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地獄へ道づれ  作者: 長谷川昏
4.田舎の祖母に会いに行く/行ってはいけない場所/地獄は地続きの場所にある
24/42

24.屋根裏の埃を被った思い出

 三日目、ぼくと時雨は朝から祖母の手伝いをしていた。泊めてもらった上にご馳走にもなっているので、これくらいはしないと申し訳ないと申し出たのだけれど祖母は、

「別に構わんがよ、そんなことしなくても」

 と笑いながら返すだけだった。けれどその後どうにか祖母を説得し、引き受けた仕事は家の掃除、それと畑仕事の補佐。朝ご飯を食べた後、早速仕事に向かった希さんを見送ってからぼくはTシャツとジャージ姿、時雨はいつもの姿だけど気合いはいつも以上に入れて、まずは掃除から取りかかった。


 水はもう冷たかったけれど固く絞った雑巾で、縁側や廊下、板張りの床を順に丁寧に拭いていく。時雨はハタキやほうきを駆使して、座敷の掃除に勤しんでいた。


「こんな広い家にお祖母さんは一人で大変だな」

「……そうだね」

 ぼくはその呼びかけにそのままの意味しかない、そうだね、しか返せなかった。本当はもっと何かできることがあるのかもしれないけれど、ぼくにはできない。無言でそうやって詮無いことを考え続けているぼくの様子に気づいたのか、時雨はその後何も言わなかった。


 掃除の後は、廊下の隅で片づけられないまま置き去りにされていた夏物用品を屋根裏に移動させた。ぼくは昭和の香りがする扇風機を、時雨は巻いたすだれや蚊取りブタを抱えて少し急な階段、と言うよりほぼ梯子を登った。


「時雨、大丈夫? それ重くない?」

「大丈夫だ、お前こそ足元に気をつけろ」

 振り返って声をかけるけれど心配無用の返事が戻ってくる。薄暗い屋根裏部屋に無事到着すると、ぼくは辺りを見渡した。確か昔、探検と称してここに来たことがある。あの時より狭く感じるのは、ぼくが縦に間延びして視点が高くなったせいなのだと思う。


「使わない物をしまってある感じだな。いろんな物がある」

「そうだね……あっ、これ懐かしい!」

 収納物を見回しているとあるものが目に入った。

 虫取り網と虫かご。それらは埃を被って色褪せていたけれど、以前ぼくが使っていたものだった。秋も終わりで虫なんかほとんどいなかったけれど、それを手に一人で雑木林や家の裏を駆け巡っていた。


「アホな子供だったんだな」 

「子供はなんかよく分かんないことでアガるスイッチが入るんだよ!」

「まぁ、アホなのは今も変わらんが」

「……」

 今現在のぼくがアガるには少々テンションが足りないその言葉を受けて再度辺りを見回すと、別のものが目に入った。


 埃を被った古いアルバム。

 手に取って表紙を捲ってみると、一頁目には赤ん坊の写真が貼ってある。また捲ると若い祖母とそのつれ合いと思われる男性、それにぼくの知る面影が残る女の子の姿がある。頁を進めるとその女の子は成長して、よりぼくの知っている人になっていく……。

 でもぼくは途中でアルバムを静かに閉じていた。元の位置に無言で戻して少し溜息をつく。一連のその行動を時雨は何も言わずに見ていた。


「……アホな子供のままでいればよかったかな」

 梯子を下りながら呟くと、後ろからは短い返事が戻る。

「それは無理だ」

「……そうだよね」

「過ぎた時間は取り戻せはしないし、人が成長することも止められない。不可能なことだ」

「……」

「だから今はお祖母さんの手伝いのことを考えろ。彼女の手伝いをすることで今日の食事にありつける。これは不可能じゃない」

「そうだね……分かったよ、しぐ……うわわっ!」

 そう返した途端ぼくは足を踏み外していた。残りの段を足ではなく尻で下って、床上で悶絶する。

「だから言ったろ。足元に気をつけろと」

 呻くぼくの上からはその言葉が降ってきて、ぼくは泣き笑いのような珍奇な笑顔を浮かべた。


 その後は外に出て祖母の手伝いをした。

 時雨は祖母の長靴を借りて畑で大根掘りに奮闘していた。ぼくは主に力系の仕事を引き受けて、祖母の指示に正確に従う働き蟻のように動き回った。気づけばいつの間にか陽が傾き、作業も終わりを迎えていた。一足先に家に戻った祖母が甘辛醤油たれの団子とお茶を用意して、縁側で呼んでいた。


「よう手伝ってくれたねぇ、助かったよ。要も時雨ちゃんも」

 ぼく達は縁側で並んで座って、甘いもので疲れを癒やした。和やかな時間が流れて、色々な充足感を得ていた。

 間近に見える山間の陰は既に日が落ちている。ぼくは団子を咀嚼しながらその暗くなった場所を想像した。


「要は美智(みち)によう似てきたねぇ。でも目元は清志(きよし)さんに似とるかも」

 縁側に正座した祖母が零すように呟いた。

 その声色から彼女の心情を見ることはぼくにはできず、開いた口から何も想像させないような言葉を返すだけだった。


「……そう? そうかな?」

 ぼくの相槌に祖母はゆっくり頷く。誰かが声にした母と父の名を耳にしたのは久しぶりのような気もしていた。


 空の青は追われるように赤く変わって、集落に夕暮れが訪れ始めようとしている。

「寒なってきたから中入ろうか」

 祖母は湯飲みと皿を載せた盆を手に戻っていく。

 ぼくと時雨は遅れて家の中に入った。

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