無双がフタリ㊽
<31 天使な客>
「…!?」
その客達が入店した瞬間、ありふれたチェーン店のハンバーガー屋は、たちまち混乱に包まれた。
「ねぇ、あっちスケスケなんだけど。」
「ガラスだからガラス!お願いだから指差さないで藤ちゃん!」
ケラケラ笑いながら窓を指差す青年。藤色の髪を三つ編みにし、フリルまみれの白シャツと灰色のショートパンツを全く違和感無く着こなしている。葉塔にはその服がロリータファションの類だとは分かったが、何故こんな場所に着て来るのかは皆目理解出来ない。
「窓?ああ、時徒木国だと出回ってるらしいけど、こっちには無いよね。」
「国名出さない、"こっち"とか言わない!」
肩を竦めるスーツの男。オールバックの浅緑の髪や暗緑色のスーツはきっちりしている一方で、ネクタイはゆるゆる第一ボタンは開けっ放しネクタイピンかと思えば髪留めという有り様だった。
「そうダヨ香路。今は日本にいるかラね、日本がこっちで、風世飲帝国があっちダモん。言っチャ駄目。」
「国名を出すんじゃない!」
何?と言う顔でチャイナドレスの女が小首を傾げた。真っ赤な服に黒いツインテールが映えている。にしても肩に掛けたがま口バッグは空いているがいいのか?と葉塔は気になった。
「何故か人がこっちを見ている。少し痛めつけてやるか…。」
「普通に止めろ。」
薄っすら水色がかったシンプルなワンピースを着た女が、その清廉な見た目を反する眼力で客を睨む。お団子にしたワインレッドの髪や淡い水色の目が作る上品さすらぶっ壊す眼力だ。
「ここ、変な匂いだな。」
「飲食店で使う台詞じゃないから!」
黒髪の言葉で、すらりと長身の金髪碧眼の青年が、辺りの匂いを嗅ぐのを止める。キャップから伸びたポニーテールや、オーバーサイズの服は、他のメンバーよりは一般的だが普通の客では有り得ない威圧的な雰囲気がある。
「あー、なんかあれだなあ。人と肉とパンと油の匂い。」
「ほら、早く注文するの決めて、これ以上変なこと言う前に…。」
先の青年と同じくらい長身の男は、葉塔にとって一番怖かった。薄い色のサングラスから柄シャツ、片目を隠す薄茶の癖毛と揃いの色の靴に至るまで全てがヤクザ臭いのだ。一方で、彼自身は穏やかな表情をしていて、逆に恐ろしい。
「私何か変なこと言っちゃっいました?」
「啼呑ちゃん達は全然。全く見習って欲しいもんだよ、年少三人を。」
苦笑する銀髪の少年。その笑顔も、純白の燕尾服と革靴も、まるで大人のミニチュアだ。笑いながらも、孔雀青の目は周囲を静かに警戒している。歴戦のボディーガードの様な青。
「私達も何か失言してみようか。うーん何がいいかな、あ、"地球は青かった"。」
「さっきボクが教えたやつじゃん。それは失言なのか?」
天真爛漫な笑顔を見せる紫の瞳の少女。深緑の髪を薄ピンクのリボンと編み込み、アイドルの様なワンピース、手には日傘。今日はそこまで日は照っていないが、少女の肌は色白を越えて真っ白だし、気をつけているのだろう。
「やあはそうだな。じゃあ、今朝織田信長とハイタッチしました。」
「なんだその英会話みたいな文面。いや内容はぐどぐどに狂ってるけど。」
そう言われた青年は、バンダナ柄の布を巻いたハットを少し持ち上げ笑った。モカブラウンの癖毛と瞳。赤茶のベストやジーンズがアメリカのカウボーイ風である。
「"ぐどぐど"?」
「"ぐどぐどに"って何だ?」
「"ぐどぐど"…。」
「黙れガキンチョ。」
自分より絶対に年上だろう男に"ガキンチョ"はおかしいだろ、と思いつつ葉塔は
「次の方、こちらにどうぞ。」
本当はどうぞではないし注文をとる役が自分になったことを恨みたいくらいなのだが、仕事だ。仕方が無い。
「えーと。」
てっきり一番年長の男が話し出すのだろうと身構えていた葉塔は、黒髪の子供が前に出て来て拍子抜けした。
「ダブルチーズー五個、スパイシー三個、後はえーと、海老カツとチキンとテリヤキ三個ずつ、ポテトとアップルパイと紅茶ホットで八つずつお願いします。」
「はい、ええっと…。」
殴り書きのメモを読み上げて確認するのすら一苦労の量だった。バーガーの数が人数を遥かに超えている。
「…葉塔さん。」
黒髪の子供は、葉塔のネームプレートを見ていた。彼は一瞬固まる。
「え、は、はい。」
「お仕事、いつ終わる?」
相手と目があったのは、そのときが初めてだった。
「…!」
意味の分からない感覚がした。純黒の瞳で瞬くカラフルな光。万華鏡の様に輝きながらも、夜空の様な気配。それに、呑み込まれていく。
「五っ…時半、には…。」
「五時半だね。北の出入り口がスタッフ玄関でしょ?じゃあそこで待ってるから。」
「はっはいっ!」
にっこり笑って、その子供の姿をした天使はひらひらと手を振った。
「みんなには内緒だからね。」
○
「目立つなっつー癖に自分が目立ってどーすんの。」
呆れ顔の香路島に、愉愉はにっと笑って、
「目立ってないよ。葉塔さんにちょっと力使っただけ。割合察知しやすい人で助かった。」
香路島は肩を竦める。その正面で新月が、
「うまい。」
「おー!でしょ。他社に若干負けてるけど、ボク的にはここがハンバーガーチェーン店で一番だと思うんだよね。」
「初めて食べる味だけど美味しいね。」
「それで、これからどうするんです?」
啼呑が愉愉に顔を寄せた。
「そうだねー、まず五時半に葉塔さんに会うのは決定として、うーん今後の大きい予定は正直葉塔さんのハッキング技術次第だな。」
「それまでどうするかってことだネ。もなももお肉食べル?」
がばりと開けっ放しのがま口バッグから、もなももが顔を出した。
「あどななやあ。」
「甘じょっぱい肉っテ感じダよ。」
「鵺破ちゃん食レポ下手。」
「なあまあ。」
「それで?五時半までどうする?」
曙がポテトを摘みながら尋ねる。愉愉は唇をぺろりと舐め、
「そうだね。取り敢えず、偽ミギキキから文書が送られたところに行こっか。市役所、学校、病院、警察署。近くだけでも行っときたいね。」
「えいえいおー!」
「食百ちゃん最高!可愛!!」
当然!と食百はフリルとリボンに飾られた胸を張った。愉愉はその姿に見合った笑い声を上げ、それから全員を見回す。
「まあ、文書送られたとこは行くとして、他にも色々観光してこーよ。五年ぶりだし、みんなもいるしね。」
天使にも見えるし、悪魔にも見える。幼くも老いても見える。妖にも神にも見え、賢しくも馬鹿にも見え、気長にも短気にも、生きているようにも死んでいるようにも見える。
ただひとつ、幸せそうだというのは、確実に見える。
「あれ、初雪だね。」




