無双がフタリ㊹
<続27 火の神>
勝利を確信した華普の笑声だけが、寒々しいまでに響き渡っていた。
「あはは。」
しかし、その声は決して華普のそれに埋もれること無く、圧倒的な存在感を伴って、彼等の耳を撫でた。
愉愉?愛受取?逢飢?
正しい呼び方を、夏牙は知らなかった。
「…何をしたいの。もうお前に死ぬ以外の選択肢は無い。」
その者は腹に刺さった剣を摑み、新月の制止も無視して一息に抜いた。
血は一滴も垂れなかった。それどころか、瞬きする間に傷は無くなっている。
新月達は呆然とする他無かった。
「呆れた。」
真っ黒な瞳には、純白の光が駆け廻っている。
「あのとき話したのはロキという奴だよ。北欧神話のね。火之迦具土神なんて会ったことないし、それ以前にロキは不死身でないから、同じ殺し方をしてもこの体は生きているだろうな。」
「"ロキ"…?馬鹿な!!確かにその可能性もあると一助は言った。だが、お前は同じ名の者と話していただろう!唐突に出現と消失をしたことから人外。お前と会うなら神の可能性が高い。」
血走る花紺青色の目と、冷めた調子の黒。
「ならば、ロキは死んでいないのだ。お前の死んだきょうだいからは除外される!」
「きょうだいってのも、ヒトからしたら凄い広い範囲になるけど…ま、今は重要でもないか。
ロキは死んだよ。今話せるのは、あいつの魂だけ。分かりやすく言えば幽霊かな。オレが昔持ってた力を代金に、彼岸と此岸の行き来を許してもらったのさ。だから、お前が話し声を聞いたってのも幽霊の声だよ。」
「あっ、有り得ないっ!じゃあなんだッ、お前達は死なないのか!!」
純黒の瞳が細くなり、光が凝縮されて見える。
「うん、ボクと新月さんは死なないよ。」
色白な頬が持ち上がり、笑みを形作った。それを見た途端、華普は座り込む。小刻みに震えた手が逃げ場を求めるが、体はピクリとも動けない。
「華普、お前の永遠に呪いをかけよう。」
小さな手の細い指が、華普の金髪を手繰り、一本選び取った。ぷつ、と極些細な音を立てて抜ける。
純黒の双眸を細めて、何か囁いた。華普は喚いている様な顔をしたが、声は無かった。代わりに、対峙する者が小さく笑い声を立てる。真っ黒い瞳を増々細めて、アンティーク楽器の如き唇から。歌声にも聞こえる笑い声だった。
「頑張って、生きてみて?生きるって、大変だから。」
抜いた毛を放る。
「死にたくは、無いんだけどね。」
ぺたんと地べたに座る華普に、白い手は払う様な動きをした。聞き取れない言葉らしきものを発して、彼女は走り去った。それは、初めて邪物に会った幼子が逃げるときと同じ、端から見れば大袈裟な、なりふり構わない動きだった。
愉愉はフードを限界まで引っ張り下ろして、一瞬だけ新月に顔を向ける。
「…明日の朝に帰ります。今のまま帰ったら、皆さんの気がおかしくなるでしょうから。」
「怪我は大丈夫なのか?」
愉愉の口から、ささやかながら笑い声が漏れた。新月が顎を引く。
「さっき言った通り、大丈夫です。ボク等は死なないんですよ、どんな殺され方をしようと、ね。」
「そうか、大事にならなくて良かった。」
「…ありがとう。」
「どういたしまして。明日の朝に帰るのだな?夕食に何か持っていかなくて良いのか?」
「ロキに頼むので、新月さん、ロキに何か渡してくれませんか?ロキって、この前ボクが夜に話してた奴です。」
「了解した。気をつけて、いってらっしゃい。」
今度こそ、愉愉は声を上げて笑った。
「そうですね、うん。また明日。」




