貞でも?」

「ああ、そこは勝ってるって気がする」

「うるさいよ」


 凛太朗が笑って、ぼくも笑う。

 予鈴が聞こえて、周りにいた生徒達は教室に戻る準備を始めた。ぼくも手にしていた空き紙パックを握り潰して、もう行こうと隣の友人に声をかけようとした。だけど〝それ〟を目にして、何も言えなくなる。それは見てはいけなかったかもしれない彼の表情。でもそれはすぐに消えて、彼は無言のぼくに「行こう」と逆に声をかけて歩き始めた。

 秋の高い空の下、消えない蟠りを覚える。


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