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無双がフタリ  作者: 片喰
43/49

無双がフタリ㊸

<27 火の神>

 あれから、想寧神社は穏やかだ。時折、華読が菓子を持って遊びに来て、新月と談笑したり食百や頭兜とかるたをしたりしている。香路島が嫌がるかと思ったが、彼は家族愛に関して、主に藤ノ舞成の存在により、大切にする考えらしく放おっている。藤ノ舞成が華読と仲良くなったというのもあるだろう。藤ノ舞成だけでなく、想寧神社の全員が彼女と親しく話すようになっていた。

 金欠なのは変わらないが、愉愉がこっそり始めて、しかしバレて、しかし渋々許されている札商売が軌道に乗り始めたので、若干余裕ができた。

 また、相変わらず新月達は邪物殺しで稼いでいる。その日は、夏牙が付いて行くと言ってきかなくなる程の大規模な邪物発生があった。新月達も危険を感じたのだろう、弓矢による援護だけならと夏牙の同行を許した。念の為に愉愉も付いて行き、結局は成人組の全員が参加する一大仕事となった。

「はずナンだケドね…。」

「ぴっとぼっど。」

「呆気無かったな。聞いていた危険度の邪物はいなかった上に、数も少なかった。」

 何故か、いたのは両手の指の数くらいの邪物で、新月達によって数分で死体となったのだった。

「近くに潜伏してたりしないんですか?」

 役割の無かった愉愉は、同じく待機命令の下った夏牙の隣に座っている。

「匂いが無いんだよね〜。」

「実体の無い邪物ならば五感は当てにならない。…とは言え近くは市だ。いるなら、すぐに人に見つかっているだろう。」

「確かに。じゃあ、これで終わりですかね?」

「じゃな〜い?帰る前に市寄っていい?髪結ぶの切れちゃったんだよね。」

 藤ノ舞成の言葉で一行はすぐ側の市に向かった。夏牙が留守番の良達へのお土産を探しているとき、新月は唐突に立ち止まり横路地を見詰め始めた。

「どうしました?」

 路地から目を離さずに新月は囁いた。

「兎程の大きさの邪物が、こちらを伺っている。匂いが薄いが、幻影にしては気配が濃い。特殊な生物だ。」

 愉愉は浅く頷く。

「ボクが行きます。」

「俺も行く。夏牙、弓を準備しろ。曙、それに藤ノ舞成と香路島も。何か遭ったら援護を頼む。」

「ボク達に当たっても構いません。自分の体くらい、すぐ直せますので。」

 夏牙は若干狼狽えたが、鵺破がすかさず活を入れた。蹴りで。愉愉は痛そうだなと目を逸らす。

「行きましょう。」

 矢じりと銃口と毒針を背後に、彼等は進んだ。邪物はするすると蛇の様に奥へ逃げる。

 そして唐突にぴたりと止まり、愉愉達を振り返った。

 途端、愉愉が新月を突き飛ばす。邪物が見えないはずの愉愉が反応したことに困惑しながら尻餅をついた彼が見上げる頃には、何も無かった場所に女が立っていた。

 緩やかに波打つ金髪に花紺青色の瞳。

 そうか、あの大規模な邪物の偽通報はこいつの仕業だったのか、と新月は相手を見上げた。

「華普、」

 愉愉が睨むと同時に、曙の叫び声。

「離れろ!!その剣は危ない!」

「"剣"?」

 たったの一瞬だ。たったの一瞬、新月は曙の方に視線を動かし掛けた。その一瞬で、全てが決まってしまった。

「がッ…!」

「愉愉!!」

 華普が後ろに隠し持っていた剣が、愉愉の腹に深々と突き刺さっていた。服を伝って数滴地面へ垂れ落ちた血は、一級の絵画の様な目を引きつける紅だった。

 新月は、自身が華普に背を向けていることにも頭が回らないまま、愉愉に駆け寄り体を支えた。すかさず懐にあったもう一本の剣を振り上げた華普の肩を、新月の髪を掠りながら矢が射抜く。

「次は首だ。」

 華普は夏牙をちらと見やり、微笑と共に矢を抜き、傷を治した。曙はぞっとする。神降ろしの力で治したのは分かるが、自分の使う様な誤魔化し程度のものではない。綺麗さっぱり、傷が消えている。

 勝てない。

「あんタ、逃げラレないヨ。」

 上から回り込んだ鵺破ともなももが、華普の背後に降り立つ。華普はそちらには目もやらなかった。

「新月、その子の様子はどう?」

 新月はもう冷静さを取り戻していた。

「一助から何も聞いていないのか?愉愉も不死身だ。今は剣が邪魔して直せないだけで、抜けばすぐ直せる。愉愉、取るぞ?」

「お止め。血が余計出るばかりで、直せないわ。」

「何、…をっ…したっ。」

 ギョロリと睨み上げた純黒の双眸に、華普はケタケタ笑った。

「真っ黒。感情誘導するなら光るのに。そう、得意技も出せないの?」

「何をした華普え!!!」

 ゆったりとした仕草で首を傾けながら、華普は目つきを鋭くする。

「うるさい、新月。」

「おい、どうゆうことだよ。治せねぇのか?」

 吹き矢を口の端に咥えた香路島の問いかけに、愉愉は真っ青な顔で笑んだ。

「私から話してやろう。私と一助は愛受取の世にあった盗聴器というやつを、神降ろしの力で使えるように改造して、想寧神社に設置した。愛受取が来る前だったから、使いの者達は中へすんなり入れたそうだよ。安全面を工夫した方が良んじゃないのか?

 そうして聞いたのだよ、あの話をね。夏牙、お前だけは、聞いただろう?」

「…っ!愉愉君の、"きょうだい"で"友達"の人が亡くなったって話か…?俺だけが知っている、愉愉君の話は、それだけだ…。」

 愉愉の眉が歪んだ。華普は声を高くし、

「そう!私は思った。きょうだいならば、同じ方法で愉愉も殺せるのでは?では、そのきょうだいとは誰か。

 人前で死んだ人物。"火吹き野郎"という言葉。そして愛受取の出身地は日本国。一助はすぐに結論を下してくれたよ。古事記に登場する神、火之迦具土神。

 そいつは父親に十拳剣で殺された。つまり!同じ様に聖なる力で満ちた剣で、神の如き神降ろしの力を使って刺せば、それは死ぬ。」

 曙が剣に気付いたのは、この女の言う"聖なる力"を感じ取ったのか、と愉愉は頭の隅で考えた。

 愉愉の唇が痛々しく震える。華普は一層声高らかに笑った。

「さあ新月!今度はお前の番だ。安心して死ぬが良い!!」

 愉愉の細い肩を摑んだ新月の瞳は、ぐらぐら揺らめいている。華普のことは視界の端にも入っていない。愉愉の湿った服を見詰めている。口の隙間から声になり損ねた息が漏れた。

 数本の矢が立て続けに華普を襲うが、全てあっけなく彼女の足元に落ちた。華普の足を狙った弾丸は防がれる。

 勝利を確信した華普の笑声だけが、寒々しいまでに響き渡っていた。

「あはは。」

 その中を突然、別の声の笑い声が貫いた。

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