無双がフタリ㉟
<21 朔の妹>
新月の妹ならばと、夏牙は彼女を家に入れたが、皆のいる居間に少女が入った途端、藤ノ舞成と香路島が間髪入れず立ち上がった。彼等の手には懐に常備している小刀が一対。
「おいおい…。」
二人の警戒心の強さには慣れた夏牙だが、これは流石に慌てる。しかし、当の少女の方は、当たり前の反応だと言わんばかりの表情だった。
彼女は正座し、面食らう周りを気にせず、手と額を床に着けた。
「まず、お詫び申し上げます。」
くぐもった声。初対面では無い食百は、もう彼女には会えまいと思っていたのか、ぽかんと見詰める。
「食百さんを利用して、皆様の情報を搾取して申し訳ございませんでした。並びに、華普と一助に関しましても、私めの方からお詫び申し上げます。」
小刀を握る香路島の拳に力が込もる。
「香路島殿と藤ノ舞成殿のことについても遅ればせながらお詫び申し上げます。両親が大変ご迷惑をお掛けしました。」
「香路、こいつ人質に使お。」
「勿論。わざわざ箱入りお嬢様が、丸腰でここまで来てくれるなんてな。」
「やめて!おねえちゃんはわるくない!新月がげんきかしんぱいだっただけ!それに、ゆゆのことは、おねえちゃんじゃないじゃん!」
食百が香路島の足にしがみついたが、彼は片手で剥がした。
「俺からも頼む。妹は傷つけないでくれ。」
そう言ったのは、新月である。
少女が初めて動揺のようなものを見せた。藤ノ舞成と香路島は同時に顔を歪める。
「はあー、マジで言ってんの?」
「ああ。それとは別の話になるが、人質にする案はあまり良く無いだろう。大方逆上される。」
藤ノ舞成の舌打ち。それが合図となり二人は構えを変えた。捕獲や殺傷目的では無く、攻撃を防ぐための構えだった。
見抜いたのか、少女が顔を上げる。
「許して頂けるとは思っておりません。しかし、今から申すお話を信じて頂きたいのです。」
鵺破が腰を上げ、少女に席を譲った。香路島の制止に手を振ってから、彼女の肩を摑み、
「鵺破ハ鵺破。貴女の名前ハ?」
「華読と申します。」
「華読、この子ハもなもも。」
華読は鵺破の赤い瞳を見、もなももを見た。
「…もなもも。美しい御名前ですわ。」
「でしョ。この子は貴女ノ頭に入ったヨ。安心しテ。終われバ出ルし、遺ラない程度の大きサだから。だけド、嘘は分カる。理解出来ル?」
「はい。本当のことのみ申し上げます。」
鵺破は笑顔で頷き、続いて食百と頭兜に、
「華読にお茶出スから、二人デ準備しテ。頭兜、分かったネ?」
暗に、ゆっくりやれと指示している。頭兜は神妙そうに頷いた。幼い二人には辛い話になる可能性を配慮したのだろう、と夏牙は感嘆しながら、自分の考え不足を痛感した。
「それでえ、何の話かな。」
正面に座った夏牙が尋ねると、少女は、あどけない紺青色の瞳に預言者じみた超然とした力を漂わせ、告げた。
「愛受取殿の…ここでは愉愉と名乗っていらっしゃる方のお話です。」
「あじゅしゅ?何だ、その呼び名は。」
華読は質問した曙に顔を向けた。
「愉愉殿は、元の世…日本国では依土愛受取と名乗っていらっしゃいました。」
「だから何?私のパパとママが盗ったよって、自慢しに来たの、華読お嬢様ぁ?」
「…食百さんに接触を図ったのは、両親が異界の行き方を見つけてしまったからでした。私の力不足で、愉愉殿をここにお連れしてしまうこととなり申し訳無く存じますが、しかし、まだ引き返せます。今日は、それを伝えに参りました。」
「前置きは嫌いだ。早く結論を言え。」
少女は一歩下がり、ぎょっとした夏牙に構わず、また額を畳に着けた。
「…どんな情報でもお渡し致します。だからっどうか、御力添え願います…。」
「何に手を貸せって?曖昧なのは止めて。」
藤ノ舞成は土下座されてもなお、ばっさりとした口調だったが、華読の方もそれでもなお引かなかった。
「両親は愉愉殿で、新月殿を殺そうとしています。それを止めるのを手伝って頂けませんでしょうか。」
"新月殿"と呼ばれた兄の目が揺れた。夏牙は少女の隣に移動する途中で、彼の頭を撫でた。
「華読君、止めるってどうやって?」
「明日、私が二人に料理を振る舞います。その料理に睡眠薬を盛ります。皆様にはその隙に愉愉殿を保護して頂きたいのです。」
「愉愉君は、無事なんだね?」
「…正直に申し上げると、確証はありません。家に知らない気配が急に現れ、地下の両親の研究部屋に移動しました。出掛ける前も、地下から気配を感じましたが、仮死状態でも気配ぐらいはありますし…。」
夏牙は頷いて華読の肩に触れた。
「分かった。来てくれてありがとう。必ず愉愉君は助けるからあ。まず、家の間取りを描いてくれないか。」
「はいっ。」
用意した紙に華読が描き始めるのを尻目に、頭兜と食百を回収に行く鵺破。新月は紙を覗き込んで呟いた。
「引っ越したのでは無かったのか?」
一拍あってから、妹は答えた。
「すぐに、戻りましたので。」
新月から昔聞いた話では、彼は邪物に道を迷わされて、帰ったときには家はもぬけの殻だったそうだ。つまり、新月が家を失ったと思って去ったすぐ後に、両親はそそくさと帰ってきたのだ。香路島が鼻を鳴らす。
「ね!ほらね!おねえちゃんはいいひとでしょ!」
「…食百さん、いいこと。お姉ちゃんはいい人ではありません。人を見る目はきちんと持たなくては命取りですわ。」
食百に視線すらやらずに言い切る。強がりが上手な子だな、と夏牙は思った。食百に行け行けと指示する。食百は顔を輝かせて華読に突進した。
「おわっ!!ちょっと食百ちゃん!」
「夏牙だよ、夏牙がいけいけってしたの!ねー、夏牙。」
「えー、俺知らなーいっ。」
「ねえねえ、おねえちゃん、やっと"食百ちゃん"っていってくれたね!なんで、さっきまではずうっと"さん"だったの?」
少女の目に動揺が走り、僅かに年相応な表情が透けて見えた。
「食百、その人本当に大丈夫なのか?」
「だいじょうぶだよ頭兜、だいじょうぶ!おねえちゃん、ほら前いってた頭兜だよー。」
頭兜はじいっと華読を見てから、ぱっと顔を緩め走り寄った。
「やあが頭兜!かどくって、どんな字?」
「おい頭兜まで近づくんじゃねぇ!おーいっ、食百!頭兜!」
「やれやれだね〜。食百、頭兜。そいつはボク等と新月と愉愉の敵の愛娘だからね。」
「しってるもんねーー!」
「やあ人を見る目あるもーん!香路と藤の方、人を見る目無いね!」
「ちょっ、お二人ともそんなこと…!」
華読に左右からそれぞれ抱き着いた年少組に、鵺破ともなももは覆うように華読に乗っかって参戦した。
「本当ダヨ!曙もほらホラおいデよ!夏牙も大丈夫って言ってルじゃン!」
「い、いやそれはそうだが…。」
渋る曙と、憮然とする藤ノ舞成と香路島に、頭兜は歌って見せた。
「びびり〜、目ぇ節穴〜、脳味噌無し〜。」
「え、頭兜!そんな言葉何処で覚えた!」
「香路。」
「おい香路島!」
保護者による指導が入る中、にやにやして新月が野次を飛ばした。
「もっと言ってやれ頭兜。」
「ちょっと兄様(まで、っ!……。」
華読は瞠目したが、新月は何処と無く満足気だった。
「おふざけお終い!明日なんかやるんだろ。さっきお茶のついでに、やあ達ご飯軽く作ったから、それ食べてお風呂入って早く寝なさい。」
「頭兜がさっきまで一番ふざけてた癖に。ご飯ぼくの嫌いなやつだったら怒るからね。」
「そう言うと思って作ったから安心しろって。食百ー、配膳。」
「そうだ、わたしたちお茶もってきわすれてる〜。」
その日は、華読も夕飯を共にした。夏牙の笑い声がいつもより大きかったことを、彼女は知らない。
風が障子を揺すった。




