23.観光地巡り、地獄と団子と出会い
二日目、ぼくは時雨と観光地を巡っていた。
祖母にも声をかけたのだけれど、遠慮をしたのか二人で行ってこいと言うだけだった。それに今日の夕方にはぼく達以外にも客が来るらしく、その準備があると言っていた。
一時間の本数がかなり限られた交通機関を乗り継ぎながらだったからあまりあちこちたくさん回れなかったけれど、それなりに一日を楽しむことができた。
最初に行ったのは落差日本一を誇る大きな滝だった。そこまで行くには、バスの降り口から更に二十分ほど坂を上って向かわなければならなかった。坂はなかなかきつかったけれど道は舗装されていたし、その間普段見られない山の景色を思う存分眺めることができた。
時雨の体力については心配する必要がないので、ぼくは自分の心配だけをしていればよかった。事前の予想どおり、滝に到着する頃にはぼくは中学のマラソン大会の時のようにだらしなくへばりきっていたのだけれど、時雨の不甲斐ないものを見下ろす冷たい視線と雄大な滝の姿を目の前にしたら、それも吹き飛んだ。
轟々と音を響かせる滝は神々しくも見えた。間近に架かる橋から見上げると、細かな水しぶきが連々と舞い降ってくる。標高も高いから下界とは気温も何度か違う。冷え冷えとした空気がよりいつもとは異なる場所に来たことを感じさせて、ここに来ることで得られる体感を思う存分味わった。
次に向かったのは曼荼羅遊園と名付けられたちょっと変わった場所だった。ここら一帯は昔から山岳信仰が盛んらしく、この施設は周囲の景観や地形や造形物を利用して山岳信仰における天界や地界を表現しつつ、それらを楽しめる遊歩道になっていた。ぼくと時雨は人工物と自然とが程よく融合した遊歩道をぶらぶらと歩きながら、現世にある異世界を散歩した。
周囲の造形物がモチーフにしているのは天界や地界などであるから、多くは死を連想させるものだったけれど、どこまで行っても辺りは山と木々に囲まれていて、のどかにも感じた。けれど餓鬼のいる針山を模した場所に立ってみると、なんだか本当に〝あの世〟と呼ばれる地にいるような感覚にも襲われる。周囲を見回すと、それらに真剣に見入っている黒い服を着た少女の姿がある。ぼくはいよいよ妙な気分になって、彼女に声をかけた。
「ここにあるものは全部作りものだけど、そこに君が立っているのは変な気がするな」
そのように声をかけると、その存在がぼくが理解できる範疇を超えていると思われる少女が振り返った。
「そうか? 何事も紙一重だ。変でもない」
彼女はこちらを見て、そのように答えた。
その後もぼく達は生と死を感じながら道の先をずっと歩いていって、俗欲蔓延る現世まで戻ってくると、腹が空いたということで昼ご飯を食べに行くことにした。
向かったのは祖母の家とよく似た家屋が連なる人気の観光地だった。昔のままの雰囲気を維持する家屋の多くは住居ではなく、土産物屋や食事処になっている。ぼく達はおいしそうなにおいに誘われて入店した食事処でおいしい山菜そばを堪能すると、食後は土産物を物色しに通りを歩いた。菓子や民芸品など、色々なものに目を奪われていると次第にこうばしい香りが漂ってくる。人集りになっているその先に向かってみれば、この土地の名物である団子屋がある。時雨とは無言で意見の合致を済ませ、早速列に並んだ。
「ねぇ、君」
列の半ば程まで進んだ頃、そんな呼びかけが届いた。目を向けた先には長い髪を後ろで束ねた背の高い女性が立っている。手に職業用と思われるカメラを携えた彼女は爽やかな笑顔でこう続けた。
「よければだけど、一枚写真を撮らせてもらえないかな? ここの景色とはアンバランスなようなそうじゃないような、面白い絵になると思うんだよね」
そう声をかけた彼女の視線は時雨に向いていた。どうやら彼女はここの景観を背景に時雨を撮りたいらしく、そのお願いのようだった。確かに時雨の姿はこの景色に合っているようで合っていないようで、合っているような気もした。けれど時雨本人は表情を曇らせて、いつもの口調で言葉を返した。
「すまないが写真は苦手だ」
苦手というその言い分が本当かどうかは分からなかったけれど、記録を残す行為となる写真撮影は時雨的には避けたいものなのかもしれなかった。ぼくはその意を汲みつつ相手へのフォローも兼ねて、最近覚えた便利な言葉を活用した弁明を試みることにした。
「あの、お気を悪くしたらすみません。彼女、帰国子女なんで話し方が少し変で……」
「ううん、こちらこそ不躾にお願いしてごめんなさい。お詫びにここのお団子を奢らせてくれないかな?」
そう言って彼女は曇りなく微笑んだ。
こういったきっかけがあって、ぼくと時雨はこの女性、野々村希さんと知り合った。
希さんは二十七才のカメラマンで撮影のためにこの地を訪れた。到着したのは今日の午前で早速仕事の写真撮影に勤しんでいたところだった。そして彼女の今夜の宿泊先は祖母の家だった。
「え? マジですか?」
ぼくはご馳走してもらった団子を食べながら思わずそう口にしていた。狭い土地だし、ものすごい偶然というほどではないけれど、なかなかな偶然だと思った。
「じゃあ、九条八重さんのお孫さんなのね」
希さんはお茶の入った湯飲みを手にしてそう言うと、黒い服の少女に視線を移して続けた。
「それじゃ、時雨ちゃんも八重さんのお孫さん?」
「いえ、それはぼくだけで、彼女はぼくの友達の妹です」
「友達の妹……? そう、あなた達、ちょっと変わった取り合わせなのね……」
言われてみれば確かにそうだなと思った。
なぜか行動を共にする高二の男と十一、二才(に見える)少女……。いつもはあまり深く考えないけれど、確かにこんな観光地にいると違和感を覚える。改めてそのように思い始めると、ちょっと冷や汗が伝った。
「ちなみにだが彼はロリコンではない。ただの変わった趣味の男だ」
「えっ? ロリ……?」
「タトゥーを入れているんだ。なぜだかびっしりと自分の性……」
「うわー! な、なんでもないです! か、彼女、ちょっとキッツい冗談が好きで!」
その上時雨にいらない拍車をかけられて、なんだか焦りまくる。ぼくは時雨の言葉を慌てて遮ると、冷や汗ではなく本気の汗が滲み出たのを感じていた。けれど希さんはこのやり取りをあまり気にしていなかったようで、団子も食べ終えた後は仕事に戻ると言って席を立った。
その後彼女とは一旦別れ、夕方仕事を終えた希さんと待ち合わせたぼく達は一緒に帰宅して、祖母を驚かせた。
「お孫さんに途中でお会いしたんです」
「あれぇ、そうけぇ」
祖母はもう一人増える客人のために昨日以上にご馳走をたくさん作っていて、その日の夕食はとても賑やかで楽しいものだった。
希さんはよく笑いよく話す気さくな人だった。それに颯爽とした職業女性にも見えるけれど、なんだか粗忽なところも少しあって、風呂場にいたぼくに気づかずに引き戸を開けてしまったり、コンタクトレンズを外すと視力がぐんと落ちてしまうせいで、廊下で出会い頭にぼくに頭突きを食らわしたりしていた。
だけど急いで風呂の戸を閉めながら「きゃっ、ごめんなさい」と謝った彼女の意外にも可愛らしい声を聞いてそのささやかなイベントにぼくの身体の一部のテンションが上がったり、ストレートにぼくの顎に入った頭突きの出来のよさに身が震えるほどの感動をしたり、それはかなりのなかなかなものだった。
にやけながら振り返れば呆れた目をした時雨もいて、なんだかとても餌をもらいすぎた気分だった。




