無双がフタリ㊲
<22 女郎花の花>
真夜中、新月は布団から這い出した。何故か若干渋られたが、夏牙に直してもらった斧を担ぐ。
夏牙が、愉愉の救出を明日に決めたとき、好都合だと新月は思った。
彼以外の人間は、絶対に彼より死が近い。屈強な若者だろうと、鉄壁の城の中の王だろうと、新月よりは死にやすい。逢飢を喰ってからそうなった。ならば、死ぬ可能性が高いこの件は自分が行くべきなのだと、彼は信じていた。
「…をう…?」
だから、玄関に夏牙がいて、彼の足を香路島が、腕を曙と鵺破が、口と首を藤ノ舞成が拘束しているのを見たときは、変な声が出た。
「危なイ、危なイ。もう少シ夏牙が遅かっタラ鉢合ワせダッたヨ。」
「鉢合わせしても取っ捕まえるだけだけどな。」
「そうだね〜。」
「よし、では行こうか。」
「いっ、いや待て。どういうことだ、何故皆起きている?」
面食らった新月に、夏牙以外の面々はにやにやと答えた。
「安心して、年少組二人と新月の妹には気付かれない程度にはジョウズな嘘だったよ〜。」
「まあなあ、ねどぽこっぱ。」
「そうソう、もなももの言ウ通リ落ち込ムこと無いヨ。気付イて無いかラ、三人は今も一緒ニぐっすりダよ。」
藤ノ舞成に手を離してもらった夏牙は、珍しく仏頂面である。
「どうも俺達が今夜一人で行く気なのは、ばればれだったらしい。」
「"俺達"?夏牙も一人で愉愉のところに行こうとしていたのか?」
目を丸くする新月に、夏牙は溜め息混じりで頷いた。
「当たり前だあ。あのとき俺が神社から出さなければ、愉愉君は無事だったかも知れない。そもそも、みんなを危険な目に遭わせる訳にはいかない。」
「だから明日に行くことに決めたのか…。」
夏牙にしては珍しい判断ではあったが、自分に都合が良かったため、深くは考えなかった。
「ばっかじゃねえの!何年言ったら分かんだよ、夏牙ぁ。」
古ぼけた木枠に和紙が貼られた扉は、薄っすらと月光を通し、香路島の黄緑の瞳を浮かび上がらせる。
「もっと、…頼るようにしろ。もう俺達は餓鬼じゃねぇ。」
泣きそうに顔を歪めた夏牙。そして、
「嬉しいけど今なんか絶対違うこと言おうとしてただろお。今言ったの予備の言葉くらいの立ち位置だろお〜。あー、悲しいよお、香路が俺になんか隠してるう。」
「うぜえ、うるせえ、うぜえ。お前本当に三十八なのか?」
寝ている三人に配慮した音量でおんおん泣き真似をし始める夏牙に、香路島は羽交い締めを極めた。
「リュマァ…心配なんだ!ッテ言いタカったノかな?」
曙はうんうんと首肯して、
「ありそうだなあ。心配掛けさせるな、とか。」
「そういう上から目線なやつならば言えるだろう。そうだな、置いて行かないでとか。藤ノ舞成、答えは?」
「あの顔は"もっと自分を大切にしろ"だね。」
「めめなあ。」
「ははっ、もなももの言う通り可愛らしいお願いだな。」
「おい、もなももと新月ぶっ飛ばすぞ。」
香路島の眼光に頓着せず、曙は目を丸くした。
「"もっと"までは言えたのか、お前にしては頑張ったな。」
「神経毒刺してやる…!」
羽交い締めを難無く抜け出して、夏牙は香路島の頭を撫でた。
「ありがとお、香路島。みんなも、心配してくれてありがとうなあ。…確かに、俺一人じゃあ、地下まで行って愉愉君を無傷で連れ帰るってのは、難しいと思ってた。…、手伝って欲しい。」
「…恩返しには、ならないかもしれないが。」
ぽつりと漂う曙の言葉を、夏牙はぱっと笑顔を咲かせて、すくいひろった。
「俺は、何もしてあげられてないよ。みんなから沢山、沢山、貰ったんだあ。」
真夜中でも、彼は太陽だった。
「君達が幸せに生きることが、俺の、何よりの幸せさあ。」
暗闇を生き抜いた彼等にとって、その女郎花色こそが太陽だった。
「…行こっか、一人欠けっぱなしなんて、らしく無いや。」
藤ノ舞成が笑って先に外へ出る。皆がすぐに続いた。
新月の暮らした場所、藤ノ舞成と香路島の忌み地、夏牙の師匠と子供達の敵のところ、華普と一助の館へ、一行は歩を進めた。
「シャディ、歩いテ行くノ?鵺破ダケもなももに連れてっテ貰っタラみんな怒ル?」
夏牙が間の抜けた面で振り返った。




