◆スサノオ編 ~賢者の覚悟、最後の賭け~
長い、重い沈黙。
ズリは、窓の外を眺めたまま、動かない。ミスラもまた、主が次の言葉を発するのを、ただ、息を殺して待つのみ。
やがて、ズリは、ゆっくりと、振り返った。
その瞳には、先ほどまでの絶望の色は、もうない。そこにあったのは、全てを覚悟した者の、氷のように、静かで、そして、硬い光だ。
「…ミスラよ。お前の報告で、全てが、繋がった。そして、我らが、次に為すべきことも、な」
「ズリ様…。まさか、ライ陛下に、このまま報告を…?それでは、開戦は、もはや避けられませぬ!」
ミスラの、悲痛な声に、ズリは静かに首を横に振る。
「いや。もはや、この件を、ライ陛下にご報告したところで、意味はない。あの御方は、かの『怪物』の、本当の恐ろしさを、ご理解されることはあるまい。ただ、無謀な戦を仕掛け、そして、我らが国を、滅ぼすだけだ」
「では、どうすれば…!我々には、もう、打つ手はないのですか…!」
「…いや。一つだけ、残されている」
ズリは、そこで、一度、言葉を切った。
そして、ミスラの、その双眸を、真っ直ぐに見据える。
「――私が行く」
「…え?」
「お前の情報を信じるならば、話の通じる知性の高い王と見た。ならば先ず、この私の目で直接確認するが肝要。そして、これが唯一の道であろう。エルフに示されたと言う、その道こそ、我ら獣人にも提示された、ただ1つの道であることは、間違いあるまい」
それは、あまりにも、無謀な賭けとしか、言いようもない。
だが、それしか道は残されていないのだ。
そう、ミスラにも自然にそう信じられた。
「ミスラよ。もちろんお前にも、同行してもらうぞ。私を、かの王の元まで、案内してくれ。頼んだぞ」
ズリの言葉だ、ミスラに否やはない。
「なに、それほど悲観することもあるまいよ。エルフとの話を聞く限り、命まで取られる心配は、なかろうて。そうでなければ、お前も、今、この場には居なかったであろう?」
ミスラは、ただひたすらに、目の前の上司を見つめる。
(やはりこの方は、賢者様だ。私とは、見えているものの、次元が違う。ズリ様ならば、或いは、恐ろしいかの王と、渡り合えるのではないだろうか?)
彼女は、深く、深く、その場に、膝をついた。
「――御意に。このミスラ、ズリ様を必ずかの王の元まで、ご案内致します」
こうして、獣人たちの国は、その最も賢い「頭脳」と、最も優れた「目」を、静かに、そして、密かに、あの、恐るべき人間の王の元へと、送り出すことを決意した。
獣人の命運を握る、初めての賭けは、こうして始まった。




