◆ツクヨミ編~そして新たな隣人~
内政の安定、そして神の呼び声
俺と「地下攻略組」の奮闘、そしてゴーレムたちの絶大な働きにより、王国の内政は目覚ましい速度で安定へと向かっていた。
荒れ果てていた農地は耕され、城壁は修復され、武具や農具も着実に増えていく。
住民たちの顔には活気が戻り始め、城下町にも少しずつ賑わいが生まれつつあった。
食料問題も、ゴーレム二号の指揮のもと、畜産と農業の効率化が進み、なんとか危機を脱することができた。
「陛下、本日の食料備蓄量、昨日より三割増でございます!」
「陛下、新たに開墾した農地にて、初の収穫が行われました!」
家臣たちの報告は、どれも前向きなものばかりだ。彼らの眼差しには、もはや以前のような自主性のなさはなく、王の意図を汲み取り、自ら考えて行動しようとする意識が芽生えていた。特に「地下攻略組」の成長は著しく、地上組の指導にも熱心に当たっている。
「うむ、ご苦労」
俺は、満足げに頷いた。ドワーフ王の悪趣味な試練を乗り越え、この国を立て直していく日々は、決して楽ではなかった。だが、確実に手応えを感じていた。
その日の夜。
俺が日中の政務を終え、ようやく一息つこうと執務室の椅子に深く腰掛けたその時だった。
『ゴーレムは無事に見つけられたようじゃな』
突如として、執務室の空中に、見慣れた無機質な文字が浮かび上がった。俺の額に、ピキリと青筋が浮かぶ。
「…なんだ、ツクヨミか。何の用だ。せっかく調子に乗ってきたところだぞ」
『ほう? 随分と偉そうな口をきくようになったのう。だがまあ、よい。そちも少々頑張っておるようじゃからの』
俺の心中で、チクチクと不満が募る。頑張ったのは「少々」どころではない。地獄のダンジョン攻略に、荒廃した国の立て直し。寝る間も惜しんで働いてきたのだ。
『で、であるからして、そちの進捗を確認してやろうと思っての。まずはゴーレムの件からじゃ』
ツクヨミの文字に、俺は深くため息をついた。案の定、まともな要件ではない。しかし、ここまでの苦労を報告し、少しは労いの言葉でも引き出してやろうと、俺は口を開いた。
「ああ、ゴーレムの件か。あれはな、とんでもない苦労だったんだぞ。あのドワーフ王の悪趣味な仕掛けの数々を、俺は…」
俺は、びっくり箱から始まり、パンチ、酢のお茶、金のタライ、落とし穴、そしてあの羞恥の合言葉まで、地下での死闘の全てを語って聞かせた。家臣たちが横で頷き、時には苦笑いを浮かべながら、俺の言葉を補足する。語り終えた時には、俺も家臣たちも、どっと疲労感が押し寄せてきた。
「…とまあ、そういうわけでな。俺はあの地獄を乗り越え、全てのゴーレムをこの国の戦力として手に入れたんだ。どうだ、褒めてくれてもいいんじゃないか?」
俺は、ツクヨミの文字が浮かぶ空間を見上げた。きっと、労いの言葉の一つや二つは出てくるだろう。
『ゴーレムを全部見つけたか。やはり我のおかげじゃの、感謝することを赦すぞ、人間』
空中に浮かんだ文字は、俺の期待を粉々に砕く、予想外の、そして予想通りの傲慢さに満ちていた。
「…は?」
俺は、思わず間抜けな声を上げた。散々、苦労話を語り、羞恥を乗り越えた顛末を詳細に報告したというのに、返ってきたのは、自分の手柄を主張する言葉。
(こいつ…! この俺の苦労を、全部自分の手柄にだと!? ふざけるにも程があるだろうが!)
俺の頭に、カッと血が上る。
「おい、コラァ! なんでお前の手柄になるんだよ! 俺が必死で命懸けで頑張ったんだぞ! お前は適当にガチャで選んだ挙句、飽きたからって放置したんだろ! 俺は、お前が投げ出したゲームを必死でやってんだよ!」
『ふむ。だが、そちはゴーレムを見つけるために召喚されたのじゃ。見つけて当然であろう? 何をそんなに騒いでおるのじゃ。そもそも、そちを召喚したのがわれであるからこそ、そちがゴーレムを見つけられたのじゃろう。なにより、この「神々のゲーム」を始めたのがわれであるからな』
ツクヨミの文字は、どこまでも冷淡で、論理を振りかざし、俺の苦労などまるで存在しなかったかのように、あるいは瑣末なことだとでも言うかのように扱っていた。
(こいつ…! ホントに神かよ! 人間の感情ってものが、全く理解できてねえのか!?)
俺は、あまりの傲慢さと興味のなさに、呆れを通り越して、もはや言葉を失いそうになった。
「…もういい。お前の話はもう結構だ。どうせ俺がどれだけ頑張っても、お前には『へー』で終わりなんだろうが」
『ほう? 理解が早くて助かるのう。では、次の報告に移るか。内政の進捗はどうじゃ? まあ、そちのことじゃから、碌なことになっておらぬであろうが、一応聞いてやろう』
ツクヨミの文字は、俺の言葉を完璧に無視し、さらに煽るような言葉を紡いだ。俺は、もう反論する気力も失せ、ただ深々とため息をつくしかなかった。
「…内政は、順調だ。食料も安定してきたし、城の修復も進んでいる。ゴーレムと家臣団の働きでな」
俺は、淡々と報告を続けた。ツクヨミは、時折『ふむ』『そうか』と相槌を打つが、その文字からは何の感情も読み取れない。全ての報告を終えると、ツクヨミは唐突に、そして俺の予想を裏切らない適当さで締めくくった。
『うむ、まあ、よかろう。では、また何かあったら呼ぶゆえ、精々励むがよい。ではな』
そう言い残し、ツクヨミの文字は掻き消えた。
「…ったく、何なんだあいつは」
俺は、誰もいない執務室で独りごちた。しかし、ツクヨミとのやり取りで消耗した精神とは裏腹に、俺の頭の中では、次の段階への思考が始まっていた。
内政は順調だ。食料も安定し、城も整備されつつある。だが、この国は、この城だけではない。城下町、そしてその外に広がる領地もまた、王国の領域だ。
(…そういえば、最初にあいつがこの国の状況を説明した時、何か言っていたような…)
俺は、ツクヨミが召喚時に適当に垂れ流した、膨大な情報の中から、かすかな記憶の断片を辿った。
『この国には、お主と同じ人間が主となっておるがのう、森の奥には、しぶとくエルフが2000ほど住み着いておるようじゃな。奴らは人間と深く関わりたがらぬから、放っておいても問題なかろう。眷属の調査ではそのように報告されておったな』
(…エルフが、2000人…)
あの時、ツクヨミは「放っておいても問題ない」と言っていた。だが、内政が安定してきた今、その言葉が妙に引っかかった。本当に放っておいていいのか? 領内に他の種族が住んでいるのに、王として何もしなくていいのか?
(ドワーフ王の件で分かった。あいつらの「問題ない」は、大抵「俺にとって大問題」だ)
俺は、執務室の窓から、遠くに見える深い森の影を見つめた。内政の次は、外交だ。いや、まずは領内の他種族との関係構築か。ツクヨミに気取られないよう、そして、あいつらの適当な言葉の裏をかくように、俺は次の手を打つ必要があった。




