◆アマテラス編 ~賢者の策、リーダーの覚悟~
エルフの国の、神木の中にある議会場。
そこには、カイとソラ、そして、かつて使節団の派遣に慎重論を唱えた長老、ロランをはじめとする、数名の重鎮が集まっていた。
テーブルの中央には、賢者リーフから届けられた、緊迫した内容の報告書が広げられている。
部屋の空気は、重く、張り詰めていた。
「…信じられないわ。王も、民も、一夜にして『人間』に…。まるで、悪夢のような話ね」
「ああ。だが、リーフが嘘を言うはずがない。そして、獣人族の斥候まで動いているとなると、これは我々にとって、もはや対岸の火事ではない」
カイは、決意を固めた目で、重鎮たちを見渡した。
「私は、この新しい『人間の王』と、接触すべきだと考えている。リーフたちを、危険な地に放置しておくわけにはいかない」
その言葉に、ロランが静かに首を横に振った。
「カイ殿、あなたの勇気と、同胞を思う気持ちは、賞賛に値する。だが、あまりにも危険だ。我々は、あなたを失う訳にはいかない。」
「ロラン殿、危険は承知の上です。だからこそ、私が直接出向き、誠意をもって話をしなくては…」
「その**『誠意』**が、通じる相手だと、なぜ言えるのですかな?」
ロランの鋭い言葉が、カイの言葉を遮った。
「いいですか。リーフの報告が本当なら、一夜にして、一つの種族を、その文化ごと地上から消し去る。そのような、神々のごとき力を持つ相手です。我々と同じ常識や、倫理観を持っていると、どうして断言できましょう? 我々の『誠意』は、彼らにとっては、赤子の無邪気な戯言にしか聞こえんかもしれんのですぞ」
議会場は、静まり返る。ロランの指摘は、あまりにも的確で、誰も反論ができなかった。
「まずは、探るべきです。この新しい王が、対話の通じる相手なのか、それとも、力だけを信奉する暴君なのか。その正体を見極めるまで、こちらの手の内を明かすべきではない」
「…では、どうしろと言うの?ロラン。このまま、リーフたちを見殺しにしろとでも…?」
ロランは、ソラの怒りの色を混じえた視線を、穏やかに受け止める。
「もちろん、そうではありませぬよ、ソラ殿。彼らを守るため、そして、我ら自身を守るために、慎重に策を進める必要があると申しているのです」
彼は、地図の上、ツクヨミの国(元ドワーフの国)を指差した。
「まず、リーフには、そのまま『故郷を追われた者』として、エルフ本国との関わりを絶ったことにさせるのです。つまり、エルフ本国の情報が漏れないようにするのです。そして、我らもまた、別の使節団を送るのです」
「…別の、だと?」
「はい。エルフの国の公式な使者としてではなく、例えば、『遠い森から来た、ただの旅の一行』として、彼らの国を訪れるのです。そうすれば、相手に警戒されることなく、その国の内情と、王の人となりを、我々の目で見極めることができる有効な手段となるだろう」
それは、あまりにも狡猾で、エルフらしくない、謀略に満ちた策だった。
カイとソラは、その提案に、すぐには言葉を返すことができなかった。自分たちの信じる、誠実な道とは、あまりにもかけ離れている。
だが、ロランの言う通り、相手は、常識の通じない可能性もある、得体の知れない存在だ。
リーフたち同胞の命が、危険に晒されているのも、また事実。
重い沈黙の後、カイは、苦渋に満ちた表情で、ゆっくりと口を開いた。
「…分かった、ロラン。あなたの策を、採用しよう」
「カイ…!」
「君の言う通りだ。我々の誠意が、通じない相手とは限らない。民を、そしてリーフたちを守るために…私は、この策を取ろう」
それは、若きリーダーが、理想だけでは国を守れないという、為政者としての厳しい現実に、初めて直面した瞬間だった。
カイは、ロランに向き直り、そして、はっきりと告げた。
「だが、使節団というその危険な任務、その『旅の一行』は、この私が率いていく。民に嘘をつかせるのなら、その全ての責任は、長である私が負うべきだ」
「…待って、カイ。それなら」
ソラが何かを言いかける前に、カイは、その言葉を遮るように、しかし優しく、彼女の肩に手を置いた。
「私も、行くわ。あなた一人に、そんな役目を背負わせたりしない」
二人は、黙って、強く頷き合った。
ロランは、そんな二人の覚悟を、ただ静かに、そして、その深い瞳の奥で、わずかな誇りの色を浮かべて、見つめているのだった。




