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無双がフタリ  作者: 片喰
39/49

無双がフタリ㊴

<24 本物の天使は八方美人だと偽天使>

「愉愉は何処にいるか言え。言わないのならば殺す。」

 淡々とした口調で、しかし新月の瞳は静かに血走っていた。

「そんな人はいないよ、新月。」

 対して一助の方は、朗らかとさえ言える表情を浮かべる。

「いるのだろう、言え。」

「新月、お前勘違いをしている。あの子…依土 愛受取と言うのだっけ?あの子は、この世にも元の世にもいない。」

「……は?」

「私達が殺した。」

 新月の目から光が消え失せる。暗く碧い瞳。碧い瞳。

 新月は知っている。自分は、あの漆黒に成り得ないことを。

「嘘だ。」

「あの壺の中を見な。中に、入れたから。」 

 上に重石の乗った茶色い壺だった。成人男性は難しいが小柄な愉愉なら楽に入れられるだろう、と曙は思い、すぐに自分のその考えに恐怖した。足が震えていることに、彼女は今更気付く。

 新月が夢遊病の様に歩き出す。藤ノ舞成が腕を摑んだが、彼はそれを振り払って壺の前に立った。上の重石を、払う様に退かす。

 そして、彼は、硬直した。

 その後ろに一助が立つ。

「お前の希望は消えたんだよ。前のお前ならば希望が無かろうが構わなかっただろうね。無くて当たり前のものだったから。だが今のお前は希望の味を、知っている。」

 淡々と、一助は言った。

「苦しかろう。聞いたことあるかい?死者の世があるらしい。あの子は、そこかも知れぬね。」

 すっと、一助は小刀を差し出す。柄を、新月に向けて。

「新月。死者の世へ、行けば良いだろう。」

「新月…。」

 夏牙の掠れた声。新月は首だけ捻り、彼等を見た。その双眸に、曙は息を呑む。

          ○

  <新月と愉愉の回想 龍小屋にて>

 愉愉は戸を見て、誰もいないのを確認する。

 そして


「新月さんを不死身にした腕の持ち主は、ボクです。」


「え。」

 新月は目を丸くする。愉愉は破顔した。

         ○

 新月の目に、光が戻っていた。

「俺の希望は、消えていない。」

 その光は、夏牙に引き取られたばかりの鋭利なものとも、その後のとりあえず生きている様な無気力なものとも違う。愉愉が来る前まで、極偶に見せていた晴れやかな光だ。愉愉が来てから、時々見せるようになった光。愉愉が消えると同時に、鈍くなった光。それが今、新月の瞳に鮮明に宿っている。

「…消えたんだよ。もうお前には絶望しか無いんだよ。依土 愛受得は死んだ。」

「ボクは依土 愛受得じゃない。」

 新月以外の全員が唖然と立ち尽くした。明るくて捻くれた、雑で包む様な、この声はよく知っている。

 新月が壺に中へ手を差し出す。やはりと言うべきか、まさかと言うべきか、壺から色白の手が伸びて、新月の手を掴んだ。

「ありがとうございます、新月さん。まさか来てくてれるとは。」

 壺から、その者は現れる。

 漆黒の髪の目。鮮やかなまでの純黒。

「愉愉…。」

「そうです!ボクの名前は愛受得なんかでなく愉愉です!」

 香路島から漏れた言葉に、満面の笑顔を返したのは、他でもない愉愉だった。

「そんなはずはないっ!!お前は…!」

「よっこらせっと。」

 新月の助けを得て壺から出た愉愉は、

「おじさん、いいこと教えてあげます。刀で刺されても死なない人も、いるんですよ、ここにね。」

「いや!だって私は確かめた。息も心臓も止まっていた!」

「仮死状態?なんですかね、多分。でも一、二分で治ります。壺から出られなくて困ってましたが、今はこのとーり。」

 ひらりと両腕を広げる愉愉は、この状況でもいつも通りである。その横の新月もいつも通りに戻っていて、一助と夏牙達だけが置いて行かれていた。

「不死身…?有り得ない、不死身の邪物はひとつしかいない!そして新月は不死身なのだ!!新月が、数年前に不死身の肉を食べたからだ。人狼が口に入れていたのだ。と言うことは、その時点で不死身の邪物がこの世にいたということだ!お前では有り得ない!」

「数年前、その人狼はこちらの世界に来て、ボクの腕をとってったんですよ。一定時間、体の一部が離れてると、本体に戻らず新しく生える仕組みの体でしてね。」

 新月は前に自分の目を売ったときのことを思い出した。確かに、新しく生えた。

「じ、人狼が、あの時点でそちらの世に、行っていた…?」

「あなた達に世界の往復方法の骨組みを教えたのは、藤香路さんのご両親じゃありませんか?華普が、教えた人達は皆さん息子に殺されたと言ってましたから。

 藤香路さんは人狼の血がちょっと入ってますよね?ならば、世界の往復方法を元々知ってたのは、ご先祖の人狼さんというのも有り得なくない。要するに、ずっと前から人狼は世界を往復してたんですよ。

 あなた達は新月さんの生存を知ってから、ずうっと探してたんでしょ、ボクと世界の往復方法を。だから新月さんの発見と行動開始にタイムラグがあった。両方、先に人狼さんが見つけてたのに。可笑しいね?」

 こてん、と愉愉は首を傾げてみせた。対する一助は我を忘れた様に硬直していたが、やがて掠れた声を絞り出した。

「…愛受得(あじゅしゅ)…。あじゅしゅという呼び方は偽名なのか?あいうえる、それが本当の読み方なのか?逢飢(あいうえる)。正しい読みに、この世の者達が間違った字を当てたのか?……お前は、なんなのだ…。」

「   。」

「は?」

 にやり、と笑うその顔は実に悪魔的で天使的で、唯一無二だ。

 無双。

「これあげる。」

 一助に愉愉が差し出したのは黒百合の描かれた紙だった。彼は眉根を寄せて受け取らない。

「受け取れ。」

 途端、愉愉の目にこの世のありとあらゆる色の光が生まれる。紺青、唐紅、藤色、翡翠、勿忘草、伽羅色、紅梅、蜜柑色…。

 すると一助は愉愉の言葉に逆らえなくなる。虚ろな目で、紙を受け取る。

「この絵を持つ者は、不幸になるの。だけど手放しては駄目。いい?」

 こ、くっ、と一助が頷いた。にっこり愉愉は笑う。

「あなたも、あなたの奥さんも、これで不幸になるって訳。めでたしめでたし。」

 そこまで言うと用は済んだと見なしたらしく新月達の方を見、

「帰る?」

「…ああ。帰るとするかあ。」

 夏牙の言葉で、新月と愉愉はさっさと部屋を出た。藤ノ舞成と香路島が続き、夏牙の視線に促された曙も出る。

 夏牙は、一助の背を見詰める。

「…その絵、きっとあんたを不幸にはしないよ。」

 一助が振り返った。

「だがあんたは、許されちゃないんだぞ。新月が、愉愉が、誰が許しても、俺は許さない。あんたはな、一生俺の怒りをおぶって生きるんだ。」

 "母音付ける癖あるの、気付いていないでしょ。だあ、とか、なあ、とか。"

「ホントに不幸になりゃ良かったなあ。」

 見抜くのは得意でも、つくのは苦手なんだなあと夏牙はしみじみと感じた。

 部屋を出る。

          ○

「夏牙。何話してたんだ?」

 香路島の問いに、彼は肩を竦める。香路島は舌打ちを返した。

「外で待ってやったのに。先に帰るべきだったな。」

「そんな時間かかってないだろ。」

「藤、寒くない?大丈夫?」

「平気だよ。でもお腹空いた。」

「帰って何か作ってやるよ。」

「やった!ありがとう香路!ぼく手伝うね。」

「会話する気無いなら話し掛けなくていいだろ…。」

 ぼやく夏牙に構わず、家にある食材を思い出そうとしている藤ノ舞成と香路島。三人を楽しそうに見る愉愉。夏牙を慰める曙。

 忌み嫌った建物の前で、こんなにも平和を享受していると言ったら、昔の己は何を言うだろうと新月は考えた。

「愉愉。あの男に渡した絵は何だったのだ?」

「暇だったから壺の中で描いた絵です。」

「不幸、と言うのは?」

「嘘です。あれは普通の絵ですよ。」

 けろりと言い放つ愉愉。新月は瞬きをした。

「何故、渡したのだ?」

 首を傾げて、愉愉は言った。

「だって、なんにもしないんじゃムカつきません?」

 予想外の答えに、思わず新月は笑った。

「嫌でした?」

「いいや、すっきりした。」

 笑っているな、と新月は自分で自分に驚いた。そして、なんだか明るい気持ちを感じた。

「なら良かったです。」

「ありがとう、愉愉。」

「こちらこそ。新月さんのお陰でここに来れて、楽しいです。」

「なら、良かった。」

 今宵は星月が綺麗だった。

 にわかに、幸せ、という言葉が新月の頭に浮かんだ。元少年は、それを捨てずに取っておいた。

 失わないように大事に持てば良いのだから。

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