◆ツクヨミ編~悪意か善意か~
家臣たちに穴から引きずり出され、俺は泥と埃にまみれていた。
「もうだめだ…帰る…。こんなダンジョン、くれてやる…」
「陛下、お気を確かに!ゴールは目前ですぞ!」
「そうだそうだ、次の合言葉も聞かねば!」
家臣たちの励ましが、今はただうるさい。
だが、王としての責任が、かろうじて俺の足を前に進ませる。
ゴーレム一号が開けた通路の先には、観音開きの立派な扉があった。
「…ゴーレム、開けろ」
俺の命令に、ゴーレムが重い扉を静かに押し開く。
その先にあったのは、温かい光に満ちた、居心地の良さそうな部屋だった。
ふかふかの絨毯、柔らかなソファ、そしてテーブルの上には湯気の立つシチューと焼きたてのパン、綺麗な水差しまである。
そして、テーブルの中央には、見慣れた立て札。
『立て続けの災難、ご苦労だったね。
ここは本当に何もない、ただの休憩室だ。
心ゆくまで休んでくれたまえ。
ま、信じるか信じないかは、キミ次第だけどね(笑)
By ドワーフ王』
「…誰が信じるか!」
俺は叫んだ。
このメッセージこそが罠だ!ドワーフ王が、なんの仕掛けもなしに、ただ優しさだけを提供してくるはずがない!
「いいか、貴様ら!絶対に気を抜くな!全てが罠だと思え!」
俺は家臣たちに厳命する。
「そのソファ!座った瞬間にスプリングで天井に打ち付けられるぞ!」
「そのシチュー!きっと最後の一口が激辛だ!俺が酢でやられたようにな!」
「そのパン!一つだけ石鹸で出来ているに違いない!」
「その水!実はただの油で、火をつけたら大爆発だ!」
俺が次々と罠の可能性を指摘している間、腹を空かせた家臣の一人が、おずおずとパンに手を伸ばした。
「陛下、試しに一つ…」
「待て、よこせ!」
俺はパンをひったくり、匂いを嗅ぎ、叩き、徹底的に調べる。
…異常はない。
俺はパンを半分にちぎり、家臣に渡した。
「よし、食え。毒見だ」
「は、はい!」
家臣は恐る恐るパンを口にしたが、次の瞬間、その顔は喜びに輝いた。
「うまいです!陛下!焼きたてです!」
それを皮切りに、家臣たちは次々とテーブルの食事に群がっていく。
シチューを食べ、ソファに座り、水を飲む。
だが、何も起こらない。ただ、心からの「うまい!」という声と、満足のため息が部屋に満ちていくだけだ。
そんな中、俺だけが部屋の中央に仁王立ちし、腕を組んで壁のシミ一つに至るまで、あらゆるものを警戒し続けていた。
家臣たちは食事と休息で体力を回復しているというのに、俺だけが精神をすり減らしていく。
…そうだ、分かったぞ。
この部屋の罠は、「何もないこと」そのものだ。
俺の疑心暗鬼を利用し、俺だけをリラックスさせない!これこそが、ドワーフ王の仕掛けた、最もたちの悪い心理トラップなのだ!
俺が一人、内なる敵と戦っていると、家臣の一人が満面の笑みでシチューの皿を差し出してきた。
「陛下もいかがです?本当に美味しいですよ!」
その善意に満ちた笑顔すら、今の俺には悪魔の囁きに聞こえた。
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