無双がフタリ㉞
<20 天使の残像>
自分達は薄情かもしれない、と香路島は思った。
小刀の捜索範囲を広げた辺りで曙が、小刀を見つけたときに新月が戻って来た。曙によれば愉愉を迎えに行った新月が一人である時点でおかしいとは思ったが、曙が来た後で獣の叫び声が聞こえたから、愉愉がまた一片付けしてるのかとも思えた。だが、新月の口から聞いた現状は予想を遥かに上回った。
愉愉は、消えたらしい。
それでも、香路島の表情は大きく動かない。驚きはするが、我を失う程の動揺は無い。藤ノ舞成も"大事だね。"と緊迫感の欠片も無い声色で言い放っていたし、曙も冷静に状況を確かめていた。
「間違い無く華普達の仕業なのか?」
「気配は俺の記憶通りだった。それに、愉愉の反応も、知っているものだと気付いた感じだった。」
「扉型の文様なら、対象を移動させるものだ。拉致したのか?だが、今まで殺そうとすらしたのに、何故拉致したのか。」
香路島は顎に指を当てて、
「あいつ等は新月も狙ってんだろ。愉愉を使って新月を誘き出そうとしんてじゃねぇか?」
「愉愉を洗脳させられれば、再生する新月相手でも殺しようがありそーだしね〜。」
「もしくは単に、愉愉を人質にして新月に言うこと聞かせる気かもな。」
新月は軽く頷く。
「有り得そうだ。俺を殺すのは一苦労だから、封印に近い形が最も手っ取り早い。そうなると香路島の言うような人質にする線が濃い。」
「兎に角、一旦帰ろう。想寧の状況が気になる。」
「そうだね。」
傾いた夕日で、びろんと四人の影が、血塗れの土の上に伸びていた。
○
想寧神社に着いたのは、夕と夜の境界が曖昧な頃合いだった。
「シャディ。」
想寧神社では鵺破ももなももも怪我が治ってケロリとしていた。愉愉の話を聞いても、目をちょっと丸くしていつもの台詞を言うだけだ。しかし自分も同類だし、そもそも彼等の神経の図太さは初見から分かっていたため、藤ノ舞成は驚かない。
そして、夏牙が目元を覆って黙りこくるのも、彼には想定内だった。想寧神社の成人組がぞれぞれの場所に置いてきたものを、夏牙は抱え続ける。
師匠と相反する思想だろうと、彼の庇護下で成人した全員がそれを失っていようと、捨てられないのか、捨てないのか、藤ノ舞成には分からなかった。
「…ごめんなぁ。危険な目に遭わせてごめんなあ…。助けられなくて、ごめんなあ…。」
「夏牙!夏牙!だいじょうぶ、ゆゆゆは強いでしょ。香路がいったみたく、あっちで生きてるよ。生きてたら、どうにかなるものなんでしょう?」
繋ぎ止める様に食百は夏牙の腕を摑んだ。痛いだろうに、一瞬眉を歪めただけで彼は一切止めなかった。頷いて、抱き締めている。
"助けられなくて、ごめんなあ…。"
勘違いもここまで来ると面白いものだ、と藤ノ舞成は思った。ここにいる全員が、いや、もっともっと多くの人々が、この人に助けられている。
「…、今日は遅いしみんな疲れただろう。ゆっくり休んで、愉愉のことは明日から考えよう。」
口を挟もうとした曙を制した香路島は、ちらと藤ノ舞成を見る。彼は従兄に微笑んでみせた。
この愛する恩人を、長い間見てきたのだ。気づかぬ筈がない。
「そうだな。飯食ったら寝るよ。」
「今日ご飯どーしよっか?その前にお風呂だね。」
ぼうっとしている新月に、活を込めた蹴りを入れてから、着替えを取りに行こうとしたときだった。
こん、こん、こん、こん。
直ぐ様香路島を見た。彼もこちらに視線を向けていた。匂いが妙だ。まじないか何かで消していると藤ノ舞成は予想した。
「こんな遅くに誰だあ?」
夏牙が立つ。こんなとき頼りになるはずの五感お化けこと新月は、まだ寝起きの様な顔だったから、出るしか無いと判断したのだろう。曙がさっき直した薙刀を手に後をついていく。
夏牙は曙を後ろに下がらせてから、勿論曙は抵抗するがそこは強引さを発揮して、夏牙は扉を開けた。
「夜分に、失礼致します。」
立っていたのは年端のいかない少女だった。外套の頭巾で目が隠れ、小さく白い顎と、軽く波打つ金茶の髪が際立つ。
「内密に申し上げたいことがございます。中にお通し願えませんか。」
風で頭巾が持ち上がる。一瞬だけ少女の瞳が見えた。紺青色の瞳が。
"もう少し茶色い方が綺麗だ。"
「もしかして君は…!」
「華読?」
気付くと、隣にきょとんとした表情の新月がいた。声が聞こえたのだろう。
「…あ、…。」
少女は新月の登場に目を見張って、しかし声が言葉を形作る前に俯く。代わりに彼女が口にしたのは、型通りみたいな文字だった。
「お久しいですわね…。」




