◆スサノオ編 ~蛇は戦慄し、賢者は絶望する~
ツクヨミの国(元ドワーフの国)、その王城、謁見の間。
天井の梁の影に潜む、小さな蛇の瞳が、信じられないものを見るかのように、大きく見開かれていた。
何マイルも離れた、暗い岩窟の潜伏拠点。
目を閉じ、意識を眷属とリンクさせていた諜報部隊長ミスラの身体が、ビクッ!と、大きく跳ねた。
彼女の喉から、くぐもった、悲鳴のような息が漏れる。
(…間違いない。あの人間の王は、私に聞こえるように、わざと…!)
あの王は、最初から、この場所に、私の蛇がいることを、完璧に把握していた。
その上で、あえて賢者リーフとの茶番を見せつけ、そして最後に、この私にだけ分かるように、警告を発してみせたのだ。
「お前の存在など、お見通しだ」と。
恐怖。
それは、屈強な戦士と対峙する時のような、原始的な恐怖とは全く違う。
全てを見透かし、全ての手の内を読まれ、盤上の駒のように弄ばれる、底なしの恐怖だった。
(報告しなければ。一刻も早く、ズリ様に。エルフとドワーフの同盟など、もはや些事だ。我々は、とんでもない怪物を、敵に回そうとしている…!)
ミスラは、半ば恐慌状態に陥りながらも、その強い精神力で、かろうじて平静を取り戻す。
彼女は、震える手で羊皮紙を掴み、これまでのどんな報告よりもより丁寧に、自らの恐怖が伝わるように、美しい文字で、新たな凶報を綴り始めた。
その報告書が、賢者ズリの元に届けられたのは、翌日のことだった。
彼は、ミスラからの、美しくあり触れるだけで切れそうな文字で書かれたその報告を一読し、そして、静かに、その場に崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえた。
(…終わった)
彼の頭脳が、初めて、思考を放棄した。
「一夜にして、民も国も作り変える、神のごとき力」
それだけでも、常軌を逸していた。
だが、今、その神が、**「全知」**に近い能力まで持っていることが、判明してしまった。
こちらの諜報活動は、筒抜けだった。
おそらく、エルフたちの偽装工作も、全て見抜かれているだろう。
全ての手の内を読んだ上で、あの王は、あえて泳がせている。掌の上で、我々が必死にもがく様を、楽しんでいるのだ。
(戦争など、できるはずがない。スサノオ様も、ライ陛下も、まだこの怪物の、本当の恐ろしさを知らない。どうすればいい。どうすれば、この国を、この破滅の道から救える…?)
賢者ズリは、その報告書を、強く、強く握りしめた。
彼の顔からは、血の気が失せ、これまで彼を支えてきた、全ての自信と、全ての希望が、音を立てて崩れ去っていく。
獣人たちの国に、真の「絶望」が訪れる。




