無双がフタリ㉜
<19 テンシ・アクマ>
「お目覚め?」
愉愉が目を開けたとき、目の前には女性がいた。五十歳手前に見えるが、もし三十路でも驚けない様な、そんな妖艶さのある女性だった。
流麗にカーブした黄金の髪を上でまとめ、花紺青色の瞳を向けて来る。
「覚えのある神降ろしの力の気配ですね。」
「おや、あなたに覚えて頂けてるなんて光栄よ、愛受得。」
女性の唇が弧を描く。その冗談は、こちらにとって冗談として一蹴出来るもので無いと知っていて、その上でこんなことを言うのだろう、と愉愉は嫌になった。
愉愉は敬語を取っ払い、椅子に座しているのをいいことに、足まで組んだ。
「はっ、その名ぁここでは初めて聞いたぜ。…ねぇ嬢ちゃん、何処まで知ってるんだい。」
「"嬢ちゃん"とは、久方振りに呼ばれたな。」
華奢で色白の子供が、対峙する三、四十は年上の女よりも、妖しげな微笑みを浮かべる。見た目と仕草のちぐはぐさに、華普は軽く笑い声を上げた。
「愛受得、この名を余程隠していたと見える。」
「隠してはねぇが、言いふらしてもねぇかんな。元の世界で大人しくしてたときの名だ。」
「"元の世界"とは日本国のことか。私の夫が行ったよ。世界の行き来とは、面倒な作業だったが、幸運にも親戚に骨組みだけなら造っているところがあってな。それを私等に教えた者共は、全員が息子に殺されたらしいが。
おや、蛇足をすまなんだ。それだから、お前のことなら知っているさ、ぜぇんぶ。」
二つの小さな暗闇で、その暗闇の持ち主が今まで見てきた全ての色が廻っていく。華普は笑みを強めた。
「それを使って私を自害させる気か。しかし、私が死んでいいのかい?」
「あ゙…?」
「私が五分内に退室しない場合、想寧神社へ大量の邪物が向うがね。夫にちゃんと頼んである。言ったろう?お前のことなら知っている。準備しない訳なかろ?」
人離れした双眸から、急速に光が消える。残ったのは、ただの、対抗する手段を失った十五歳の子供の様な目だった。
「哀れよの…。すまないとは思うが、私等は愛娘につつがなく族長の座を継がせたいのだよ。」
眇められた花紺青色の瞳。愉愉は、思わず吹き出した。もっと青い方、好きだ。
「心中お察しするぜ。ま、どーせオレもあいつ等にちょこっと惚れただけの、通りすがり③って感じだしな。」
嘘で固めた笑顔を浮べ、愉愉は考えていた。彼等に惚れたのは、本当にちょこっとだけ、なのか?
多分、違う。
「良い来世を。」
だって刀を振り下ろされている今、こんなに彼等のことを想っている。
愉愉は、微笑んで呟いた。
「余計なお世話。」
血飛沫が女を汚す。
「一助!処理をお願いね。」
「ああ勿論。あの壺に入れるんだね?」
「そう、重しを一応置くこと。」
「ああ勿論、華普。」




