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嬉しそうに初めて私を見つけた日のことを話してくださるリカード様に、笑顔を貼り付け続ける。


話し終えてスッキリしたのか、リカード様は仕事に戻るね?と言い残して嬉しそうに部屋を出ていった。


「リアーナ様、今日はお疲れになられましたよね?早い時間ですがお湯を準備いたしましたので、湯浴みを済ませてしまいましょう。」


出来る女オリビアは、私を促してお風呂場へ連れて行く。

もう慣れたもので、体も髪もオリビアに洗ってもらい、花の浮いた湯船に浸かる。


初めて入った湯船にも同じ赤いバラが浮いていた。この花の選択はリカードだと最近知った。


王妃教育を進めていく中で、花言葉というものがあると学んだ。


「赤いバラは“あなたを愛する“だっけ。」


浮いているバラを人差し指でそっと遠ざける。


「あなたのその愛は、私の珍しいスキルを手放したくないと言うだけ…。」


心に浮かんでしまった悲しい想像は、ここで幸せに過ごしてしまったリアーナの心に黒いシミを落とす。

誰もそんなことを言っていない。

誰もそんな顔をしていない。


人の嘘を見破れる常時発動型のスキルと言うのは、思いの外コントロールが難しい。


人の愛情を少し信じられるようになっては来たが、人の心が判ってしまうことが怖いことなのだと、信じられるようになったからこそ知ってしまった。

知りたくない。でも知らされてしまう。


先程リカードとの会話で、

嘘が見抜けるスキルが生えたのだと母親に話した時、化け物を見るような目で見られたのを…

思い出してしまった。


そこからはもう、ダメだった。



今にして思えば、自分の心の中全てが見透かされてしまうのだと、母は思ったに違いない。

私のスキルにそれほど強力な力は備わってはいない。しかし、当時の私は詳しいことはまだ知らなかったし、子供が故のちょっとした勘違いもあったのだ。


「人の嘘がわかるんだって!みんなの事丸見えになっちゃうのかなぁ?」


無邪気に言ったこのセリフで、母は心を壊してしまったのかもしれない。


「それじゃあ、母があんなになったのは、私のせいじゃない…。自業自得…。」


リアーナはそっと涙を流す。

こんな自分が、こんな良い暮らしをさせてもらうなんて、“身の程知らず“もいいところだわ。


どんどん進む王妃教育は、ようやく笑顔を取り戻し始めたリアーナから、それを取り上げる。


“偽物の笑顔“という仮面は、リアーナの心を再び閉じ込め始めていたのだ。



---


「お食事の準備が出来ました…。リアーナ様?お疲れでしたら、お食事はお部屋にお待ちいたしましょうか?」


部屋に入ってきたオリビアが、眉間に皺を寄せる。


「大丈夫よ?さ、みんなを待たせてはいけないわ。行きましょう。」


オリビアは敏感な方で、リアーナの気持ちを汲み取ってしまう。しかし、それを肯定してしまえば、淑女教育をしてくれている女教師に叱られてしまうかもしれない。

グッと奥歯を噛み締めて、笑顔を貼り付ける。

何もないのよ。大丈夫よ。といつもの顔。


宮廷に部屋を準備されてからというもの、食事はリカードと青年の三人で取るようになっていた。

青年は仕事が忙しいらしく、いない日も多いが、母親を亡くしているリカードが寂しくないようにと、出来る限り一緒に過ごすようにしているようだった。


食堂に入ると、二人はまだ来ていなかった。

椅子に座って待っているが、二人はやってこない。

しばらくして、リカードの侍従がやってきて、仕事が立て込んでいるので、今日の夕食には参加出来ない、先に食べていて欲しいと報告に来た。


今日は疲れていたので、ちょうど良い。


「解ったわ。教えてくれてありがとう。」


侍従は頭を下げて食堂を後にした。


「では、お食事お持ちしますね。」


配膳係が食事を並べてくれるが、食欲が湧かない。暖かな料理からは湯気が立ち上がり、良い匂いがしそうなのに。香りも感じられない。


リアーナは取り分けてもらったサラダを少しだけ口にして、ごめんなさいね。食欲が無くて。と謝ってから食堂を出た。


早い退出だったので、護衛も侍女も間に合わず、一人静かな廊下を歩く。


初めてきた時、迷子になりそうだったこの長い廊下も沢山ある扉も、毎日見ていれば、その違いが分かるようになる。


「夢、か。」


そうなのかもしれない。

あの腹ペコだった日々、叩かれる日々、あっちが現実で、こっちが夢。

辛過ぎて現実逃避をするくらい、自分は弱っていたのだろう。


リアーナはどんどん心の中に沈んでいく。


あぁ、自分は何て弱いのだろう。

早く夢から醒めなくては…。

こんな居心地の良いぬるま湯みたいな場所にいて、笑って過ごしているなんて、なんて“罰当たり“なんだろう。


リアーナはフラフラと廊下を歩く。


おばあちゃん。

私がちゃんとおばあちゃんの言いつけを守らなかったから、お母さんがおかしくなっちゃった。

私がちゃんとおばあちゃんの言いつけをを守らなかったから、おばあちゃんが死んじゃった。


もしかして、おじいちゃんとお父さんが居なくなっちゃったのも、私が悪い子だったから?


目から涙が溢れて止まらない。

こんな姿を見られたら、こんな顔を誰かに見られるわけにはいかない。


『淑女たるもの、心の声を表情に表すのは良くない事ですよ。皆に気持ちを悟られぬように笑顔を貼り付けましょうね。』


王妃教育の一環である、淑女のための勉強を担当している女教師にはそう指導されている。


止まらぬ涙を誰にも見せぬよう、リアーナは廊下を歩き続けた。


---



気持ちが落ち着いた頃、自分が薄暗くて埃っぽい部屋にいることに気がついた。

見覚えがあった。


当たり前だ。

ここは学校の寮に入る前に自分が母と暮らしていた家の自室なのだから。


「まさか、ここまで歩いてきてしまうなんて…。」


歩いてきたとなれば一時間くらいだろうか。


足の踵と指が痛い。おそらく靴擦れを起こしたのだろう。最近自分で歩くことがほとんど無くなってしまった。前はこれくらいで靴擦れなんて起こさなかったのにな。


無心で歩いてきたからか、気持ちはスッキリしたように感じていた。


母に会ってから、沼地にハマったかのように、ゆっくりと気持ちが沈んだ。


あれは何だったのか。

リカードたちにはとても優しくしてもらっているし、それが嘘ではないと分かるから嬉しい。それを享受しているうちに、いつしか自分の中に隠れてしまっていた、誰かを大切にする気持ち、好きと言う気持ち、愛する気持ちがひょっこり戻ってくるようになっていたのに。


自分では気が付かなかったが、これがトラウマというものなのかもしれないな。と思う。


一年半放置されていたはずの部屋ではあるが、少し埃っぽくはあるが、思ったほど汚れてはいなかった。

腰掛けていた硬いベッドがギジリと音を鳴らす。


窓から外を見ると、すっかり日が暮れ暗くなっていた。ふと見上げると、窓枠の上の方に星が瞬いているのが目に入る。


星を見上げるなんて、一体いつぶりだろうか。

キラキラと瞬いている星をみるが、思い出せない。


硬いベッドに体を預け目を瞑る。


「心配させちゃったかな。オリビアもリカード様にも。」


話せば理解し合えると思ってきたが、それは母に対してだけだった?

話し合って理解し合いたいと思ったのは。


いや、どうだろう。

オリビアやリカードとも、話しをすることで彼らから“嘘“や“偽り“を感じたく無くて避けている。

大丈夫だと言って遠ざけているのは自分だ。

それってつまり…


「誰とでも分かり合えると思っていた…私はなんて幼く傲慢なのかしら…。」


実際まだ十四歳。

もうそろそろ十五歳になるけれど。


誰もいない家、母と二人でも持て余していた大きな家。一人でいるとより寂しく感じる。


家の部屋はどの部屋も暗い。

火種を失っていて室内を照らす事が出来ない。


火の加護を失ったこの星では、簡単に火を使う事が出来ない。

火を付けるには、『ライト』のスキル持ちの方に蝋燭かランプに点けてもらう必要がある。

このスキルを持ってしても、かなり集中しなければ火事を起こしてしまう事があるのだ。

かなり貴重なスキルなので高額な料金が請求される。


そして、やっとつけてもらった火は、消えないように大切に大切に残し、繰り返し部屋を明るくしたり、調理に使うのだ。


この家の火種は、母がいきなり入院し私は帰らないのだから既に失っている。


真っ暗な部屋の埃っぽいベッドの上で、今日は寝てしまおう。

寝て起きたら、母に愛されたいと願った自分が死んでいますようにと祈りを込めて。



---


朝焼けの光が顔にかかり、目が覚めた。


窓から差し込む光に埃がキラキラと光らせ、家具の輪郭を曖昧にさせる。


ベッドから起き上がって、シワになってしまった服を見下げると、ため息が出た。


オリビアに見つかれば大目玉だ。

見つからないはずがないので、しっかり叱られよう。


部屋から出て、キッチンへ向かってパントリーを漁るが、当然何もない。

あったとしても一年半前のものなので食べられる状態ではないだろうが、つい癖で食べ物を探してしまった。

この家にいた頃は、母に隠れて夜中にこのパントリーを漁っていた。消費期限が切れようが、多少傷んでいようが、母の食べ残しでも食べていた。そうでなければとっくに死んでいた。


そういえば、食堂で働き始めた頃、女将さんが賄いだと言って食事をご馳走してくれたが、母にバレてしこたま殴られてからは、食事では無く保存食のようなものを少しずつ持たせてくれるようになった。


「良い人だったな。もうずっと会えていないけれど、元気でいてくれてるかしら?」


折角一人で外出できたのだ。

今から帰ったところで学校へは間に合わない。それなら食堂に寄ってから帰っても良いだろう。

どうせ叱られるのだ。

少し遠回りになるのに、この靴擦れのままでは都合が悪い。リビングに置いてあるはずの治療薬を塗ろう。無ければ薄い布を噛ませれば多少楽になるだろう。


リビングに寄ってみると、すっかり様子が変わっていて驚いた。

あったはずのものがあれこれなくなっていたのだ。


そのほとんどが、祖母が買い集めたものと祖父と父の思い出の家具だった。借金返済でお金が必要でも祖母が手放さなかったそれらは、私のために取っておいたのだと聞いていた。


「そんなに私の事が嫌いなのね。」


母は私のための物たちを全て売り払ったのだろう。当時人気だった家具作家の作品なので、それはそれは高値で売れただろう。


探しものはその家具の中だったので、当然見つからない。


意気消沈し玄関へ行く。他の部屋も確認したかったが、リビングでこれなのだから、他の部屋も同じだろう。母の部屋だけは色々ありそうだが見たいとも思えなかった。これ以上がっかりしたくない。


玄関の下駄箱の扉を開くが、母の靴が数足あるだけで、当然自分の靴はなかった。

残っている靴の中で、踵が覆われていない物があったのでそちらを借りることにした。多少大きいが痛む足には楽に感じた。問題はない。


履いてきた靴を袋に入れて背負う。手に持ったまま歩くと邪魔になるだろう。



家から食堂までは毎日通った勝手知ったる道。

しかし、昔のように小走りしなくて良いのだ。

ゆっくり景色を楽しみながら歩くと、道の端っこに可愛らしい黄色の花が咲いているのに気がついた。

勉強してから知った、あれは、雑草と呼ばれる草だが、ちゃんとミヤコグサという名前があるのだ。


「確か、花言葉は“率直・自由・思いのまま“だったかしら。」


今の私を現し、そして必要な言葉だなと思うと笑えてきた。


今私は自由。一人思いのまま道を歩けている。

想像し得ない相手の気持ちを知りたく無くて、何も聞かずに目を瞑ってきてしまった。

そんな今の私に必要なのは、ありのままの自分とありのままの相手を受け入れる気持ちだ。


でも、怖い…。

母が言うように自分は出来損ないだから、みんなに好かれるなんてあるわけがないと、母の声が耳に繰り返し聞こえてくる。


こうやってこの先もずっと苦しみ続けるのか?

そんなのは嫌だ。


母は病気だと言われて、そんなはずがないと思っていた部分があった。しかし、医師に治験の話をされて、あぁ、本当に病気だったのだとホッとした自分がいた。

でも、その病気も私のせいかもしれない。


「おや?あなたは確か…。」


いろんな事を考えて歩いていると誰かが声をかけていることに気がつき振り返る。


「え?私ですか?」


「ええ。確か…そうだ。名前はリアーナさん。覚えておりませんか?この老耄を。」


人の顔を見るのは苦手だが、そう言われてしまうと確認せざるを得ない。

少しだけ顔を上げ、あとは視線でその人の顔を確認する。


「あ!スキルの確認をしてくださった方ですか?」


「そうだよ。懐かしいなぁ。元気にしていたかい?」


鑑定士さんは通りの家の前に置かれた椅子に腰掛けており、こっちにおいでと手招きしている。


知らない人ではないし、宮廷鑑定士さんなのだから問題はないはずだと考えて、誘われるがまま鑑定士さんの隣の椅子に座る。


「知っているかい?ここはカフェなんだよ。朝食を出してくれる珍しいお店でねぇ。毎日通い詰めてるんだ。」


と、穏やかに笑う。“本当に“ここで朝食を食べてから宮廷へ向かうのが日課だそうだ。

特に聞いていないのだが、ニコニコしながら話してくれるので、笑顔の仮面をつけて頷く。


お店の人らしい人が出てきて、いつもので良いか聞かれ、今日は二つお願いできるかい?と答えるのを、私は笑顔を貼り付けたまま聞いていた。


「はい!お待ちどうさま!」


どんと置かれたワンプレートの朝食は、食べ応えのありそうな量が盛り付けられている。


これを二人分…

鑑定士さんはめちゃくちゃお腹が空いているのかな?


「すごい量ですね。」


「私とリアーナさんの二人分ですからね。」


「え?」


さ、食べて食べて。お腹空いてるでしょ?ご馳走様しちゃうよ。と言われる。

確かにお腹が空いてパントリーを漁ったが、何故知られたのか。お腹は鳴らなかったはずなのに。


はっ!そう言えばこの方は鑑定士さんだった!


さ、冷めないうちに食べましょう?と促されてフォークを握る。


「鑑定はしていませんよ?」


「え?」


「鑑定せずとも、顔を見ればこれくらいわかります。」


ニコリと鑑定士さんは笑うが、王妃教育で笑顔の仮面を貼り付けるようにと教えられ、いの一番にマスターして褒められた項目なのに…。


「そ、そうですか…。」


プレートに乗っている豆料理をフォークで上手に救って口に入れて咀嚼しながら鑑定士さんは言う。


「そんなにがっかりせずとも大丈夫ですよ。気が付くのは今の私や君を大切に思ってしっかり見てくれている人くらいでしょう。私は人よりも聡いところがあるようでね。このスキルにはない能力を、私の父は怖がりましてね。」


いやはや懐かしい話ですが。とまた笑ってサラダにフォークを突き刺す。


「あ、あの、お父様は、怖がられたんですか?」


つい聞いてしまった。人に興味がわかない私にしては珍しいことだったが、失礼ではなかろうかと不安になった。


「ええ。それはそれは物凄く。元気がないなとか、痛そうだなとか、ほんのちょっとした変化を本人が隠している事を嗅ぎ取る程度だったんですがね?気味が悪かったんでしょうね。そう言った気遣いの出来ない人でしたから。」


気遣いができない人…。


あれ?


「大切な人を見ていたら、ちょっとした表情の違いなんて、わかるものでしょう?それの少し延長版というか、その程度の能力なんて怖がる必要ないでしょう?」


「はい。」


確かに。

ある程度の年齢になって、母の機微は分かるようになったし、オリビアやリカードの“嘘“を知りたく無くてじっくり見ているうちに、どうすれば叱られないのかを察するようにしていた。


「でもうちの父親はね、家族すら大切ではなかったのでしょうね。風邪を引いても苦しいと言えずに頑張る母親や、その苦しさに気がついてしまう私を、気味の悪い人間を見るようにして悪態を付くような男だったんです。」


最悪でしょ?と少し悲しそうに笑う。


「そんな人間でしたけどね?自分にとっては父親なので、大切にしていたんですよ。なんの愛情も返ってはきませんでしたけどね。」


さぁ、このお豆はチーズがかかっていて美味しいですよ。と勧められるまま一口いただく。


「ん!本当だ!とても美味しいです!」


リアーナが笑うと、鑑定士も嬉しそうにニコリと笑う。笑みは先ほどよりも深い。



この方の当時は、今の私と同じだ。


そんな父親と暮らして苦しかったに違いないのに、今とても穏やかに笑っているし、とても余裕があるように見える。


どうやってこの感情を克服したのだろう。

どうしたらこの気持ちと渡り合えるようになるのだろう。

リアーナは知りたいと思った。



「リアーナさん、スキル判定に一緒にいらした方はお元気にされていますか?」


突然話の流れが変わりリアーナは戸惑った。

内容も祖母の話になったのだ。


「あの…あの後すぐに、他界しました。」


「そうでしたか。それはお悔やみ申し上げます。」


そう言ってから鑑定士さんは食事に集中してしまった。先ほどの話に戻して良いのかダメなのか、聞かれたく無くて話を急に変えたのか。


よく分からなくなってしまい、リアーナも食事に集中することにした。


鑑定士さんに初めて会った日、祖母とコソコソと話し合っていたのは、なんの話だったのだろう。


サラダを食べながら考える。


そう言えば、スキルに関しては宮廷に対して報告義務がある。スキルの一覧に載せるためであり、後世の人が同じスキルが生えた時に少しでも指針にするためなのだが、確か保護者に対しても報告義務があったはずだ。


「あぁ、すまんかったね。スキルの鑑定士なんて長いことしてるもんだからなぁ。守秘義務があるから微妙な言い回しが癖になってるのかもしれん。」


あはは!と言葉遣いがグッと崩れた。


「仕事じゃないのに仕事言葉を使ってしまうと、仕事モードになっちゃってダメだなぁ。」


「は、はぁ…。」


突然の変化に戸惑っていると、じっと見つめられる。


「あ、あの…。」


「リアーナさん。君は昔の私と同じ経験をしたのかな?」


今度こそ鑑定のスキルを使ったのかもしれない。どれくらいの事が解るスキルなのかは知らないけれど。


「あぁ、今回はスキルを使わせてもらったよ。君がとても辛そうに見えたんだ。スキル使用の許可を貰わずに失礼したね。」


「きょ、許可とか必要なのですか?」


「父親のように嫌がる人が居るからね。鑑定士の仕事をしている事を知ると怖がる人もいるから周囲には知らせていないんだよ。それに、有用スキル持ちは、他国に狙われる事が多いんだよ。」


と、最後の方は声のボリュームを落として教えてくれる。


「君のスキルも、他国のスパイに見付かれば、攫われるだろう。気をつけるんだよ?」


私の場合はこのスキルが生えて父親にこの国に売られてきたんだよ。と驚愕の話を聞かせてくれて、腰を抜かしてしまった。


「それでもこの国では自由を手に入れられたし、この年齢になっても楽しく暮らせているよ。売られたのがこの国で良かったと思っているよ。」


「あ、あの!そんな重大な秘密を、私なんかに漏らしてしまって大丈夫なのですか!?」


父親に売られたとか、スパイとか!!


「あはは!そんな顔もできるんだねぇ。大丈夫だよ。君は信用に足る人だ。それに、私ばかりが君のスキルや過去を知っているなんて、フェアじゃないでしょう?」


そう言って、やはり穏やかな顔で笑った。



お金を一切持たずに出てきてしまった私は、朝食だと言うのにスイーツまで平らげ、鑑定士のおじいさんにご馳走して貰ってしまった。


行く先が同じなのだから、鑑定士さんを迎えにくる馬車に同乗するように言われたが、行きたい場所があるからとお話を辞退させてもらった。


少し心配そうな顔をされたが。


この辺りは治安が良く、大地も安定しているので地割れはほとんど起きた事がない。

それに、私が有用スキル持ちである事はほとんど知られていない。


そう言えば、祖母は母に知らせたくなかったようだったが、それは母から漏れるのではないかと懸念を抱いたからだとずっと想像していた。


母には友達が居たようだが、好かれては居なかったように思う。マウントを取りたがる人だったから、遠巻きにされていたけれど。

漏らすとしたら、その友達だろう。


しかし実際、何処にも漏れていない。


昨日の母を見てそうじゃなかったのだと解った。

祖母は母の刺激になりそうなものを排除したかったのだ。


母は、自分が周囲よりも優秀だと信じている人だったので、自分よりも有用なスキルを発現した私を疎ましく思ったに違いない。


恐らくだが、祖母は鑑定士さんに母の話をして、保護者の欄を自分の名前にしたのだ。

先ほど母の話は聞かれなかったのがその証拠だ。


「はぁ。」


私は母の何を見ていたのだろう。

大切だ。大切な家族なのだと言っておきながら、そんな事も見抜けなかったなんて、私は口先だけ。自分の抱く理想を母に押し付けていただけだったのだ。


「みっともないなぁ。本当に。」



しばらく歩くと食堂が見えてきた。

カフェで朝食をとったおかげで女将さんが出勤するくらいの時間になっていて有難かったなと思い、心の中で鑑定士さんに感謝をする。


「すみません…女将さんはいらっしゃいますか?」


食堂の扉を引いて声をかける。


「はいよー!店はお昼からですよーっと。ありゃ!リアーナじゃないか!」


エプロンをしながら奥から慌てて出てきてくれた女将さんは、一年半ぶりだというのに、変わっていなかった。


「お久しぶりです。ご連絡もできず、失礼しておりました。」


ぺこりと頭を下げて謝罪の言葉を伝える。


「何言ってんだい!ずっと助けてやれず、私たちの方こそ失礼してたんだよ!

悪かったね…学がなくて、あの時のリアーナが保護対象だったなんて知らなかったんだ。

保存食を渡したり、時々風呂に入れてやるくらいしかしてやる事が出来なくて…。本当に大人として申し訳無かったと思ってるよ。」


すまなかったねぇ。と泣いてしまった女将さん。

彼女に嘘はなかったし、いつだって優しくしてくれた。具合の悪い日は奥の布団で寝かせてくれて、仕事が終わる頃に起こしてくれたりもした。

あの頃心が壊れずに済んだのは、女将さんが居てくれたおかげだと思っている。


女将さんの背中を摩り、女将さんの存在が有難かったのだと伝えると、ますます泣いてしまった。


「しかし一年半で随分と変わったねぇ。元々可愛らしい顔立ちだったが、痩せっぽっちだったからねぇ、問題なかったが。今のリアーナじゃ、おかしな輩に連れ去られないか不安だよ。」


「えっと?なんの話でしょうか?」


スキルはバレていないので、連れ去られることなんかありませんよとは言えないが、私なんかを連れ去って何をしようと言うのか。


「はぁぁ…。刷り込みってやつは困ったもんだねぇ。良いかい?リアーナ。リアーナは元々美少女なんだよ。今は血色も良くなって、身長も伸びたし、これからはスタイルだって良くなるだろうよ?あの二人の子供なんだから、それは間違いないよ。」


「はぁ…。」


「そんな顔よし、スタイルよし、器量よし、頭脳明晰のリアーナは、結婚する対象として、優良物件なのさ。」


「物件…。」


女将さんの言葉が右の耳から入って脳裏を掠めて左耳に抜けていく。唯一拾えた単語が物件だった。


「ここで働いてる時だって、表に立たせたらヤバそうだなって裏方仕事をさせてたんだよ?ん?聞いてるかい?」


「はっ!えっと、はい。物件ですよね?誰かお引越しですか?」


「…こりゃダメだ。本当刷り込みってやつは恐ろしいよ…。」


なんだか泣き笑いをさせてしまったようだけれど、もしかして誰か誘拐されそうになった人が居てその方のために物件を探しているとか!?


「盛大に勘違いしてる顔だね…。」

「そうだなぁ…。」


いつのまにか女将さんの隣に経営者である大将がきていて、二人して残念な子を見るような目で見られていた。


お二人には、散々お世話になったのに挨拶もそこそこに仕事を辞めてしまった事、ずっと連絡できなかった事を再び謝罪し、忙しい時間帯になる前にお店を後にした。


いつでも遊びに来て良いのだと言われ、そんな事を言われた事がなかったので、すごく嬉しかった。お土産にと懐かしの保存食まで頂いてしまった。


さて、ここから宮廷へ行くには歩いて行くか、乗合馬車に乗るか、貸馬屋で馬を借りるかの選択肢があるが、お金を持たない私は歩いて行く一択だ。


この時ようやく勝手に一人で外に出て、無断外泊したのだと思い至り、そんな自分に驚いた。

頭の中での情報処理がやっと追いついてきたのだけれど、それと同時に、これは叱られるだろうなと思うと足が前に進まなくなった。


あの母から思いがけずに逃げおおせる事ができて、逃げ癖がついてしまったのかもしれない。


叱られると解っていて、そちらへ向かう事が出来る子供はいない。

普通、子供の帰る場所は一つしか無いが、新たに作る事が出来た成功体験は私を大いに冒険へ誘った。


王妃教育の中には、他国に関するものもある。

この王国の一番の友好国であるホーネスト王国は、移住するにあたって審査がめちゃくちゃ厳しいことで有名なのだが、この星で一番豊かで平和な国だということは、それと同じくらい有名だった。


鑑定士さんの話からすると、私の持つ『虚偽認識』のスキルはその審査で優位になったりしないだろうか。


勝手に移住やら亡命やらしたら、母の扱いはどうなるのか、今朝までいた実家はどうなるのか。


なんてことも頭の端っこに浮かびはしたけど、浮かんだだけだった。


「これは、行くしか無いんじゃ無い?」


たまたまであるが、お金はないが保存食が手元にあるのだ。


行く先を九十度方向転換し、いざホーネスト王国との国境に向けて歩き出した。


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