no title.
高い高い廃ビルの屋上。
冷たい風が、私の髪を揺らした。
ここから少し離れた街の灯りが夜空にぼんやりと浮かぶ。
「………もう、いいよね。こんな世界に、私はいらない…。」
私を16歳まで育てた親の怒鳴り声。クラスメイトのあの白けた笑い。何かを期待して。裏切られて。
私に向けられた視線や声はいつも冷たく突き放してきた。
でも、もう私にはその全てが届かない。
ただ届いているのはこの世界の醜さとこの世界の美しさだけだ。
ふと考えていると、私のきている制服に夜空の星々の光が反射する。
「星が、眩しいな…」
この星の中に私も入る日がこんなに早く来るとは思ってはいなかった。
一歩、また一歩。風に押されながらも、私は確かに端へと近づいていく。
足は風の抵抗を受けても軽く、こんなに歩きやすい日なんてなかった。
いつもは足に、重くて粘つく何かが絡みついていた。けれど、今日は無い。
こういう時だけ居なくなって。
でもそれも今日で終わりだから。
16歳の私はこの世界にいる、17歳の私はこの世界には居なくなる。
腕の時計がカチカチなって私の死の時間が近づいてくる。
23時59分50秒を指した時計を見て屋上の少し段差になっている縁のところに立つ。
体が更に風に飲み込まれ、少し勢いをつけて風の中へと飛び込んだ。
「ハッピーバースデー…私。
そんで……
さよなら世界…」
5月5日0時00分
私、めいの命は終わった。
はずだった。
ふと、失ったはずの意識を取り戻すと、そこは私が生きた世界とは別の世界が広がっていた。
真っ白で白い中にも黄色に輝く光源たちがふよふよ浮いていて。
(あれ、なんでだろ。私、、生きてる…?)
そう思ったものの、重力を感じないし、感覚も感じない。
ましてやこの歪な空間。
よく見渡してみるとあたり1面、どこまで続くか検討もつかない、白い空間の中にぽつんと私だけしかいない、1人だけの世界のような空間。
(やっぱり、私死んだのかな…)
そう何気なく思っていると、スカートの裾を掴まれ、誰かが話しかけてきた。
「メイ!メイ!おはようなのじゃ!」
その誰かの見た目は小さく、背丈こそ小学生くらい。
けれどその瞳には、何百年も見てきたような深い光が宿っていた。
「…!?」
急に声を掛けられたことにより、びっくりしてしまった。
「ふふっ、ここはどこ?貴方はだあれって顔じゃの!!」
と陽気に小学生くらいの子が言うものだから
そんなに顔に出やすいものかと自分でも驚いてしまった。
「ひとつずつ答えると、ここは死と生の狭間の空間じゃぞ!」
と聞いて私は少し安心した。
(私の生きてた世界じゃないんだ…)
と肩を撫で下ろす。
「そんでわしは神様じゃ!!」
突拍子もないし信ぴょう性もないことなのはわかっているけれど、
本人が言うならそう信じるしかないかと思い
「そう、なんだ…」
と薄く反応した。
「私は……めい。って神様だから知ってるか…」
自己紹介をしようとしたが、神様だから知ってるかと少しずつ適応しようとした。
「うむ!わしは神様じゃからな!!メイのことならなんでもお見通しじゃぞ!」
だが、ホンワカした空気の中…急に空気がピリッとしたものに変わり
「それでなんだが、のお?」
と話を切り替えた神様は真剣な眼差しで私と目を合わせる。
「お前さんをこのまま死なせる訳には行かんのじゃよ。」
「へ…?」
とヘンテコな声が出てしまうが無理はない。
なぜなら自分の死を神様に認められないのだから。
「な、なんで…?やだよ、私…あんな人達のところに戻りたくない…!!」
こんなに声を荒らげたのなんていつぶりだろうか。神様だろうが、失礼なんて知らない。
「まぁまぁ、落ち着けメイよ。」
神様は私を宥めるように、優しいけれど威厳のある声で言う。
少し落ち着いた私はなぜなのかを問いただす。
「どうして…?私あまりにもダメな人間だったから…?死んだ後も存在価値がないから……?」
と少し心にぽかんと穴の空いたような状態になる。
「死ねば報われると思ったのに……」
「そうじゃな。死ねば報われる。と考えるものは多い。」
神様が答える。
「ならっ……!!」
と神様に対して怒りが湧いてきたからか私は拳を握り、下を向く。
「じゃが、正しいとは限らないんじゃよ。
"報われる"というのは"生きてよかった"と思えるときなんじゃよ。
お前さんはそう思えるかい?」
と、核心をつかれたように言われる。
「…最悪な人達から離れられたのは良かったと思うけど、楽しかった思い出はないし……報われたとは思えない……」
神様は正しいことを言っていたため、反論できず、正直に話した。
「じゃからお前さんには死神として他人の人生の終わりに立ち会い、"生きてよかった"という最後の想いを見届けてきて欲しいんじゃ。」
「しに…がみ……?」
私はピンと来ず、顔をあげ、死神について聞き返した。
「そうじゃ、死神。死神は命の終わりを見届ける仕事なんじゃが…人の命に触れることで、お前さんが今まで知らなかった"命や生きる意味"を探して欲しいんじゃよ。」
「命、生きる、、意味に…ついて………。」
「命について知ることが出来ればお前さんは本当に報われるであろうことよ…。」
そして神様は言う。
「命を終わらせることばかり考えていたお前さんに今度は命の意味、理由を知ってもらたいんじゃよ。」
その言葉ではっとした。
(命…あまりに身近であまりにに遠い存在。
1回何かが貫通すればすぐ壊れてしまう
ガラス細工。)
(命の意味……)
「…………」
「わかった…。
命の理由なんて、全然考えた事なかったけど…それを見つけて私が報われるなら…」
ゆっくりと息を吸って、空っぽだった胸の奥に小さな炎がともるような感覚がした。
私が終わらせた命で、
[今]
もう一度始まろうとしている。
(こういう時くらい。私自身のためにやったっていいよね…。)
私は言う。
「命の意味を。生きる理由を確かめるために…。」
小さく呟いて、私は神を見つめた。
「―私、死神になる…!!」
この命を終えたその先で、私は初めて、
呼吸を始める。
そうして、死神・メイとしての生活が始まった。