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地獄へ道づれ  作者: 長谷川昏
2.腐れ縁の友人の恋愛事情/DV気質の若者にボコされる/便利屋の黒い二人組
11/31

11.フォール便利事務所の二人

 次の日の土曜の午後。

 ぼくは絆創膏だらけの顔で、三階建ての古びたビルの前にいた。

『私は踏み込みすぎることはできない。もし彼女の行方をまだ捜すつもりなら、この男を訪ねてみろ』

 昨晩、時雨はぼくの手当を済ませた後、その言葉と一枚のメモを手渡した。メモにはある場所の住所と名が書かれてあって、ぼくは今その場所にいる。


 周囲を見回せば一応オフィス街の一端であるようだけれど、この一帯だけなぜか寂れてうらぶれた雰囲気が漂っている。その気配は今ぼくが見上げているこのビルが周囲に伝染させているようにも思えて、少しの尻込みも誘う。

 近づいて外付けの階段横にある郵便受けを窺ってみると、一階も三階も色褪せた大量のチラシが詰め込まれたままになっていて、どちらも空き部屋状態であるようだった。唯一記されてある二階の入居者を確認すると、『フォール便利事務所』となっていた。何度も見確かめるまでもなく、ここがメモに書かれてある目的地なのだけれど、何となく足が動かなくて既に十数分が経過していた。


「い、行ってみるか……」

 ぼくは自分を鼓舞するように自らに言い聞かせると、ようやく上階へ向かう階段に足を向けた。一つの階に一フロアしかないらしく『フォール便利事務所』は二階に到着と同時に、探すまでもなく目の前に現れた。薄緑色の古びた扉の一部が磨り硝子になっていて、そこに『フォール便利事務所』とプレートが掲げてある。ぼくは最後の躊躇を投げ捨てて、少し震える手で扉をノックした。扉の向こうからはすぐに「どうぞー、開いてるよー」と男の呑気な声が聞こえてきて、ぼくはゆっくりと扉を開けた。


 ビル自体が大きなものではなかったから、足を踏み入れたその部屋もそれほど広くはなかった。一歩進んで全てを見渡せるほどのその場所は、一般的な事務所のような趣だった。入ってすぐの手前には少々くたびれた応接セットがあって、窓際になる奥にはデスクが一つある。その上には古い黒電話が一つ載っていて、デスクの向こう側には若い男が座っていた。


「どーも、御蔵島要君ね」

 よれた黒っぽいスーツ姿で同じくよれた黒いネクタイを、上から数個ボタンを外したシャツに合わせて緩めて締めている。その格好だけを見れば初見ながらとてもだらしなく感じるのだけれど、無造作に乱れた髪も含めてどこか退廃的な者が持つ魅力が漂っている。

 ぼくはまだ名乗ってもいなかったのに名を呼ばれて、少し怯む。時雨が連絡をしてくれたのかもと思ったけれど、どうもそれは違うような気がした。


「時雨とはどういう付き合い? あ、言わなくてもいいよ……ふーん、あいつの犬。いや、あいつの道具かな?」

「……」

 胡散臭い感じも漂うけれど、彼は十人中十人が振り返るほどの美男子だった。デスクに乗せた両手の指には一文字ずつタトゥーが入っていて、それは見たこともない文字で描かれていた。


「なーんてね、嘘嘘。で、ご要件は何かな? 友達のことを弄んだ女のことかな?」

 ぼくは再度怯んで、小難しい表情を相手にしてみせる。そして出かける間際に時雨が言っていたことを思い出す。

『無遠慮に相手の心に踏み込む男だ。気をつけろ』

 目前の男は、確かにそのとおりの男であるようだった。

 ぼくは何も答えずに、先程から彼の傍に立っている女性を見る。歳は十九、二十才くらい。ぼくが入ってきた時から一度も表情も変えていない彼女は、灰茶色の髪と瞳をしたユニセックスな感じの美人だった。彼女も同じく黒いスーツ姿だけれども、こちらはきちんと着こなしていて立ち姿も美しかった。


川島(かわしま)、あまりからかわない方がいい。あとが怖い」

 ハスキーな声で男にそう助言した彼女は告げた後に、一歩下がって窓辺に寄りかかった。

「そうだな、確かに怖い」

 言いながらもそう思ってなさそうな顔で笑いかけた川島と呼ばれた男は、改めてぼくに自己紹介した。


「どうも、要君。俺は川島。こっちのは中野(なかの)。この場所で便利屋みたいなことをしている。時雨とは死にたくなるほどの長い腐れ縁だけど、俺の方が天と地くらい差がある格下だけどな」

 改められたその自己紹介にぼくも続ける。

「どうも、川島さん。知ってらっしゃると思いますけど、ぼくは御蔵島要といいます」

「あれぇ? もしかしてなんか気に障ったー? ちょっとつんけんしてない?」

「……そうですか? すみません」

「そうだよー、要君」


 ぼくはあまり人を冷たくあしらったりしないけれど、この川島という男のことはなんだか好きになれそうもなかった。魅力的な容姿と雰囲気の持ち主であることは認めるけれど、どこか小馬鹿にされているような気もする。いつもなら足蹴にされようが靴裏を舐めさせられようが、大抵のことはやり過ごせるのだけれど、どうしてか苛立ったようになってしまう。それは彼に全てを見透かされているような、実際本当にそうであるからかもしれなかった。


 視線を戻すと、川島は退屈そうに欠伸をしている。

 彼に対して思うところはあるけれども、そうも言ってられないのだとぼくはここに来た目的を思い返していた。三浦カオルの行方を知りたかった。そのためにはぼくのこのちんけな私情は不必要でしかなく、その感情に振り回されて相手の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。彼女の行方は地道に捜索すればいつかぼくでも辿り着くことができるかもしれないけれど、発見が遅くなれば遅くなるほど指輪の所在は遠離っていく。今この時にも彼女は指輪を手放しているかもしれなかった。


「あの……話はどこまで分かってます?」

 ぼくはしおらしい態度に切り替えると、川島に訊ねた。

「ああ、大方は分かってるよ。その怪我の理由もね」

 彼は最初と変わらない態度でそう答えると軽く笑った。ぼくのちんけな癇癪など彼にとっては微々たる出来事でしかなく、それ以前に相手がどんな態度でいようと最初から欠片も気にしていないようにも見えた。馬耳東風。暖簾に腕押し。そんな言葉が浮かんだけれど、ぼくは気を取り直して話を続けた。


「それなら、その三浦カオルという女性の居場所を調べてほしいんです」

「ふぅん、友人の指輪は取り返さなくても?」

「それはぼくが会って直接彼女に言います」

「そ。了解したよ。じゃとりあえずここに君のケータイ番号だけ書いてもらえるかな」

 川島はあっさり了承すると、引き出しから取り出したメモ帳とペンをぼくに差し出した。

「あの……ケータイ番号って……それは訊かなきゃ分からないんですか?」

「ああ、いや、単に数字を覚えるのが苦手だからだよ。俺、スマホもケータイも持ってないし」

 川島はそう答えて、デスクの上の黒電話を見る。そして開いたままの引き出しから一枚のカードを取り出して、それも差し出した。


「これ、ここの電話番号。今回は必要ないかもしれないけど、今後何か困ったことがあったらまぁ、相談には乗るよ」

 カードには事務所の名と電話番号が書かれてある。ぼくはそれをポケットにしまいながら、気になっていたことを最後に訊ねた。


「あの……それでこの調査の料金はいくらほどになりますか? ぼく、お金はあんまり持ってないですけどできる限りのことはします」

 川島はぼくの書いたメモとメモ帳を引き出しに戻すと、少し考え込んだ。

「そうだなぁ……俺、強欲じゃないからさ、無いものを無理矢理奪い取るっていうのも性に合わないんだよねぇ……そうだ、なら代わりに君の〝それ〟見せてもらおうかな」

「え……?」

「要君、君、変わった所に彫り物してるよねぇ。それ、見せてよ」


 疑問を呈したぼくに、川島はとても怖ろしいことを言う。

 彼が言う〝それ〟はぼくが満足するためだけのものであって、人に見せるものじゃない。


「えー、見せてくれないの? じゃ、料金は三百万円ね」

「ええっ!」

「調査もやめようなかぁ。でも見せてくれたらタダでやるよ」


 望んでもいないのにいつの間にか追い込まれてしまっていた。

 目の前にはチェシャ猫のように笑う川島がいる。

 三百万円はちょっと、というかかなり払えない。ぼくは潔く諦めるとズボンのベルトを外して、ファスナーを下ろしてズボンとパンツも下ろした。


「へぇ……」

 川島の感嘆なのか落胆なのか何なのか分からない声が届く。

 これは一年前の高一の秋に入れた。

 ぼくの陰茎には、蛇の鱗を模った刺青がある。

 ぼくはアレな感じの変態だけれども、露出狂のカテゴリーには入っていないのでいつの間にか知っていた時雨は別として、彫り師以外にこれを見せたことはない。


「あの、まだでしょうか……?」

 妙な羞恥を感じて目線をずらすと、窓際にいた中野という女性と目が合う。けれど彼女は昨日の天気以上に興味がないという顔をして、目を逸らしてしまった。

「要君、角度変わってるけど、俺が見てるからじゃないのは分かってるよ」

 火が点いた被虐心を悟られて、川島にとても恥ずかしい指摘をされる。

「OK、了解、もういいよ。面白いものを見せてもらった」

「はは……」

 ぼくはズボンをずり上げながら力なく笑うしかない。だけど要求は聞いてもらえたし、代償は払ったけれどプラスマイナスゼロのような気がするから別にいいか、と無理にでも思う。


「で、ではぼくはこれで……」

「ああ、何か分かったら連絡するよ」

「それじゃ失礼します……」

「なぁ要君」

 川島は去ろうとしたぼくを呼び止めた。ぼくは足を止めて振り返った。


「堕ちた俺を見続けなきゃなんないのも大変だなって、あいつに伝えておいてくれよ」

 そう言って背を向けた相手は右手を挙げて軽く振った。

 彼のことをどう思うかと訊かれれば、好きになれそうかもしれないと答える、かもしれない。

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