29.それは嫉妬という名に変換される
何の因果か、と思う。
ぼくは次の日の放課後、ひと気のない教室に草野と二人きりという状況にいた。
ぼくの正面に座る草野からは、ここから早く立ち去りたいという気配がギンギンに伝わってきて、少し痛いくらいでもある。
どうしてこんな状況になっているかというと、自らの性質を考えるとまるで冒涜しているようにも感じられてしまうのだけれど、ぼくは風紀委員の任に着いていたりする。
草野も同じく隣のクラスの風紀委員で、本日の放課後、委員が全員出席した会合の席に於いてよくない巡り合わせの末に、彼はぼくという人間と二人きりで結構な量の書類の整理をしなければならないという、よくない運命を辿っていた。
作業を始めて十数分、ぼくはもうなんだかいろんな所が干上がりそうになっていた。正面に座る草野からは一刻も早く仕事を終わらせて、ぼくと二人きりというこの状況を抜け出したい、という鬼気迫る気配が常に放出され続けている。
その気持ちはぼくにだって痛いほどよく分かる。なので、互いのためにもこの現状を打破すべく声をかけた。
「……ねぇ草野、もし何か用があるなら、もう帰ってもいいよ。あとはぼくがやっておくし」
「別に用なんかないよ。余計なことくっちゃべってないで早く終わらせよう」
慣れない気を利かせたつもりだったけれど、ぼく一人に任せて帰るのも納得いかない様子の草野からは冷たい返事が戻る。仕方なく、この冷え切った状況を継続させることにして、ぼくは自らの存在をこの場から消しつつも、草野に負けないよう色々な気配を漂わせることにした。
「……あのさ、御蔵島……」
だけどしばらくして、なぜか草野の方から声をかけてきた。
ぼくにはそれが意外すぎてちょっと妙な表情になる。でも草野はその表情を悪い方に取ったのか、より不機嫌そうな顔になって、焦ったぼくは「ええっと、何かなぁ?」と少し締まらない、少々頭が悪そうな雰囲気の返事をした。
「お前って可奈……いや、櫻井の何?」
「えっ……いきなり何って言われても……」
草野から届いたのは思いがけない質問で、ぼくはちょっと惑う。
「櫻井のこと、好きなわけ?」
「別にそういうんじゃ」
「なら、いいけど」
要領を得ない返事を繰り返していると草野は拒絶の意を込めたその言葉で締めて、一方的に会話を切り上げてしまった。
草野はぼくに質問のようなものをしたけれど、ぼくがどう答えるかは最初から分かっていて、質問はただ表面上のものでしかなく、事実確認をしたかっただけのようにも感じた。
草野を見ると今ほどの会話など何もなかったような顔をして、無心で机に向かっている。そっちはそれでよかったのかもしれないけれど、ぼくはなんだかぶん投げられたような気分になって、手を止めてしまった。
彼はぼくの存在を気にしているようだけど、そんなことは欠片も気にする必要もないことだった。昨日の可奈子との会話を思い出せば、それは確実で明確なことだった。
けれども、そんなことなど杞憂ですよー、考えすぎですよー、と彼に伝えてもいいけれど、それを伝えて彼等の仲を取り持ってしまうピエロのような存在にもどうもなり切れそうもない。ぼくは黙々と作業する相手を前にして、苛々のようなもやもやを味わう次第となった。
あー、一体なんだこれ。こういうのってぼくの嗜好じゃないんだけど。大体なんでぼく、草野と二人きりでいるわけ? なんだこの状況?
と、心の中で呟いてみたけれど、そうしたところでこの状況が改善する訳でもなく、望みもしない責め苦のような時間はその後まだ四十分くらい続いた。
結局何も告げられないまま作業は終了し、ぼくは言えなかった言葉のことはもうこれ以上考えないようにした。でもそれは確実に嫉妬という名に変換されてしまったようで、身体のどっかで蟠ったままだった。




