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無双がフタリ  作者: 片喰
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無双がフタリ㊵

<25 堕天使が二人>

 愉愉が救出された次の日の昼下がり、陶真薬が狩った猪を解体しているところに、ある人物が現れた。

 薄い紅鼠の髪に、毒々しい真紅の瞳。性別は不明。若い見た目に合わない優雅な微笑。

「愉愉の使いっ走りかい?」

 突然の来訪者に、陶真薬は目すら向けずに話し掛けた。

「違うよ。私自身が君に興味惹かれたのさ。私はロキという。今話していいかな?」

「今なら恐竜解体付きさ。」

「恐竜とは猪のような見た目なのだね。」

「猪だからな。」

 ロキは笑い声を上げた。微笑みを浮かべて、陶真薬が振り返る。

「それで?話ってなんだい?」

「…この前君が想寧神社に来たとき、ちょっと盗み聞きをしていたのだがね。」

「ほう?気づかなかったな。私も衰えたもんだ。」

「新月の両親は殺していないのだろう?」

「じゃあ何故あいつ等に捕まったのかって?新月に何かしたら娘を殺すと脅してたんだよ、私。だから何度も襲われていた。私の死亡を娘の生死と結び付けた可能性を心配してか、…そういう呪い方があってね、命は助かったがね。今までのらりくらりと躱してたのに、一ヶ月ほど前に捕まっちまったのさ。やっぱり年かな〜。」

「そうかい…ねぇ、陶真薬。」

 真っ赤な双眸が笑みを形作る。肋骨の隙間に手を伸ばして心臓に触れる様な声。

「君からは、人間の死の匂いが物凄くするよ。」

 陶真薬は、切り分けた猪の肉の一部を、地面に敷いた布に放り投げた。

「何人ぐらいだと思う?」

「軽く済んで両手くらいかな。」

 猪に包丁を刺す。慣れた手つきで動かされ、獣の原型は壊れていく。

「…限界を悟ったんだよ。」

 地べたに座ったロキに、

「良という子は知ってるかい?」

「子預かりの?ああ、姉が想寧神社にいたのだっけ。」

「二人の両親は離婚してね、父が姉の、母が妹の親権を持った。が、父の方は段々おかしくなった。娘に妻を視て虐待したんだよ。妻を憎んでいたらしいね。」

 陶真薬はまた肉の一部を投げた。

「夏牙が見つけて保護したからか、娘は夏牙に懐いてうちに来た。そして、すぐに父親が彼女に会いに来たんだよ。父親が麻薬漬けなのは明らかだった。だから私は彼にお引き取りしてもらったんだ、地獄にね。」

「洒落たオチだね。」

「だろう?自信作だったんだが、子等はギャン泣き、夏牙は自首を勧めてきた。」

 ロキは名も分からない赤い花を摘んだ。

「確かに万人受けはしなさそうなオチだものね。」

「どうもそうらしい。でも私は知ってしまった。殺さなければ私には救えない命があるとね。」

 陶真薬は、赤い包丁を見詰めた。

「私は、あの子とは違う。」

 ロキがごろんと寝転ぶ。 

「想寧神社から去った後も続けていたのかい。」

「そうさ。酷いものだろう?」

「さあ?私なんかに聞かないでおくれよ。でも、そうだね、君が助けた命も確実にある。」

 ロキはさっき摘んだ花を顔の前に持って来て眺めながら、

「でも、そうなると増々不思議だな。何故華普と一助は殺さなかった?君が彼等を殺して華読?だったかな、が両親を喪っても、そんなときこそ君の愛する弟子の出番と捉えなかったのかい?私ならそう思うだろう。」 

 包丁を拭う。きらりと日光を反射した。

「あの娘は人を嫌うのが一等下手なんだよ。慕う兄の命を狙う二人。憎かろう。でも嫌えない。嫌い方すら知らないのだろう、彼等は。」

「"彼等"?」

「…あの子は、夏牙と同じなんだよ。兄の命を狙う両親。弟を否定する両親。されど生物とは"普通"ならば敬愛の対象。だから、嫌い方なんて分からない。」

 歪んだ笑顔で彼女は首を振る。一部は血がついている白縹色の髪が揺れた。

「馬鹿だよな。でも愛し方がよく分からない私には、途方も無く羨ましいのさ。本気で世界中の全員を愛しちまうような、あの目がさ。」

 花をポケットに仕舞い、ロキは身を起こした。

「どうも、私達は似ているようで少し違うらしい。」

「そうかい。」

「私の愛するひとは、そんな風に単純じゃあ無いからね。」

「なんだい、君は仲間探しに来たのか?」

 冗談口調の陶真薬に、しかしロキは頷いた。苦笑混じりではあった。

「多分、もうそろそろ、あのひととの関わり方が分からなくなりそうだから、相談したかったんだ。」

「へえ。…そうだね、私が彼等と接するときの話でいいなら、笑うようにしているよ。」

 そう言って彼女は実際に笑って見せた。呑気な隠居の身らしい笑みだった。

「だけど、言葉は素直にする。あの子達相手だと、それが一番しっくりするよ。」

「参考にされてもらうよ、陶真薬。ありがとう。」

 立ち上がって帰る雰囲気のロキに、陶真薬は待ったをかけた。

「華普がどうやって想寧神社の情報を得たのか、見当ついてるかい。」

 ロキは振り返って、赤い瞳を勝色の目へ向ける。

「…華読が確立した記憶を消す神降ろしの力の使い方だね。」

 陶真薬が目を眇めた。

「華普が、他の貴族に、その使い方の情報を流さないようにさせた。ならば華普自身は使い方を知っている。それに、応用の使い方も作ったかも知れない。

 例えばそれを、兄の様子を心配して情報収集する愛娘に使えば?想寧神社の情報は取れ、愛娘には取られた記憶が無い、なんてのも夢じゃない。完璧さ。」

 陶真薬は溜め息と共に首肯した。

「華読はまだ気付いていない。決して言うなよ。…あの子なら傷つき、余計な後悔に苦しむ。」

 ロキは眉尻を垂らして笑い、手を振った。

「止めてくれよ。彼女にそんなこと言う程、私は落ちぶれていない。」

「それは、余計なお世話を失礼。」

「いえいえ。じゃあ、さようなら。」

「ロキ。」

 ロキは苦笑した。

「まだ何?」

「君も死の匂いがする。人間で無い、もっと、おおきな、」

「そうだね。」

 陶真薬の言葉を遮り、ロキは体ごと振り返った。

 真っ赤な目。

「私の愛する人には、内緒にしてね。」

 風の強い、昼下がりの話である。

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