休息
「私、死神になる…!!」
その言葉を口にした瞬間、きつく張り詰めていた心の糸がふっと緩み、
代わりに暖かな火種が音もなくそっと灯った気がした。
神様は少し顔に笑みを浮かべながら静かに頷いた。
「うむ!良い覚悟じゃ!」
その言葉を最後に、まるで夢のように神様の姿はゆっくりと光の粒になって消えてゆく。
「ぁ……」
反射的に手を伸ばしたけれど、指先は虚空を掴もうとしただけだった。
残されたのは、白く光の粒がふよふよと浮かんでいる静かで奇妙な空間。
その空間は変わらずそこに広がっている。
けれど、さっきまでとは少し違って見えた。
奇妙な空間、ではなく少し心があったまる優しい空間として。
まるで私の中で《死》が少しだけ遠のいたような錯覚を覚えた。
そう周りを見渡していると急に後ろから風が吹いてきた。
その風のせいか、かすかに髪が揺れる。
無風だったはずのこの場所に、
誰かの気配と共に風が吹いた。
「……誰?」
振り返るとそこには_____
見た目はチャラいが、
全身黒ずくめに温かみのあるオレンジのマフラー。
まるで生きているかのような強い存在感と、この場を制するような威圧感を放つ人物が立っていた。
そして、
腰に手を当てて私の前に登場したその人は
私を見てにっと笑い、話しかけてきた。
「ちゃーす!!新人ちゃーん!!」
声だけでこの場を支配するような、軽すぎる声。
この場所には似つかわしくないほど異質な存在だった。
そして、紺色の髪がふわっと揺れる。
先端だけが白みがかっていてまるで光を宿しているようだった。
ただでさえ少し目眩がしていた私には少々つらい。
その人は私の事を新人ちゃんと呼び、手を振りながらこちらに歩いてきた。
そして、私の目の前まで来るとその人は私の顔を覗きながら自己紹介をし始めた。
「死神歴ちょい長、
みんな大好き死神のノア先輩でーす☆
よろしくね〜!!」
「 」
いきなりそう言われ、思わず固まる私に《ノア》と名乗った人はダブルピースをし、更にウィンクまでしてきた。
眩しすぎて、見ているだけで疲れてくる。
そして何より死神はもっと内側も外側も暗いものだと思っていた為、一瞬頭が追いつかなかった。
「おぉ〜もしかしてビビっちゃった??
まあ、俺かっこいいし?しゃーなしだよね!」
固まっていた私はあまり出会ったことのないタイプすぎて、どう反応すればいいのか分からず、
口も手も頭さえも動かず、
ただ小刻みにふるえることしかできなかった。
「ええ!?
動揺のし過ぎで人間離れした事しないで!?」
ノアという人は素っ頓狂な声を上げながら私の反応にオーバーリアクション気味に驚いていた。
時間が経ち少し落ち着いた私を見て、その人は顎に右手を、腰に左手を当て、何かを考えているようなポーズをし始める。
「いや〜でも、新人ちゃんもこっち側の魂か〜って思ったら、嬉しい反面悲しいねぇ〜…」
こっち側とは状況から見るに、死神側の魂ということだろうか…?と疑問に思いつつ、話を聞く。
そう、彼が一方的に話していると少し視界が揺れた。
「こほん、それはそうと〜、君の事は神様から聞いたよ〜!!色々大変だったね_____
と私を慰めるように話す。
どこまで聞いたのだろうか。
何を聞いたのだろうか。
疑問が生まれるはず。
だが、私の意識は朦朧とし、先程よりも視界が揺れていた。
「っ……」
(きもちわるい……)
時間が経つ毎に視界の揺れは限界に達し、
ぐらり
と世界が傾いた。
次第に彼の話す言葉に頭が追いつかず、私に向かって話していた陽気な声は遠ざかっていくようだった。
重力はないはずなのに今にも倒れそうだった。
立っていようとする意志だけが、かろうじて体を支えていた。
けれど、、足の力は、とうに限界だった。
(ぅ……………)
「ありゃりゃ…限界か〜。まぁ誰にでもある事だし、少しの間…おやすみなさ〜い☆」
その言葉を聞いたのを最後に私の意識は途絶えた。
_____ばたり。
____________________
ふと、生暖かい風が死んだはずの私の頬を撫で、二度と覚めるはずのなかった目が再び開いた。
まるで生命が戻ったかのように_____
目を開けるとそこに広がるのはどこにでもあるような和室の天井だった。
見慣れない空間。
にしては妙に身体が馴染むような感覚だった。
「…?」
身体を起こし、少し寝ぼけていると待ってましたと言わんばかりの速さで目の前に先程の男が現れる。
「起きたー?おはよ〜!!☆」
すごいキラキラしてる人だな…と思いつつも冷静に辺りを見渡した。
天井と同じく、障子にちゃぶ台、そして畳。どこにでもあるような普通の和室だった。
「おはよう…ございます……。」
少々ビクビクしながら挨拶をしつつ、ズルズルとその男から離れるように後退する。
「んもー!なんで後ろ下がってんのさ!!」
全く〜最近の子は距離感わかんないんだからぁ〜といいつつ、私の前にしゃがみ目線を合わせてきた。
「さっきも言ったけど、
俺は君の先輩にあたる死神のノア!
これからよろしくね〜!!
メイちゃん?」
「え、と…はい……メイです…
改めて、よろしくお願いします……
ノア先輩……、」
寝起きだからなのか、元からなのか、はたまた緊張しているからなのか分からないが、小さな声で話す。
「いえーい!
メイちゃんよろよろのよろぴくまる!!☆」
私の小さな声に対して2倍、いや3倍以上の声と明るさで返してくる。
「………」
頭が回らない。
考えようとしても理解が追いつかない。ただ、混乱だけが増えていく、そんな感覚だった。
するとなんの前触れもなく彼は話す。
「…ここはさっきのとこと同じ、生と死の境界で…
君の魂体、つまり死んだ後の魂の器が境界に適応しきれず、倒れちゃったっんだ☆」
「えっ……」
声が漏れた。
でも、それ以外の言葉は出していなかった。
私は…今、何も口にしていないはずなのに。
だけど、
目の前にいる人は私の抱いている疑問に対して当然であるかのように的確に答えていく。
「そんで君が気絶している間、
君はこの世界に"死神"として認められて〜
魂体はこの境界に適応してるって訳〜」
「なんで…私1度も口に……」
なぜ、どうしてという思考が交差し、
ここは何処なのか。
私はなぜ倒れたのか。
そして私はどうなったのか。
という私の中の最大の疑問について淡々と答えていった目の前の男が少し歪に見えたが、理由を問う。
そして、
彼は少し声のトーンを落としまた話始める。
「……んま〜野生本能?的な?
あっもう死んでるけど☆」
あはは〜死神的ジョーク〜☆
と呑気に話す彼の姿に、気づけば多少なりとも怖さがあるが緊張がほんのりほぐれていた。
いや、何故か"安心した"。
その方が正しいのかどうか、
私にはまだ分からなかった。
彼、ノア先輩はまあお茶でも一杯……と畳に置いていたお盆から湯呑みをひとつとり、コトッ…と音を立て湯呑みをちゃぶ台に置いた。
「…………」
先程とはうってかわり、何も喋らず、お茶をすすり、何かを考えるノア先輩に私は少し違和感を抱く。
だが、私が彼に抱いた違和感もまた、彼と同じ野生本能的なものだろうか。
そういった疑問やこれから起こることに対しての期待も浮かべながら、
差し出されたお茶をすする。
そのお茶はほんのり苦くて、少しだけ温かかった。