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地獄へ道づれ  作者: 長谷川昏
2.腐れ縁の友人の恋愛事情/DV気質の若者にボコされる/便利屋の黒い二人組
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4.友人の思い人 A面を見てからB面を見る

 出会ったのは三週間ほど前の八月の半ばだったと、凛太朗は言った。

 行きつけの本屋で上段の本を取ろうとしていた彼女が突然ふらつき、それを咄嗟に支えたのがきっかけだった。急な眩暈を起こしたと説明した彼女は助けてくれたお礼にと、その後凛太朗をお茶に誘った。ちなみにその時彼女が取ろうとしていたのは美しい絵画がいくつも散りばめられた海外の画集。奥ゆかしい雰囲気で恥ずかしそうに誘いを申し出た彼女の微笑みが今でも忘れられないと、凛太朗は付け足した。

 儚げでいつもどこか悲しそうな美しい人。凛太朗がそう表現したそのとおりの美人が今ぼくの目の前にいる。


「初めまして、三浦(みうら)カオルです」

「と、ども……御蔵島要です……」

 夕方のファミレス。時間が少し早いせいで、まだそれほど客は多くはない。向かいの席に座った彼女に、ぼくはやや緊張して言葉を返した。


「うふふ、そんなに緊張しないで」

 硬い表情のぼくに優しく笑いかけてくれた彼女は、穏やかな雰囲気が漂う女性だった。彼女、三浦カオルさん現在十八才は、アルバイトをいくつか掛け持ちしながら美術系の専門学校に行く学費を貯めているという。両親は十年前に他界し、現在四つ上の保育士の姉と二人暮らし。美しい髪とすらりとしたモデルのような体型の持ち主ではあるけれど、どこかひっそりしたような影を感じる。でもそれが〝なんだか守ってあげたい〟という感情に繋がっているようにも感じる。ぼくのような少し標準ではない人間でもそのように感じるのだから、世の多くの人達はもっとそう感じ取っているのだろうと思う。


「カオルさん、他に何かいる?」

「ううん、紅茶だけで大丈夫」

「もし欲しかったら言って」

「うん、分かった、ありがとう」


 凛太朗は頻りに彼女を見て、声をかけて、気にかけている。それが時々お姫様に無心に仕える忠実な従者のように見えないこともないけれど、別の見方をすればそれだけ〝そんなんじゃない〟と形容する彼女を大事に思っているようにも映る。


「御蔵島君と凛太朗君は、幼馴染みなんだってね」

 美しく微笑む彼女に不意に問いかけられ、ぼくは少し動揺しながら言葉を返す。

「ええ、はい……あ、でも幼馴染みと言っても付き合いは小一の時からなんですけど」

「へぇ、そうなんだ。だけどうらやましいな。私、転校が多かったから、そんな長い付き合いの友達がいなくて……」

 そのように呟いてうつむく横顔がとても美しくて、どきりとせずにいられない。こんな正統派の直球的美しさに接する機会はぼくには日頃ほぼないから、このように不意打ち的に出会してしまうと、餌時間間近になった動物園の小動物のようにそわそわしてしまう。


「私、ちょっとおかわりしてくるね」

「俺が行こうか」

「ううん、大丈夫」

 彼女がドリンクバーに行くために席を立って、ぼくはいい意味でほっとする。軽く息を吐きながら顔を上げると、こちらもまだ緊張を残した凛太朗と目が合う。素直な感想をぼくは述べた。


「カオルさん、きれいで大人っぽい人だね。優しそうだし……」

「うん、俺もそう思う」

 迷いなく凛太朗は返して、続けて淀みもなく言い放った。

「要。俺、彼女のことは特別な人だと思ってる。だからずっと大事にしたいと思ってる」

「……うん、そっか」


 ぼくは友人に、ただそう返した。彼の顔にはどことなくいつもとは違う雰囲気があって、その言葉どおりにいつもとは違う決意のようなものが浮かんでいた。

 相談とは言っていたけれど、凛太朗が今日ぼくをこの場に呼んだのはそんな感情とか、決意とか、なにかそういったものを自ら確認したかったからかもしれない。

 望まない結果が残念ながらその先に待っていたとしても、その時々で彼は彼なりにその相手に真剣に思いを向けている。今回もそのよくない結果が訪れるとは限らないし、そうなると決まっている訳でもないし、無論できればそうなってほしくないと心の奥で思っている。でもどこかほんの少しだけ、友人の顔には不安があるようで、引っかかりを覚える。けれどそれも思いの深さからくるものなのかもしれなかった。


「おまたせ、なに話してたの?」

 ティーカップを手にした彼女が戻ってきて、ぼくと凛太朗は二人して笑顔を返す。

「別に、大したことじゃない」

「なに? 男同士の内緒の話?」


 彼女は魅力的に微笑んで、凛太朗の隣に腰を下ろす。

 その後和やかなティータイムが再開されて、突如二股の彼氏が現れて修羅場になるとか、返しきれないほどの莫大な借金の取り立て屋が突然現れて暴れるとか、そんな劇的な転換的展開が巻き起こるでもなく、彼女を交えた穏やかな数十分間が流れていっただけだった。

 けれどファミレスを出る間際のことだった。

 凛太朗は付き合ってくれたお礼にとぼくの分も奢ってくれて先に店を出て、カオルさんはその前に化粧直しに席を立っていた。ぼくは帰る前に用を足しておこうとトイレに向かったけれど、その時女子用トイレのある廊下の奥、観葉植物が置いてある陰から聞こえてくる声を耳にした。


「もう分かったって! 何度も何度もうるさいなぁ! 分かってるよ! 今夜『ベイン』ね!」


 苛立ち溢れるその声を、近々に耳にした覚えがあった。けれどその時とは趣が百八十度異なっていて、戸惑いを覚える。

 通話を終えた相手が物陰から出る気配を悟って、ぼくは咄嗟にトイレに身を潜めた。扉の隙間から窺い見たその姿を確認して、先程の声が聞き間違いであるとか、今確認したその姿自体が見間違えであるとか、何度か思ってみようとした。でも通話を終えたスマホを手に颯爽と物陰から出てきたその姿は、どう見てもカオルさんだった。


「これからもよろしくね、御蔵島君」

 別れ際にそう言って微笑んだ彼女は、初めて顔を合わせた時と同じ笑みでそう言った。

 再び聞き間違いだとか見間違いだとか思ってみようとしたけれど、観葉植物の陰で見た真実は間違いなくそこにあって、それは消せない事実で、でもなんだかそれを口にはできなかった。

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