無双がフタリ㉛
<18 天使の消失>
新月が気付いたときにはもう、岩も邪物も消えていた。跡形も無く。怪我さえも、直していないのに、すでに完治している。
「おい!お前等生きてるか?」
香路島が藤ノ舞成で無く"お前等"と呼び掛けたことから、新月は藤ノ舞成と香路島の無事を理解した。戸惑った声だが、曙も返事をする。
「私は平気だ。怪我さえ治っている。」
「俺だけで無いのか。俺だけならまだしも、曙も治るとはどういうことだ?」
「分かんねぇ。兎に角、想寧神社に帰ろう。あいつ等が心配だ。」
曙と新月はにやにやして年上の同僚を見る。
「"心配"か。扱いが雑だが、お前も夏牙が好きだな。」
「私が来て早々は、夏牙に隠れてずっと問い詰めていたしな。"夏牙に怪我させやがって、何があったんだ!"って。」
「怪我が心配だが夏牙自身には何も言えなくて、その香路島を見た藤ノ舞成が、何故か俺に聞きに行かせたんだ。」
「それが今じゃ"心配だ"なんて言えるようになったのか。良かったな。」
「ぶっ飛ばすぞ、てめぇ等。」
にやにやしたままの二人と、一触即発の空気の香路島だったが、藤ノ舞成の声で彼はぽいとその空気を捨てた。
「香路い、なんか刀一個ないよ〜。」
「分かった、一緒に探そう。」
「何故藤ノ舞成にはあけっぴろに優しく出来るのに、夏牙には出来ないのか。」
「藤はあれだろ、従弟割。」
「そんな割引があったのか。興味深いな。」
「私も今日初めて使った。」
「興味深いな。」
新月はそう言ってから、藤ノ舞成の小刀探しを手伝うか、と周りを見渡す。と、そのときに聞き覚えのある足音が聞こえた。
「っ、愉愉だ。曙、俺は愉愉を迎えに行くから。」
「は?愉愉?」
曙が聞き返したときには、彼は去った後だった。
新月は走りながら恐怖に苛まれていた。華普達に愉愉は狙われている。そして香路島の考えだと今回の邪物発生は華普達の仕業。そして、愉愉は今ここに向かって来ている。
「…!愉愉!」
だから、その姿を見つけたときは心の底からほっとした。愉愉も、新月を見てほっとしていた。二人共が速度を緩め、手を伸ばせば届く程の距離で止まり、互いの無事を確認して、微笑みが溢れ。
愉愉の姿がぶれた。
「え。」
愉愉は己の足元を、そこにある地獄の扉の様な文様を、開き切った目で見詰めている。その口から、ぽとりと落ちた呟き。
「これ、もしかして
その続きが言葉になる前に、愉愉は消失した。
「は…、」
愉愉は、華奢な黒い服の姿は、何処にも無い。新月の嗅覚でも聴覚でも追えない距離にいることだけは確かだった。
もう一つ確かなことがあるとすれば、これは華普と一助の仕業だろうという、それだけだった。
碧い双眸の獣の咆哮が、夕日で紅緋に汚染する空に響く。




