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まだ祖母が生きている頃。

私の心と頭は正常に運転していたのだろう。


祖母は、私の少しお転婆なところも、思い込んだら一直線で猪突猛進なところも、人の好意に無頓着なところも、可愛い可愛いと育ててくれた。「可愛いけれど、少し落ち着いて周囲を見なさいね?」と時々諌めながら。


母は昔から王様が迎えにきてくれた時はどうするか、や、可愛いと褒められたらどう答えるか、や、魔法使いが助けに来てくれるはず、など。

勝手に想像して勝手に照れる。くるくると表情も感情も変わり、忙しい人だった。


そんな母の言葉には整合性がない。

外に出ずに家の中にだけいて、王様がどうやって母を見染めるというのか。


私をクズだのグズだの出来損ないだの、気味の悪いスキルなうえ誰の役にも立たないスキル持ちだ、と見下すけれど、生えたスキルを使って金を稼いでこいという。

スキルに対して給料が少ないとも言われた。


なんだか辻褄が合わないのだ。


魔法使いが助け出しにきてくれるとか、いつか素敵なドレスを着るのだ、迎えにきてくれるまでちゃんと待つだとか、夢みがちだし、考え方にストーリーがない(いや、ある意味あるのだが。)のを感じていたし、おかしいなと思えていたのだから。


それに…


皇后様がご病気で崩御された時の第一声が


「やはりね!私が王様の運命の相手なのよ!」


というのもいただけない。と思っていた。


母の口ぶりからすると、皇后様が亡くなったのは、母が王様と結ばれるはずが間違った結婚をしたからであり、その間違いを正すために皇后様が亡くなったのだと。そう言っていた。

それが私には理解ができなかった。

理解したくないからか、とても気持ち悪くなったのだ。


それではまるで、人の死を母が望んだようなものではないか。と。吐き気がしたのだ。



ある時から母の言動が、輪をかけておかしくなった。


それまではふわふわお花畑にいるような現実味のない話を繰り返ししているだけだったが、発言は凶暴性を含むようになり、手や足が出る暴行が加わるようになったのだ。

疑問に思ったことを尋ねると、答えを得られないどころか、奇想天外な言葉で質問は返され、そう思う事や尋ねること自体を否定され続けた。


そこから徐々に私は心を閉ざすようになった。

疑問に思う事もなく、言われたことを実行するだけ受け入れるだけ。

自分の感情に無頓着になっていった。


きっかけは何だったか。

私のスキルのようでもあるし、祖母の死か皇后様の死だったのかもしれない。

もともとの性格もあったのだろう。


今はもう何が原因だったか思い至らないのに、どんな事が起きても全て自分のせいだと思えてくるのだ。


母に自尊心を壊されたからなのだ。

そう思えるようになって、徐々に気持ちが前向きになってきたのは、学校へ行って最先端の心療科の話を聞いたからだった。


せっかく上向いた自分の心を壊した母に会いに行こうだなんて、バカげた行為だったのだろうか。

大丈夫だなんて傲慢で浅慮であった。


そんなことを御者台で風に吹かれながら考えていた。



---


私は馬車に乗せてもらうべく、潜んでいた暗闇から怪しまれないように足音をたてながら登場し、老齢二人組に話しかけた。


王都まで連れて行ってもらいたいと伝えると、「良いわよ。」と二つ返事でオッケーをもらうことができた。


お爺さんの方は、子供がなぜ一人で居るのかと少し怪しんだようだったので、たどたどしくはあったが、祖父と父は商談で国外に行ったまま帰らぬ人となり、今はスキルを使って宮廷で働いている事、少しでも早く戻りたいのだと伝えた。「あら、それは大変!」と言ったお婆さんは、どうやってでも送り届けなければと使命感を抱いたようだった。


声をかけたのがすっかり日が暮れた頃だったので、国境から少し先にある馬車を止めて馬の世話が出来る場所へ向かう。

札を持つ商人なら無料で人数分の部屋も貸してもらえるのだ。

話しかけたお二人は札持ちの商人さんだったので、


「ちょうど良いから一緒に泊まりましょうよ!明日出発するのにも一緒に宿泊した方が都合が良いし。」


と言われて、二人に誘われるがまま無料の部屋を一部屋貸してもらい、たっぷり睡眠を取った。

砦では護衛だなんだと扉の前にたくさんの騎士さんたちが交代で番をしてくれるので気が休まらない。

なのでお婆さんのお誘いは非常に有り難かった。


夜明け前の出発時、御者台に乗った事がない。馬車も人生で二度目の乗車なのだと会話の中で伝わると、どうぞどうぞと御者台に座らせてもらえた。


馬が走って馬車を引いてくれて、風を感じて風が髪を揺らして、気持ちが良くなった。

さらにワクワク顔のお婆さんを見ていると、何だか自分も楽しくなって、自分の気持ちが浮上したのを感じた。

こんなにワクワクしたのは、祖母が亡くなってから、冒険しようと思った十日ほど前を含めて人生三度目だ。多分。


一度目は学校に初めて通った日。

勉強できるなんて思っていなかったので、当日のワクワク感と言ったらなかった。


御者台を満喫し、馬を休ませるために休憩を取ることになった時、そこに見覚えのあることに気がついた。

数日前、バーネットさんたちと休憩を取った場所から近い場所だったのだ。

あの場所はいい感じの切り株があって座る事ができ、景色も良かったからと二人をそこに誘う。


「まぁまぁ!!こんなに素敵な場所があったなんて!知らなかったわぁ!教えてくれてありがとうねぇ。」


とお婆さんにめちゃくちゃ喜んでもらえた。もしかしたらバーネットさんたちの隠れた内緒の場所だったのかもしれないと、後から思ったが、多分バッティングする事はないだろうから許してくださいと心の中で謝っておいた。

そんなお婆さんを眩しい人を見るようにお爺さんが見つめているのを見て、ほっこりした気持ちになる。愛されているのが、愛しているのがその眼差し一つで解るからだろう。


途中お爺さんが街道の方を気にしていたので、どうしたのか尋ねると、早馬が通って行ったようだねぇ。と穏やかに教えてくれた。


「早馬ですか。なにかあったのでしょうか?」


早馬と言えば緊急の連絡をするためのお使いをする人が、馬をめちゃくちゃ飛ばしていくことだと勉強した。


何事もないといいですねぇ。そうだねぇ。とリアーナとお爺さんがは話した。


そんな事が数回あった。

お爺さんが何かに気がついて、教えてもらえるという事が。


何度も早馬や単騎の騎士が行き交ってるいるようなので、国境で何かがあったのだろうか。

国境と言えば、他国からの侵入?でもホーネスト王国が友好関係を破棄して攻め込んでくるなんて、一番あり得ないし、そんな事聞いた事がない。


「誰かを探しておるのかねぇ。」

「あの感じだと高貴な方なのかもしれない。」

「まぁ!それは大変ですね。早く見つかりますように。」


そしてなんであれ怪我人が出ませんようにと祈った。


馬がすっかり元気になると再度王都へ向けて出発する。

話をしていると、お二人はどうやら久々にこの王国に入国したらしく、道が曖昧なのだと言う。

どこに行くのかと尋ねれば、王都の町にあるカフェで娘さんが働いており、今回結婚したというので、とりあえずそちらへ行ってお祝いの品を渡してから、王都見学をしつつ仕入れをするのだと教えてもらった。


「まぁ!おめでたいです!おめでとうございます!」


リアーナの周辺で、母をはじめ母の友人だと言う人たちの話を聞く限り、結婚して幸せそうな人はあまり居なかったのだが、今回の冒険を通してそうでもないと認識を改めた。

それにこのお二人のお子さんなら、それだけで幸せだろうな。と思えた。


「それにしても、カフェ、ですか。私が知っていたら良かったのですが、知ってるカフェは一軒しかなくて…まさかそこが目的地だなんて奇跡は起きないでしょうし。」


と話すと、そりゃそうだ!王都は広い。何十軒もカフェがあるだろうからね!とお爺さんが笑ってくれた。





しかし、そんな奇跡が起きてしまった。


まず、店の名前を私が辛うじて覚えていた。

お婆さんの方がうろ覚えなくらいで手紙を再確認するほどだった。


似た名前のカフェなんて、王都はかなり広いから多分ありますよね?と二人で笑った。



次に、娘さんから来たという手紙の内容から、そのカフェはオープン当初から朝食を提供していること。ワンプレートで提供していることを知った。


似たようなカフェで先日朝ごはんを食べたんですよ。カフェも外で朝ごはんも初めての経験で嬉しかったんです。なんて二人に話して聞いてもらった。


二人はニコニコ微笑みながら話を聞いてくれた。

ほっこりした気持ちがまた心を潤してくれた。



最後に、そのカフェには毎朝宮廷役員さんのお爺さんが食べにきてくれて、チーズ入りの豆料理が好物なので、笑顔が見たくてついついそれをよそってしまうのだと書いてあったのよ。と話して聞かせてくれたのだ。


どうも覚えのある内容だ。


極め付けは、そのお爺さんは宮廷からその方専用の場所が迎えにくるから、きっと偉い人なのね。と同僚と話しているの。と手紙が終わっていたのだ。


覚えしかない内容だ。


これで私の知ってるカフェでなく、鑑定士さんの話じゃないとするならば、それこそ奇跡なんじゃなかろうか。



知っているカフェなら道がわかる。行きは歩きだったので歩きやすい道を選んできたが、馬車で行くなら近道を知っている。多少道がガタつくが、お二人のこの手入れの行き届いた馬車なら問題なく進めるだろう。


そうして、予定よりも半日近く短縮してカフェに到着する事ができた。


「ありがとうねぇ。リアーナちゃん!リアーナちゃんのおかげで道にも迷わず、休憩に良い場所も教えてもらえて、ご飯も美味しくて安価な食べ方を教えてもらえていいこと尽くめだったわぁ!」

「ありがとうねぇ。」


口数の少ないお爺さんからも感謝され、照れ臭くなった。


「いえいえ。ここまで安全に乗せていただけて、私こそ感謝しかありません!ありがとうございました!」


ぺこりと下げた頭を戻すと、お二人から優しい目で眺められていた。その眼差しがとても慈愛に満ちていて、泣きたくなった。


「リアーナちゃん、本当にありがとう!父さんたち数年に一度しか来ないから、毎回道に迷うのよ。今回リアーナちゃんの案内が的確でスムーズに来られたって、もうずっと言ってるの。本当にありがとうね!またいつでも食べにきてね!ご馳走様させてもらうから!ほら、ハーディからもお礼を言って?」


「いやぁ、リアーナちゃん、どうもありがとう!自分は職場が遠くてほとんどここには居ないんだけど、今配置換えを申請してて来月後半にはこっち勤務になるはずなんだよ。そしたらまたお礼をさせてくれ。義理の両親が随分とお世話になったようだからね?」


と、四人は身内でも知り合いでもない私に優しく接してくれて、心を温めてくれた。

傷だらけだった心も、お二人と過ごして行く中で表面だけだが癒されていくのを確かに感じていた。


本当にありがとうございました。

別れた四人の背中に頭を下げる。


そう言えばいつのまにか人と視線を合わせられるようになっていることに、リアーナは気がつき驚いていた。



---



二人と別れて宮廷までの一本道、人が多く歩く時間なのか混雑していた。自分が宮廷に行く時間は人と会わないように早朝出勤だったので、普段はこれほど多くの人がいるのね。と感心する。


が、これでは宮廷に着くまでに時間がかかり過ぎてしまう。


「仕方がない。少し遠回りだけど。」


と、混雑する道から横道に入る。

店と店の細い道なので、使うのは店の人や裏手の家に住んでいる人くらいだろう。

すんなり別の道に出られた。


「やはりこちらの道は旧道だからあまり人が使ってないのね。」


旧道は道が悪く、馬車も人も新道ができた今はあまり使われていないため、ますます荒れている。

バーネットに調整してもらった靴は案外履き心地が良く荒れた道でも滑る事なく歩く事ができた。


「バーネットさんたち!本当にありがとうございます!めちゃくちゃありがたいです!」


さすが、隣国の元王宮御用達サロン職人さん!


リアーナは元護衛に聞いた情報をしっかりインプットしていた。


またどこかでお会いできたら、今度は是非ともオリビアたちみんなに服を作ってもらいたいわ。このいただいた服も着心地抜群だし、デザインも可愛らしいし!

でも王宮御用達という肩書きがあるってことは、高級…なのよね?

今回のお礼もしっかりしたいし。そのためにはどうやってでも学校に戻してもらえるようにお願いしなくちゃ!


ごちゃごちゃと考えすぎていた自分はなりを潜め、ウキウキしていた。


曲がりくねった旧道を休み休みではあるが、腕をブンブン振って自然と溢れてしまう笑顔のままリアーナは歩く。


途中リスやウサギが併走してきてさらに笑みが深まる。


こんな可愛らしい動物がいるのだと図鑑で知ってはいたが、生で見るのは初めてだった。


モフモフしてる。触ってみたいわ。


そんな風に思う自分も初めてだった。


私は本当に母に執着していたのね。

愛してほしいと縋り付いて、母の言うようにしていたら愛されるのだと勘違いして。


親子の関係が破綻していたのだろう。

いろんなことに気が付けた、良い冒険だった。


母以外の人とも話してみたいと思えるようになった。母は私との会話を拒否し続けた。それは私が悪いのだと思ってきたけれど、この冒険でそうではないのだと解った。

人数はそれほど多かったわけではないが、出会った人たちは、きちんと向き合って話をしてくれた。

話はきちんとキャッチボールになっていた。


この冒険で出会った人と心を向き合わせて会話をしたことで、自分のスキルのレベルが上がったのだろう。


学校の友人関係に“嘘“は無かったが、“真実“もなかった。


なんとなく感じていた違和感は正しかったのだ。


あの方たちはリカードの友人なのであって、私には気を遣って仲良くしてくださっているだけだったのだと、スキルが明確に教えてくれた。


知れて良かった。納得できた。


リカード様は高位貴族なのだ。その方が連れてきた見たこともない人を悪様に扱うことは出来なかったのだろう。


自分も周囲の人と同じ立場であれば、同じようなお付き合いの仕方をしたかもしれない。

誰も悪くない。


しかし、友達ができたと手放しで喜んでしまった自分が少し恥ずかしくなった。


学校に再び通えるようになったら、生徒会のお手伝いは辞そう。もうリカード様は卒業したし問題ないだろう。


生徒会のお手伝いで使っていた時間は勉強にあてたら飛び級ができるだろう。

しかし、王妃教育は終わらせられなかったのは少し勿体無かったかもしれない。終わらせられていたら宮廷に就職する時に有利になると聞いて始めたからだ。


「でも、良い冒険が出来たし、いっか。よく考えれば、どうせこのスキルを使った仕事にしか就けないのだし。」


私に生えたスキルは有用なスキルらしいし、他のスキルは持ち合わせていないので、宮廷に就職するとしたら、今までと同じ部署で同じ仕事をするに決まっている。学校を卒業したら、基本給が上がると王妃教育で教えてもらったし、前のように実家から通えば良い。


母のあの様子からすると、もう家には帰ってこられないだろう。

そういえば母の入院費はどうなっているのだろう。唯一の家族である自分が成人するまで免除されるのか、成人してから今までの分を支払うことになるのか。


これは確認しなければならない。

どちらにしても成人したら支払い義務は生じるだろう。そのつもりで人生設計をする必要がある。


先日会いに行った病院はとても綺麗で設備も整っていた…気がする。あまりよく覚えていないが、医師にかかるということ自体、高価なはずである。


それなら掛け持ちで働けばいい。

一年半前まで出来ていたのだから出来ないことはないはずだ。

また女将さんのところで働かせてもらえないだろうか。


そう思ったら、確認したくなってしまった。

今歩いている場所から宮廷へ行くよりは食堂へ行く方が近い。なら早速聞くだけ聞いてみよう!善は急げである。

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