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無双がフタリ  作者: 片喰
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無双がフタリ⑥

<5 天使のヤサシサ>

「じゃあ、気を付けるんだぞ。少しでも危険だと思ったらすぐ帰っておいで。ああいうのには縄張り意識があってそっから出れば十中八九逃げられるから。な?分かったか?」

「分かりましたって。それ二十回は聞きましたよ。」

「いいやあ、三十回は言った。」

「だったらもう言わないで下さいよ。」

 愉愉が想寧神社に来たのは夕方で、夜目の効く邪物にとって夜は有利な時間帯なので、独知の地に行くのは次の日となった。

 夜にも、邪物殺しの注意点を愉愉に散々説いていた夏牙は、朝食中も同じことを繰り返した。特に、縄張り意識云々、逃げろ云々は冗談無しに三十回以上繰り返した。

 愉愉はやや呆れたが、新月達にとっては通常らしく、愉愉のみならず彼等にも話を繰り返す夏牙に対して呆れる素振りは無かった。彼等は淡々と武器の手入れと計画決めを進めながら、夏牙の話を見事なまでに聞き流していた。いや曙はきちんと全て聞いていた。曙は。

「兎に角、生きて帰ることお!絶対だぞお!」

 見送りの際も、彼は最早怒鳴る勢いでそう叫んだのだった。その横で頭兜と食百が無邪気に手を振っていなければ、変顔の一つでも返しただろう、と愉愉は思う。

「大袈裟だって思ってんだろ。この仕事、甘く見るなよ。」

 ちら、と香路島が振り返ってそう言った。

「…。はーいっ。」

 香路島の舌打ち。愉愉は聞かなかったことにしたが、藤ノ舞成が直ぐ様反応した。

「ねえ。」

 冷徹な瞳に、愉愉が怯んだ様子は無かったが、約束の為に謝った。

「ごめんなさい。そう言われてもオンシツ育ちのボクには実感が湧かないです。」

「まっ、いんじゃない?」

 藤ノ舞成は先程の冷たさをぽいっと捨てて、明るく言い放った。お団子にした髪と相まって可愛らしい。どうも、この子は日によって髪型を変えているらしいと愉愉は気付いた。

「だって愉愉、戦う訳でも無いし。結界内にいれば君は安全、ぼく達は安心。」

「大人しく紋の紙抱きしめてます。」

 今度は曙が反応する。

「大人しくはするな。愉愉は囮だ。邪物等が愉愉に気付かなければ意味が無い。結界内で歌でも歌っていろ。」

「じゃあ何歌おうかな。」

「そっちの世の歌は、こっちのと違うのか?」

「こっちの歌知らないからな〜。」

 そう呟いてから、愉愉は一番最初に思いついた歌のサビを歌ってみせた。

「ここどんゆゆせ。」

「愉愉愉快、歌ハ絵程は上手くナいんだネッてもなももが言っテる。」

「ま、いいですけど。絵の方大事ですし。」

 あっけらかんと言った愉愉に、新月は首を傾げて、

「良い歌だと思う。それに愉愉の歌い方は綺麗だ。」

 愉愉の笑顔が、ふっと消える。微かに開いた口から、声になり損なった息が漏れた。見開いた丸い目に、新月は、息を呑んだ。いつも感じる神聖さがいつの間にか消滅していて、だが、何処までも澄んでいて、真っ直ぐで、何か、本来は絶対に見ることが許されないものを、見た気がした。

「ふうん…。」

 愉愉の口の端に、微笑が浮かぶ。忘却力も愛想も性格も悪くて機嫌だけ良さそうな、そんな笑い方。

「新月さん、面白いな。」

          ○

「怖い!高い!怖いよー!怖いです!怖い!」

 同一人物とは思えない、と新月は感じながら手綱を操っていた。

 彼等は独知の地に向かって移動中である。それなりに離れているため、沙羽(さわ)型の龍で飛んで行くことにした。沙羽型の龍はよく交通手段に利用される。想寧神社にも三匹いて夏牙が丁寧に世話している。

 その龍に乗って飛んで行くと聞いた途端嫌々する愉愉を置いて行く訳にもいかず、無理矢理龍の背の上に乗せ逃げない内に後ろに新月が乗り、さくっと飛んでしまうという乱暴な手を使った。

 どうも愉愉は高さが嫌らしい。五階建てくらいの高さであり、新月にとっては大したこと無かったのだが、愉愉にとっては鳥肌ものであった。

「足元なんも無いから怖いよねえ。」

 愉愉達の隣で、香路島と相乗りしている藤ノ舞成がにこにこと笑い掛けた。すぐに愉愉は叫ぶ。

「藤さん絶対怖いと思ってませんよね!」

「あはは〜。」

「足元じゃなくて見えるのが嫌なんです!下、どう頑張っても視界の隅には入るんですよ!」

 面倒そうに香路島が、

「目ぇ瞑れば?」

 愉愉は暫く黙っていた。が、急に、

「確かに!あっ、怖くなーい!ありがとうございます!」

「馬鹿じゃねこいつ…。」

「目を閉じる用途って限られてる感じするじゃないですか、それだからですよ。」

「目ヲ閉じる用途?リュマァ…、寝ルとか?」

「リュマァってなんです?」

「考えテるときの感嘆詞?みたいナのだヨ。」

「へぇー。」

「目を閉じる用途など寝る以外無くないか?」

 鵺破の後ろに乗った曙は訝しげだった。

「ほら、でしょ?その先入観からですよ。」

 目を閉じたまま嬉しそうに愉愉。新月は下の状況を見る。針葉樹の密集した場所。新月は愉愉に声を掛けた。

「間もなく独知の地だ。ここら辺で下りる。下りる際衝撃があるかも知れない。舌を噛まないよう、口は閉じていろ。」

 こくっと愉愉は頷く。新月は龍の腹を足で軽く叩いて指示を出し、出来る限り静かに地面に下ろした。そして先に龍から下り、その後で愉愉が下りるのを支える。

「ありがとうございます。」

 そう言って、愉愉が草の生い茂る地面に足を着いた、瞬間、

「グがナオオおアオお!!」

「どォがアアああアアア!」

「カジュシいイイい!!」

「い、今のなんですか!?」

「結界は、出来てるか?」

 香路島は周りを測る様に見やりながら、尋ねた。

「え、はい。出来てます、けど…。」

「ならいい。じゃ、計画通りに。」

「ま、ちょ、さっきの声なんだったんです?」

「邪物の声だヨ。始マルね。」

 鵺破は、肩の空いた部分からするりと腕を抜いて袖から両腕を出した。腕に巻き付けられたのは、大量の手榴弾。

「いっつもこんな戦闘開始方法なんですか?」

「違う。いつもは大体、互いが視認出来てから始まる。多分、今回はお前に気付いたからだな。」

 説明しながら、曙は軽機関銃を背から取る。新月も背の後ろから何かを取る仕草をし、いつの間にか彼の手には長い斧が握られていた。その武器の、武骨で凶器にしか見えないことから、普段は新月が見えないようにしている。藤ノ舞成と香路島が、腰に沢山巻き付けた小刀の内の一対を両手に取る。

 無数の黒い影が、木の間から飛び出す。

「行コっカあ。」

 戦闘が、始まった。

 曙がタッと木に登る。木の上には邪物がいたが、彼女が登ると同時に血だらけで落ちた。曙は右手の薙刀を振って血を落としてから帯に差す。そしてすぐ左手の軽機関銃を両手持ちにし、肩に担ぐ。消音器付きの銃が鈍い音を立て邪物が悲鳴と共に倒れる。

 走り、通り過ぎる間に香路島が邪物の足の腱を切る。たんたんたんたんとリズム良く、四足歩行の相手の全ての足を切っていく。苦しみの声が響いたが長くは続かない。藤ノ舞成がすぐにその邪物の喉を切り裂いたから。相手は巨体だったが、藤ノ舞成はひょいと跳んだだけでその喉に手が届いた。だあん、と地面が揺れる。

 その音よりも派手な音が炸裂した。爆発する音だ、と愉愉は分かった。煙が大量に舞う。木が倒れる音。邪物が倒れる音。混乱を拡大させる煙の中からぱっと容易く出て来たのは、飛ぶ蛇の様な黒い邪物に乗った鵺破。彼女は足だけで邪物を御しながら、腕に巻いた手榴弾を取り、足元の別の邪物にそれを投げた。当たるのが当然と言わんばかりに、直ぐ様その場を離れる。

 手榴弾の煙の中から足の千切れた邪物が飛び出す。が、二歩も歩めず死体となる。香路島が吹き矢を咥えていた。

 それぞれ勝手に動いているようで噛み合っている。噛み合って、一つになって、相手を絡み取っている。

 そういう意味では五人の中で新月は異質だった。

 彼は消えたと思ったら上から出現し、愉愉の身長程もある大斧で、邪物を押し潰す。また消え、今度は横から現れ打つ様に叩き潰す。また消え、木の間から出て、潰し、また消え、上から来、潰し、それを繰り返す。切断するのでは無く、潰す。彼だけが、五人の中で独立していた。輪に混ざらず、その外側で暴れ尽くす。

 その戦い方になる理由は、愉愉にも察せた。彼は明らかに速過ぎて力があり過ぎて五感が良過ぎて、つまり、強過ぎた。協力が、不可能なくらい。

 鈍い銃声。走馬灯混じりの叫び。骨の折れる音。銃声。肉の切れる音が微かに。爆発。小刀を取る音。

 全てを、愉愉は結界内で見ていた。乗せてくれた三匹の龍と共に。

 無数と思えた邪物が、瞬く間に減っていく。数えられる程度になり、片手の指で足りる数になり、二匹になった。

 曙の軽機関銃が片方を射抜き、新月がもう片方を投げ潰す。

 そうして、そこは静かになった。

「終わりだな。」

 小刀の血を拭いながら香路島が言う。数回使う毎に別のものを使っていた為、香路島の小刀も藤ノ舞成の小刀もほとんど血で汚れている。あまり何度も使うと切れ味が落ちるのだろう。

「じゃあ帰るんですか?」

「勿論。なんか、思ったより普通だったね。」

「腑に落ちん。これなら今までの四十六人の内の誰かが成功していても何らおかしくない。」

 両腕に巻いていた手榴弾が九割以上無くなっている鵺破は、

「いイじゃン。これで五十万ナんて幸運ダネ!でショ?」

「いや、まだだ。」

 新月は木々の間をじっと見据えていた。

「後一匹。恐らく四十六人はあれに負けた。」

 彼の嗅覚が察知したのだろう。香路島は舌打ちし、未使用の小刀を取った。

「何?鬼かなんか?」

「ああ。天邪鬼だ。」

 曙と藤ノ舞成が瞠目し、香路島がまた舌打ちした。

「よりにもよって…。」

 天邪鬼と言うものが性格的な話で無く邪物の一種であることは愉愉もなんとなく分かった。良い相手で無いことも。

「もなもも、もう一仕事すルヨ。」

「なあまあ!」

 その返事で愉愉はようやく、鵺破が戦闘中ずっと乗っていた邪物がもなももであったと気が付いた。

「愉愉、結界はまだあるな?」

「はい、あの、緊急ならボクも手伝います。」

「平気だ。」

 無表情の新月からは本当に平気なのかどうかさえ分からなかった。曙が木の上で銃に弾を込め、香路島が吹き矢を咥える。鵺破は手榴弾を両手に持ち、藤ノ舞成は駆ける用意をする。新月が、腰を落とした。

「うガグなアぁワアアアアアアアァ!!!」

 木の間から、巨大な体が現れる。

 筋肉質な二足。作り物の様な丸い目が半ば飛び出している。元々の色なのか、汚れて変色したのか、生壁色の体表。長く鋭い爪。

 愉愉と、目が合う。

「あァアいウエるウゥウウ!!!!」

 木の上から降る銃弾と新月を、その邪物は、予知していたとしか思えない正確さで避けた。続く香路島の吹き矢も、鵺破の手榴弾も、足を狙う藤ノ舞成の小刀も、新月の渾身の一振りも。

 何もかも避け、愉愉へ迫る。

「ホどぉガまァヤぁあアアどナドド!」

「止まれッ!!」

 血走った新月の瞳。冷静さの欠いた紺青。

 天邪鬼は今更彼の存在に気が付いたのか、はたまた、彼がいると目の前の黒い瞳の者に近づけないと理解したのか、新月と初めて向き合った。新月が天邪鬼目掛けて走る。天邪鬼は、彼をただ待っている。

 と、天邪鬼に手が届く寸前で彼は跳び上がった。天邪鬼の真上から新月が落ちて来る。

まるで、その考えを読んでいた様に、天邪鬼の対応は素早く、正しかった。

「新月さん!!」

 天邪鬼は、先の新月の様に飛び上がって、新月の真上に移動したのだった。

「…ッ。」

 ざあ、と新月の背から翼が生えたが、それを動かすより先に翼を摑まれる。そのまま、新月は天邪鬼に押し潰されて墜落した。地面に下りた天邪鬼へ、即座に新月は反撃を仕掛けるが、それも見透かされていた。

「グギャオオ!」

 手で払う様に殴られ、新月の体が極簡単に吹っ飛ぶ。彼が落下した地面の細やかな振動を、呆然と愉愉は感じていた。新月は、間髪入れず立ち上がる。邪物の血なのか己の血なのかも分からない程、血まみれの体。

 天邪鬼は自分の勝つ未来が見えていた。新月は、それでも天邪鬼と真っ向から向かい合う。

 彼等が、一歩目を踏んだ、瞬間。

「やめろ。」

 別段大きな声では無かった。だが、その声はその場の全員に届き、全員の心臓を刺した。

 天邪鬼も、新月も、加勢しようと動き出していた香路島達も、その声に従った。

 そうせざるを得ない力がその声にはあった。

 いや、より正確に言うならば、そうせざるを得ない力を、そのときの愉愉から、感じた。

          ○

 力を開放する条件は"あいつ"から許可を貰うこと。変人な"あいつ"から許可を取るのは簡単だ。

 問題は力を開放した後。封をしても開放した名残りなのか、力が漏れ出す。力を開放する時間にもよるが、今回は良くて半日アノ状態だろう。望ましくは無い。

 寧ろ恨めしい。

 だけど、

         ○

「やめろ。」

         ○

 しょーがない。あーんな珍しい人、死なせたく無いし?

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