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【小説】どうせ、うまくいくから歌ってみな


この作品は、note、エブリスタ、pixiv、アルファポリス、ツギクル、小説家になろう、ノベマ、ノベルアップ+、カクヨム、ノベリズム、魔法のiランド、ハーメルン、ノベルバ、ブログ、に掲載しています。


 薄暗い部屋には電子部品が散乱し、グレーの工作機械がモーター音を響かせる。

 外はにわか雨が降り出したようで、ガラス窓を雨粒が打つ音が(かす)かに聞こえた。

「ついに完成した ───」

 何度も搔きむしった頭が、ボサボサに乱れた木丸(きまる)は、右手でマイクを掲げ左手は髪を撫でつけた。

「世紀の大発明だぜ、こいつは」

 助手の飯高(いいたか)が、コントローラーをポチポチと押すとBGMが流れる。

 大音量のギターが耳をつんざき、思わず顔を(しか)めた。

「なんだ、この曲は」

 困り顔の木丸の前に映し出された画面に、テロップが流れる。

流行(はや)りの『脆弱パートナーシップイニシャチブ』だ」

 ふんと鼻を鳴らし、どっかりと椅子にもたれた飯高は、コントローラーを机に投げ出した。

 赤、青、緑のスポットライトが明滅し、キラキラと光の玉が壁を流れていく。

 派手な演出が、かえって心を冷めさせた。

 (かたわ)らのグラスに冷たい麦茶を注ぐと、表面が曇って水滴が流れる。

 シリコン製のコースターには、ステンレスを()め込んであって、下から光を反射するとグラスの透明感が増す。

「気分はどうだ」

 問うと木丸は親指を立てた。

 時代の閉塞感から人類を救い、活発にすることで経済を成長させる。

 研究所のコンセプトだった。

 これが、計画の第一歩になる。

 2人は成功を確信したのだった。

「やはりな。

 アドレナリン、ドーパミン、エンドルフィンの数値が急激に上がっている。

 実験成功だ」

 3つのホルモンは、幸せを感じたときに放出される。

 歌うと快楽を感じるのはそのためである。

 電灯を消し、スポットライトの光とともに、研究所には夜遅くまで音楽が響き渡ったのだった。


 カーテンを閉め切った部屋に、少々埃臭い空気が立ち込める。

 黒いデスクにノートパソコンとマンガ本の山があるほかは、殺風景な部屋である。

 隅に積まれた布団は(つぶ)れてカバーから中身が少し(のぞ)いていた。

 椅子に背をもたせかけ、天井を見上げるとほの暗いグレーに外の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。

 外の天気は曇りだろうか。

 気になると頭から離れなくなったが、カーテンを開けるのが億劫(おっくう)でぼんやりと隙間に視線を移していく。

 SNSの広告に、奇妙な物が入ってきた。

 「黄金スピンクス」と大きな文字で白抜きになった背景は、暗い中に幾筋(いくすじ)ものスポットライトが光を交錯させ(きら)びやかに演出する。

 奥に小さく、どこかで見たようなアイドルが身体をしならせて歌っていた。

 そのビジュアルが、徳本の心を捉えた。

「かっこいい ───」

 短い動画には、音がなかったが歌う喜びをストレートに伝える何かがある。

 カラオケなど一度も行ったことがなかったし、音楽の歌のテストはいつも恐怖だった。

 生まれつき音程がとれない人間にとって、声で音楽を(かな)でるなど異次元の世界だった。

 SNSにはニュースや広告がずらりと並び、フォローしたユーザーの書き込みにはフォロワーを増やした気持ちが(あふ)れていた。

 親しみやすい文章で、自分の生活や思いを(つづ)る。

 ワンパターンな言葉が続き、腹の底に冷たい重さを感じ始める。

 誰かと(つな)がりたい気持ちでSNSを開くのだが、ほとんど無意味なやり取りが続く。

 高校を卒業してからアルバイトをボチボチやりながら、何とか安アパートの暮らしを維持してきた。

 最低限飲み食いできれば、生きるには困らない。

 だが心の中の倦怠(けんたい)(うず)が、姿勢を維持する力さえも奪っていく。

 ため息を一つつくと、ゲームを開いた。

 楽しい、とは思わないゲームを毎日なんとなくやっている。

 課金する余裕はないし、自慢できるほどうまくはない。

 ユーチューバーのように一芸を持っていない人間には、日陰で静かに暮らすのが似合っていると思った。


「それで、この機械をどうするつもりですか」

 木丸が詰め寄った。

「どうって、売り出してカッコイイ広告も打っただろう」

 顔を背けた飯高も、意外な結果に暗く沈んでいるようだった。

「全然売れないじゃないか。

 こんなに世の中のことを考え、寝る間を惜しんでプログラミングしたというのに」

 抗議するように、顔を覗き込んで不満を顔全体に表した。

「俺のせいじゃないし」

 口を尖らせ、困惑の表情で床の一点を見つめた飯高は、次の言葉が見つからなかった。

「これでは、家賃さえ払えないぞ。

 素晴らしい発明なのに、特許料を払うのさえ不安だ」

 マイクスタンドに「黄金スピンクス」と名前を大きく書いたマイクが刺してあり、広告チラシの束が傍らにある。

 そのビジュアルは、人の心を捉えたはずだ。

 でも買わない。

 考えても分からない。

 学生時代、美術の成績はいつも良かった飯高の、渾身(こんしん)の自信作だ。

 そしてアイドルのシルエット動画素材を、なけなしの金で買って貼り付けても効果がなかったのだ。

 マイクの性能は申し分ない出来栄えだ。

 そして広告も悪くはないはず。

「どうしてだよ ───」

 拳をドンと机に打ち付け、奥歯を噛みしめた。

 カラオケで人類を救う。

 理想が高すぎたのだろうか。

「まあ、自分を責めていても始らない。

 次の手を打とう」

 マイクのスイッチを入れると、木丸は歌い始めた。

「次とは ───

 何か当てがあるのか」

 色とりどりの光に包まれ、恍惚(こうこつ)が顔いっぱいに広がった木丸は華麗なステップで踊り出した。


 若い男が、研究所のドアの前に現れた。

 防音がしっかりした、白塗りの建物の外観は立派に見えた。

 毛足の短い玄関マットを踏みしめ、キョロキョロと周囲を見渡すと、閑静な住宅地に人影はなかった。

 インターホンを鳴らすと、中から鍵を開ける音がした。

 スチール製のドアがゆっくりと開く。

 木丸は男の名刺を受け取ると、中へと促した。

 油川(あぶらかわ)と名乗った男は赤いシャツと黒いパンツを着こなし、日焼けした精悍(せいかん)な顔とパーマがかかった茶色い髪が印象的だった。

 中央のスチールデスクに、ちんまりとマイクが置かれていた。

「これが、そのマイクですか」

 油川が手を伸ばす。

「黄金スピンクス ───」

 眉間(みけん)縦皺(たてじわ)を寄せ、側面の文字を読み上げた。

「新発売のマイクがもたらす未来は黄金のように輝き、神秘的なスフィンクスのように謎に満ちていて魅力的だ、という意味です」

 胸を張って木丸が言うと、静かにマイクスタンドへ戻した。

 油川は立ち上がり、思案顔で窓へ向かって歩き始めた。

 飯高は彼の背中をぼんやりと眺めていた。

 プロの目から見て、カラオケマイクを売り出すために知恵を絞った名前とデザインをどう言われるのだろうか。

 いささか関心があったし、自信もあった。

 窓際まで進むと、外の景色を眺めたまま油川が言った。

「確認しますが、このマイク、売れてないのですよね。

 なぜだと思いますか」

 間髪入れずに木丸が言った。

「さっぱりわからないのです。

 これを使えばとても気持ちよく歌えるし、心から幸せな気持ちになるのですよ」

 すると、窓の光を背に振り向いて鋭い眼を向けた。

「質問に正対していませんね。

 きちんと考えたのですか」

 語気を強くして、叩きつけるように言い放った。


 アルバイトをする日以外は、暇を持て余してパソコンに向かうか昼寝をする毎日。

 ギリギリ生きていけるし、金を稼いでもやりたいこともない。

 パソコンに向かっていると、昼間から遊んでいる奴なんか自分と同類が多いと思う。

 そして大抵性格が自分のように暗くねじ曲がっていく。

 思考がネガティブになると、途端(とたん)に眠気が差す。

 移動するのも億劫なので椅子にもたせて、ひっくり返ったまま目を閉じた。

 胸を打つ鼓動(こどう)(むな)しく、頭にもやがかかったように意識が薄れていく。

 高校を卒業してからは、スマホに連絡してくる友達とも疎遠になってしまった。

 変わり映えしない部屋に、鬱屈した気分を吐き出し、また吸い込む。

 最低限、自分の食いぶちくらいは稼がないと親がうるさいからバイトをする。

 ズカズカ入ってきて、商品にベタベタ触り大声で笑う高校生や、何も買わずにイートインに(たむろ)してスマホで動画を見て笑うギャルなど、人様に迷惑をかける分だけ自分より(ひど)い。

 テレビをつけると、ブルジョアなニュースキャスターやタレントがペラペラまくし立て、動画サイトでは人を驚かして目を惹こうとするクリエイターと、派手なだけでどうでもいい広告が(あふ)れかえる。

 半分は妄想で、物事を悪くとらえているだけだと分かっているから、なおさら気分が塞ぐ。

 結局俺が悪いのか。

 ひとしきりクヨクヨ悩むと気分が楽になって、またパソコンをつけた。

「黄金スピンクス ───

 新開発のAIで歌が上手になるのか」

 幸せをイメージさせるビジュアルもいい。

「へえ。

 面白そうだな」

 画面に映し出された広告動画を拡大すると、恍惚の表情でアイドルが歌っていた。

 連絡先の電話番号と共に「今なら無料体験実施中」と書かれていたので、しばらく逡巡(しゅんじゅん)した。

 何をやっても、イマイチ楽しくないし一日おきくらいに憂鬱(ゆううつ)になるから、そろそろ病気になったかと思い始めていた。

 さすがに病気は嫌だ。

 スマホを取り上げ、番号を叩くまでに時間はかからなかった。


 研究所に重苦しい沈黙が鉛のように横たわっていた。

 時々木丸が唸り、腕組みをして立ち上がるとまた椅子に腰を落ちつける。

 飯高は黄金スピンクスの文字に何度も視線を()わせては、腕をグルグル回したり、大きく伸びをしたりと落ち着かない。

 窓際の光が、黄色みを帯びてきて油川の頬をチリチリと焼いた。

「さあ、そろそろ何か言ってください」

 しびれを切らして窓の(さん)に手を突いたまま振り返った。

 2人はまた唸り、半開き立った口をへの字に結んだ。

「売れない理由が分かれば苦労しないぞ」

 苦し紛れに飯高は、本音を()らした。

 木丸も小さく(うなず)く。

 頭の中を渦巻いていた苦しみが、パッと晴れて何もなくなった。

 分からないから、相談しようとしているのだ。

 専門家が打開してくれると思って依頼したのに、仕事を放棄する気か。

 攻撃対象がはっきりすると、思考は止まる。

 そして他人のせいにする。

 自分たちは精一杯やった。

 だが、油川は小さく肩を震わせて口角を上げた。

 ククッと笑いが漏れ、のけ反るように顔を天井の隅に向け両腕を開く。

「そんなことだから、売れないのですよ」

 そのときインターホンが現実に引き戻した。

「黄金スピンクスの無料体験は、こちらでよろしかったですか」

 玄関の上がり口に視線を落としたまま、ボソボソと呟くような声を絞り出した。

 普段あまり声を出さないので、声帯が退化したのではないかと思うほど、喋るのにエネルギーがいる。

 手元の端末をスワイプすると、木丸が奇妙な客を迎え入れた。

徳本 浩作(とくもと こうさく)さんですね。

 ご予約、ありがとうございます。

 お待ちしておりました。

 どうぞ中へ」

 ぼんやりと(にご)った目を奥へ向けた徳本は、ぎこちなく靴を脱ぎスリッパをつっかけた。

 パタパタと部屋に入ると、エアコンの音と窓の西日(にしび)が迎えた。

「こちらです。

 リモコンでお好きな曲を選んで歌ってみてください。

 きっとお気に召すと思いますよ。

 では」

 3人は奥の部屋に引っ込んでいった。

 残された徳本は、ゆっくりと右手を伸ばしリモコンで流行りの曲を選んだ。

 部屋がパッと暗転し、窓にブラインドが落ちて静寂が支配した。

 次の瞬間、けたたましいギターの音が稲妻のように耳をつんざく。

「うわっ」

 思わず声を上げ、軽く飛び上がって耳に手をやった。

 イントロが始まると、画面に歌詞が流れ始めた。

 改めて室内を見回すと、誰もいないことを確認しマイクを口元に近づけた。

 小さく息を吐き、マイクテストのつもりで声を出すと自分の声とは思えないほど張りがあって腹の底から響くような驚きをもたらした。

 スポットライトが部屋を切り裂き、光を()き分けるように手で虚空をなぞる。

 自分のものではないような、素晴らしい歌声に異次元の感覚と恍惚のひとときが落ちてくるのだった。


 今月中にもオフィスを引き払わなければならないところまで追い込まれた木丸は、すでに半分(あきら)めていた。

 カラオケ全盛時代に、散々付き合わされたが自分が歌うと気分が悪くなる。

 そんなトラウマをAIで解消できたのだ。

 責めるような油川の視線を正面から受け止め、(にら)み返した。

「物が売れるなんて、簡単なことじゃないでしょう。

 私はね、黄金スピンクスを愛しています。

 人数は少なくても、幸福感を味わって帰っていく人の心からの笑顔が見られれば良いと思いませんか。

 自分でも歌って満足しました。

 自己満足で悪いですか」

 胸を張って言い切る木丸を見て、思案顔だった飯高も(うなづ)いた。

「まあ、いいんじゃないか。

 大成功じゃなかったけど、今回のビジネスはここまでかもな。

 負債(ふさい)(ふく)らむ前に潔く ───」

 隣室から入ってきた男を認めて、途中で言葉を切った。

 晴れやかな顔の目尻に、一筋の涙が流れ落ちた。

「素晴らしい ───」

 ()き物がとれたように晴れやかな顔で窓へと歩を進める。

 呆気(あっけ)にとられた油川は、後ずさりして部屋の隅に下がった。

「歌は、人を幸せにするのですね。

 ドラッグや、宗教など比較にならないほど」

 振り返るシルエットに、夕日が光の筋を作り出す。

「いや、僕はどちらも知りませんけどね。

 例え話です。

 部屋に引きこもって、鬱になりかけていた人間が、この通り変わったのですから」

 目を伏せて、木丸が一歩進み出た。

「ありがとう。

 最後のお客さんが、こんなに満足してくださったのだから、黄金スピンクスは充分に役目を果たしました」

 徳本は目を見開いた。

「最後の客 ───」

「今月末で、会社をたたんでオフィスを引き払うつもりです」

 こちらも晴れやかな顔になった飯高が、しんみりと言った。

 薄暗くなりつつあった部屋に、沈黙が重くのしかかる。

 だれもが肩の荷を下ろして、ひと時の夢を見た。

 それだけで充分なのかも知れない。

 黄昏(たそがれ)の陽は、刻一刻と色を失くしていく。

 物事には必ず終わりがある。

 夢は見ることに価値があるのであって、実現するのは一握りの天才だけなのだ。

 諦念(ていねん)と思い出に生きるのが人生である。

「ちょい待ち」

 徳本は、一変して怒気を(はら)んだ視線を飯高に向けた。

 彼自身も、なぜこんなに腹が立つのか分からないが、許してはいけないともう一人の自分が燃えたぎる精神のエネルギーを(たぎ)らせる。

「冗談じゃない。

 これはただのカラオケマイクじゃない。

 誰もが幸せになる道具だ」

 人差し指で木丸を射貫くと、飯高は背もたれに身を持たせて目を見張った。

「と、言いますと ───」

「僕がモデルケースですよ。

 売り出す方法は簡単です。

 世の中に僕を増やせばいいんです」


 壇上(だんじょう)で、聴衆を前にした木丸は一つ咳払(せきばら)いをした。

 マイクが乾いた音を立て、ゴツンと叩くように声を絞り出した。

「ええ、私はAIの研究者というほど詳しくはないのですが、なんて言うと怒られてしまいますが」

 ずっと陽の当たらないところで、発明品を試作しては失敗してきたから講演会に呼ばれるなど思いもよらなかった。

 だからなかなか原稿がしっくり来なくて余計なことを言ってしまう。

 だが、言ってみて自分でツッコミを入れたくなる不可解さだった。

「AIで人を幸せにする。

 出発点はそこでした ───」

 黄金スピンクスの大成功を記念して、マスコミに会見を開き公演にも忙しさの合間を()って足を運ぶようにした。

 これも、コンセプトに沿った社会への働きかけと解釈している。

 一通り、AIカラオケマイクの理念と工学的解説を加えて、場内は拍手の渦に包まれる。

「ご清聴ありがとうございました。

 今後もさらに改良を加え、AIの未来に貢献していきます」

 そんなことが自然に口を突いて出た。


「なあ、知ってるか。

 AIアイドルかと思っていたら、実在する女の子が歌っていたらしいぞ」

「え、マジか。

 このルックスで歌唱力マックスってアリかよ」

 「ミッキー」こと美樹本 艶(みきもと えん)は、黄金スピンクスを片手に観客に手を振る。

 画面にマイクが大写しになると、会場にどよめきが起こった。

 全国にライブ配信されたコンサートは、チケットが発売後10分で売り切れると地下で数十万円で取り引きされたと噂された。

「このマイクがAIなのか。

 ヘンテコな名前だけど、ミッキーみたいに輝けるなら欲しくなるな」

 男はスマホでAmazonを開いて検索する。

「たったの三万円で売ってるぞ」

 注文が殺到して、納期は半年後になる騒ぎだった。


「はい。

 ミッキーの新曲『併存ニンファー』と人気の『不忠実レイオット』はご購入後ダウンロードできますので、まずはご予約を承ります」

 事務所には、10人ほどのスタッフが電話受けとWEBの取りまとめに大忙しである。

 奥の応接室にどっかりと腰を下ろした木丸は、グラスの麦茶をグッと喉に流し込んだ。

「公演お疲れさま。

 黄金スピンクスの人気はうなぎ上りだな」

 飯高は伝票の束を、ガラステーブルに投げ出すとソファにひっくり返った。

「あの娘、ミッキーだなんて呼ばれて大当たりしたな」

「そうさ、油川さんがアイドルの卵を適当に見つくろってきてこのヒットさ」

「徳本さんも、事務方として生き生きとして働いてるし黄金スピンクス様様(さまさま)だな」

 そこへ、油川が息せききって駆け込んできた。

「2人とも、会場へ来てください。

 ディレクターが開発者を呼べと ───」

 木丸は嘆息して、ジャケットの(えり)(つか)んで立ち上がった。

「やれやれ、人気者は休む暇がないな」

 ふっと目を伏せて、飯高も起き上がる。

「急いでください。

 ミッキーの歌が終わったところでインタビューを入れます」

 移転してオフィスビルの高層階に落ち着いていたので、屋上のヘリポートまで一足で出ることができた。

 ヘリのメインローターから強い下降気流が生まれ、顔を腕で(おお)っていないと目を開けていられないほどだ。

 すでに暗くなった街は、昼間よりも活気を帯びたように見える。

 ヘリのテールローターがゆっくりと回り始めるのを見ながら、3人は機体に身体を滑り込ませた。

「じゃあ、やってくれ」

 操縦士は機体を星屑のような夜景の上へを舞いあげていく。

 明かりの数だけ暖かさを感じるのは、その数だけ人間の営みがあるからである。

 その(いく)つを、幸せに変えられるのだろうか。

 マイクを持って歌うたびに感じた高揚感を、木丸は夜景の中に見いだそうと目を凝らしたのだった。



この物語はフィクションです


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