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無双がフタリ  作者: 片喰
3/49

無双がフタリ③

<3 天使の手札と想寧神社の手札>

「藤ノ舞成、香路島も、お帰り。仕事はなあ、今そう無いからこっちでさばけるが。」

 愉愉の返答に唖然とした香路島の前に、呑気な調子で現れたのは夏牙だ。彼の肩には千歳緑色の姫カットの少女が、絶賛乗車中であった。後ろには曙もいて、彼女はカフェオレ色のボブに日焼けした肌の少年と手を繋いでいる。少年も少女もここに引き取られた子供らしかった。

「別に仕事で来たんじゃねえよ。…曙達に話があって。と言うか、それより何この黒髪の奴。」

 愉愉相手より随分砕けた口調で、香路島は主張した。が、夏牙は、

「「遅れてやってきた羊さん〜、雀さあんに言いましたあ。」」

 少女と歌いながら手遊びをしていた。

「夏牙あッ!聞いてんのか!」

「わたしもまあぜて雀さん。」

「いやいやぴーちゅぴ!」

 聞いてなさそうだった。

「アルプス一万尺みたいなもんですね。懐かしいです。」

「それは何だ?」

「アルプースいち万じゃーく、てやつです。」

 少し手を動かして新月に説明する愉愉。と、曙と繋いでいた手を放して、少年が愉愉の前に仁王立ちした。

「おいおい!こん人だれだあ?」

「こんにちは、お邪魔しています。ボクは愉愉といいます。あなたは?」

「…。頭兜(どと)!」

「おい、よく分からん相手にホイホイ自分の名を言うな。いつも教えてんだろ。」

「やあちゃんと相手を見たよ。香路(かじ)そんなだと夏牙にしかられるぞお!」

「生意気餓鬼が。」

「香路止めろ。なあ頭兜、香路みたく口悪くなっちゃあ駄目だぞ?」

「はーい!」

「香路悪いお手本にされてるぅ、あはは。」

 屈託ない藤ノ舞成の笑顔に、毒っ気が抜かれたのか、香路島はべっと舌を出すだけで夏牙に特に何も言わなかった。

「頭兜さんは何歳なんですか?」

「八!」

「まだ七つだろ頭兜お〜。」

「やあめーて、夏牙あー。」

 夏牙は笑って頭兜の頭をわしゃわしゃと撫で回す。やめろと言う頭兜もその顔は嬉しそうだ。二人によくあるじゃれ合いなのだろう、と愉愉は思った。

「わああああああ。」

 とたたたた、と少女が彼等に突進し、夏牙はもみくちゃにされながらも笑顔で少年と少女を撫でた。曙はそれを微笑んで見ている。

「ゆゆゆゆ、ね、ゆゆゆゆ。そのお服おもしろいねえ。」

 夏牙の首を絞めながら、少女はにっこり愉愉を見た。

食百(はも)…!ぐ、苦じい…から、放っ!」

「わやややっ!ごめんなさい。」

 食百という名前の少女は、びっくりした様子で夏牙の首を解放する。ぜえせえと夏牙が息を整える音がしばらく続いた。

「ごめんなさい夏牙あ…。だいじょうぶ?」

「へぇ…へえき…、へえき。エホッエッホッ!」

「へーきじゃないじゃん!」

 頭兜の正し過ぎる言葉を夏牙は頑として肯定しなかった。黙って、と言う様な目で頭兜へ、にいと笑いかけながら、

「平気だあ、平気。」

 心配掛けたくないのは分かるが、後数秒遅ければ失神必須だったろうに、と愉愉は思う。だが他人の方針にとやかく言う性格ではないので触れることは無かった。代わりに、愉愉は少女に話し掛ける。

「こんにちは。お名前を聞いても?」

「…食百。4さい。好きなのはりんごでね、あとね、お花も好き。でもね、わたしおてんとさまはね、あいしょう?が、わるいから、だめなの。だからね、お月さまとはね、なかよし。」

「そうなんですね。ボクも花は好きですよ。」

「りんごはあ?」

 すすーと愉愉の目が逃げる。

「いやあ…トラウマがですね、ありまして。」

「とらさんとうまさん?」

「いやあ…うがわはあ!ってやつです。」

「何言ってんの愉愉。」

「七歳とは思えぬ鋭さのツッコミですね。」

「八つだって、やあ八つだあ!」

 地団駄する頭兜に、呑気な愉愉は尋ねた。

「さっきも思いましたが、"やあ"と言うのは一人称なんですか?」

「いちにんしょーって何?え?"ボクはボク"?あー多分そう。やあ、ここらへんの生まれじゃないんだ。」

 彼はさらりと、こう続けた。

「やあ捨てた人は、遠くに住んでるから。」

 愉愉が何を思ったのかは、新月達には分からない。愉愉はただ、澄んだ伽羅色の瞳を眺めていた。頭兜は、愉愉の雰囲気がなんとなく変わったのを感じたらしく、小首を傾げる。それを見て、愉愉は口元を緩めた。

「そうなんですね。」

「?うん。」

「よしよし、紹介も済んだことだし愉愉、ちょっくら付き合ってくれ。」

 夏牙の呼び掛けに、立ち上がりながら、

「何にですか?」

「何、ちょーと描いて貰いたいだけでな。」

「それならなんでも描きますよ〜。何を描けばいんですか?」

 "描いて"という言葉だけで目を輝かせた愉愉に、少々申し訳なく思いつつ夏牙は説明した。

「いや絵じゃなくて、図と言うか。これを描いて欲しいんだよお。」

 彼が着流しの懐から出したのは手のひらくらいの紙だった。黒の線と円と少しの文字によって出来た不思議な紋が描かれている。

「…。」

 愉愉はじっと夏牙を見詰めた。その真剣な眼差しに、夏牙は緊張を覚えた。

「これ…。」

「何か、感じたのか?」

「これあるなら、ボク描く意味なくないですか?」

 暫し沈黙。そして夏牙が長ったらしいため息を吐き散らした。

「俺の緊張を返せー。」

「だってそうでしょ。意味あるんですか?」

「あるある。これはだたの模様じゃあ無いんだ。ええっと、何から言うべきだ?」

 夏牙は女郎花色の目を天井へ向けて少しの間考えていたが、すぐに愉愉に向き直って、こう切り出した。

「まず、この世には神降ろしの力を持った者が大体二十人に一人いる。神降ろしの力と言うのは…ううんと、手紙を送ったたり身を護ったり戦ったりするとき使うんだが、まあ、そのうち分かんだろ。とにかく、その紙の模様は神降ろしの力を込められていてな、邪物が触れると気絶するんだ。だが本来なら触れなくても、それの近くにいる全邪物に効果があるはずなんだよ。」

「さっき邪物さん沢山いたんじゃないんですか?」

「本来はって言ったろお?それを描いた奴…、まあ俺なんだが、俺は神降ろしの力があるにはあるが弱くてな、効果が低い物しか作れない。だがここは神社だ。この通り子供もいる。だから通常なら誰か神降ろしの力が強い人に描いて貰うんだ。そうして邪物の侵入を防ぐ。」

「さっき邪物さん沢山いたんじゃないんですか?」

「だあかあらあ、通常つったろお。我等が想寧(そうねい)神社は神降ろしの力が強い人の伝手が皆無なんだ!だから、ここには邪物が入りまくる!」

「それってやばいんですか?」

「当たり前だ。」

 夏牙は深く頷く。今までの苦労と悪戦苦闘した過去が透けて見える様な深さだった。

「なるほど。じゃあやばいじゃないですか。」

「そうだ。だから愉愉君にこれを描いて貰いたいんだ。」

 真っ直ぐに見詰めてくる夏牙に、愉愉はひょいと片眉を上げて応じた。

「つまりボクにその神降ろしの力があると?」

「強いやつがなあ。」

「なんで最初は何も言わなかったんです?」

「俺は最初、気ぃ付かなかったんだ。だか曙が愉愉君に会った後、俺んとこ来て、確かめた方いいんじゃないかってな。曙は俺と違って敏感だから。」

「なるほど。試してみますけど、本当にボクにそんな力あるかは分からないですからね。」

「それを確かめるためだ。」

 愉愉は浅く頷き夏牙から紙を受け取った。紋が描かれたものと、愉愉がこれから描く用のものの、二枚。愉愉は座布団は使わずに机の前に腰掛け、模様を書き始めた。

「ゆゆゆゆ、お絵かき上手なの?」

「…好き、と言った方が正確ですかね。」 

「でもね、ゆゆゆゆのかきかた、すっとしててね、迷ってないの、ぜんぜん。」

「…好きで描く内にちょっと慣れたのかも。」

「ね、ね、それかいたら、お花もかいて?」

「そりゃあいいですね!こーゆー図形っぽいの楽しくないし下手なんですよ。花とかの方断然やる気出ます。」

「楽しくなくて悪かったなあ。」

 食百の言う通り、愉愉はすらすらと描いていく。夏牙はその手元を見ながら、駄目だったかな、と思った。人によるが、この手の紋は半分以上出来たら神降ろしの力が少しずつ現れるものだ。だが愉愉の描くものからは感じない。この子には神降ろしの力が無いのか、じゃあ普通にここに住めと言うのがいいか、と夏牙が考えていたそのとき、つ、と夏牙の着流しの袖を鵺破が引いた。彼女は夏牙の耳元に口を寄せ、愉愉に聞こえない様囁いた。

「もなももが、反応しテる。」

 ちらっと見やると確かに、もなももがじぃっと愉愉の手元を見ている。それは一種の信仰の様に、夏牙は感じた。

 "何か、不思議な感覚がした。あの者は、何者なのだろうか。"愉愉に会ってすぐ夏牙の部屋に来た曙は、そう言っていた。この子は邪物に好かれる体質なのか、と夏牙は思案し、

「!」

 愉愉の背後に立つ新月の表情に、彼は漸く気付いて、ぎょっとした。

 普段何にも関心の無さそうな瞳が、今はとろんと、しかし明確に愉愉の手へ向いている。崇拝する様な、敬愛する様な、目。

 違う駄目だ待て、と夏牙は叫びたくなった。君は邪物では無い、と。

「…っ。藤、下がって。」

 香路島の声に夏牙は我に返った。藤ノ舞成が香路島を引っ張りながら、愉愉から離れる。曙は子供達を下がらせ、夏牙に耳打ちした。

「離れて、あの子は、何か、」

 もう完成に近くて、鈍感な夏牙にも、ソレはひしひしと伝わる。

「異常に、思えて…。」

「出来ました。」

「愉愉、見せて欲しい。」

 新月が愉愉により近づく。愉愉は彼に紙を渡そうとしたが、それより速く香路島の声が飛んだ。

「新月!」

 ゆっくりと新月は目を閉じ、そしてゆっくり開いた。瞳にあった光が薄れ、間もなくいつもの目に戻った。それから彼は、香路島に顔を向けた。

「何だ。」

「…もう、なんでも無い。」

「そうか。」

「愉愉君。今何か、した?」

 夏牙の問いに、愉愉は戸惑った声で、

「何かってなんです?」

「紋の力が、…、落ち着いた。」

 新月やもなももを異様なまでに惹きつけたときより、力が弱まっていた。だが弱い、と言う程弱くなく、平均から考えたらむしろ強い。落ち着いたと言うのが多分合っている、と夏牙は感じた。

「…なんか、これじゃ不味いんじゃ、とは思いました。」

 夏牙は愉愉の目を真っ正面から、見詰めた。漆黒の双眸。色に似合わぬ柔らかさと、色以上の強さ。

 夏牙は、笑みを漏らした。

「そうか。ありがとう、愉愉君。それ、貰っていいか?完璧な仕上がりだあ。」

「どうぞ。えっと、てことはボクに、名前忘れましたけど、力あったんですか?」

「たあんと。…どうだろう、定期的にこういうの描いて貰う代わり、ここに住むっていうのは。つまり、これが家賃代わりってことだ。…どうだ?住む?」

 愉愉は細い人差し指を顎に当てて、ちょっと考え込む。すぐに、黒い両目は夏牙に戻った。

「お願いします。」

 途端、香路島が片目を眇めたが、夏牙は気付かないふりをした。

「よしっ決まりだな。じゃあ俺は御神木にこれ付けて来るから。」

「同行する。」

「やあも!木ぃ様に会いに行く!」

 立ち上がった夏牙に曙と頭兜が続く。部屋には愉愉、新月、鵺破、藤ノ舞成、香路島、食百の六人が残った。彼等は夏牙達が戸を開けて閉める音が聞こえるまで黙っていた。

 音が消えてから香路島が口を開いた。

「君、ここ住むの?」

「住むとこ、無いですもん。」

 香路島は鼻を鳴らす様に息を吐いて、愉愉の目の前に腰を下ろした。愛想笑いが消え、鋭利さが丸出しになった、目。

「お前はさ、ここを、ここにいる奴等のことを、知らな過ぎる。」

「初対面ですから、そりゃ。」

 香路島はまた、息を吐いた。

「ここは、誰もがお手上げの奴等しかいない。俺がいい例だ。俺は、人を殺したことがある。」

 愉愉は、戸惑って瞬きした。と、藤ノ舞成が香路島の横に立ち、

「ぼくもそうだよ。」

「新月は大量に邪物を食って、邪物として登録されてる。曙は餓鬼の頃から邪物を殺し、邪物の被害者から大金を巻き上げてた。鵺破はご覧の通り邪物のもなももと仲良し。」

 香路島は一息でそう言った。と、食百が彼に近づき、

「香路、わたしもいいよ。」

 つ、と彼は少女を見やり、それから愉愉に目を戻した。

「食百は吸血鬼病で、夏牙に噛み付いたこともある。」

 突き刺す様に、彼は愉愉を睨みつける。

「それを踏まえてもう一度答えろ。お前はここに、住むのかあ?」

 彼の鋭く低い声に、愉愉はしかし、くすりと微笑んだ。香路島が首を傾け愉愉を見下ろす。

「これ、脅しじゃないから。」

「えっ?ああ、分かってますよ。と言うより、脅しでもホントでも構いません。どちらにせよ住まわせて頂きたく存じます。」

 にっこり、愉愉は笑む。窓から差す午後の日で、黒髪はきらきら輝き、瞳は柔らかく辺りを照らした。同じ光を背負った香路島は、机にどがりと肘を置く。

「…お前、何考えてんの?」

「食百さんに描く花、何にしよっかなって。」

「聞き方を変えよう。さっきの話聞いて、どう思った?」

「どうって、難しいこと聞きますね。」

「恐怖?嫌悪?興味?困惑?忌避?」

「困惑、ですかね。香路島さんの言うこと、情報量少ないんですよ。それに至った経緯分かんないですし、もしかしたら香路島さんの勘違いかも。もしくは香路島さん、嘘ついてるかも。ね?今のボクにとって、確かと言える皆さんの情報は、話してて感じた雰囲気、それだけなんです。あ、お気に触ったらごめんなさい。聞いたもの全部嘘だと思ってる訳では無いですよ?ボク出来悪いんで、表面だけで判断しないよー気を付けてないと、ぼろぼろ見落としちゃうんです。だから、香路島さんがさっき言ったことには、特に言えること無いです。」

 その場に、沈黙が満ちた。藤ノ舞成と香路島が目を合わせ、鵺破が小さく口を動かし、もなももがそれに頷いた。

「かじ!ねっほら、ねっ?」

 ぴょん、と食百が跳ねた。嬉しそうで自慢げな笑みを満面に浮かべている。

「わたしの思ったとおり!ゆゆゆ、ここ住むんでしょ?いいでしょかじっ?」

 香路島はうざったそうに舌打ちで返す。それまでずっと黙っていた新月が、軽くため息を吐いた。

「確かめる必要無いだろうに。」

「お前の主観なんぞ知ったこっちゃねぇよ。」

 なるほどな、と愉愉は苦笑する。

「ボク、試されてました?」

 新月は愉愉に頭を下げた。

「すまなかった。だが下手に止めるより香路島が愉愉のことを自発的に認めた方が、上手くいく気がした。愉愉ならば、認めさせられるだろうとも思った。」

「なるほど。このくらいで出てくなら最初から住むなってことですね。」

「一応言っておくけど、さっき言ったことは全部本当のことだからな。」

「さっき言った通り嘘でもホントでも構いませんよ。」

「ゆゆゆゆ、お花かいて。かいてくれるんでしょっ?」

「どんなのがいいですか?」

「かわいいの!」

「うーん、パンジーにしときますか。なんかあれ、性格良さそーだし。」

「わあああいっ。」

「愉愉、最も重要なことを言う。耳ん穴かっぽじって良く聞け。」

 今日一番に殺気立った香路島に、愉愉は飄々と返す。

「耳の穴かっぽじるのはしませんけど、まあ、ちゃんと聞きますよ。なんです?」

「藤ノ舞成に何かしようとしたら、必ず報復する。嫌なら馬鹿なことはするな。」

 彼女が睨まれたのではないのに、食百はびくりと震える。愉愉は穏やかに笑ってその頭を撫でてから、香路島に答えた。

「難しいですね。」

「お前にとって簡単なことってなんなんだ?」

 愉愉は小首を傾げる。

「呼吸?」

「それ止めてやろうか。」

「ご冗談を。普通に"何か"って曖昧ですよ。」

「藤を傷付ける何か、だ。」

 くくっ、と愉愉は笑う。

「それも曖昧。と言うか、故意でなくてもボク傷付けまくっちゃいますよ?」

「チッ、生意気が…。じゃあ分かった。何かあったら俺が止めろと言う。それでも止めないなら殴る。それでも止めないなら、殺す。」

「あはは、了解しました。では改めて、今後よろしくお願いします。」

  正座をし、畳に手を付け、愉愉はきっちりとお辞儀した。覆いかぶさる様に食百が抱きつく。

「だいかんげえ、きょうはごちそうにしてやるぞお!」

「それ、夏牙さんの真似でしょう?好かれてんなー、あの人。」

「食百、愉愉が潰れるから退け。」

「大丈夫ですよ新月さん。ボク、チビですけど丈夫なんで。」

「ぱんちー、かこ?ね?」

「それだと誰か殴ってますね。」

「なんでえ?」

 パンチ、と言う言葉はこっちに無いのだろうか?と愉愉は考える。半端な異世界パワーだとも。

「愉愉。」

 食百を半ばおぶった愉愉に、藤ノ舞成が寄る。口の端だけに、微笑みをくっつけて。

「一番重要なことを言うから、ちゃんと聞いて。」

「それ、聞き覚えあります。」

「さっきのより、こっちの方重要。いい?」

 微笑んでいるようで、その実瞳は息をしていないみたいだ、と愉愉は思った。

「香路島に何かしたら、一生許さないから。」

 愉愉は、にやっと笑んだ。さっきのより過激になったな、と。

「さっきと同じ条件でいいですか?」

 黄緑一色の双眸が、愉愉を見詰める。愉愉も黒いそれで返す。

 やがて、彼は頬を緩めた。

「うん、いいよ。これからよろしく、愉愉。」

 この二人可愛やばいの最高、と言う言葉を、愉愉は笑顔の奥に隠した。


<4 天使は蝿叩きを買わないらしい>

「もなももお、元気かあ?」

 夏牙達が帰って来て、すぐに夏牙はもなももに尋ねた。

「なあまあっ!」

「元気だっテ。」

「よしよし、愉愉の上手くいってるな。戦闘意識のない邪物にまで効いちゃあ、いかん。」

 そして彼はむすっとした香路島の顔と、にこにこ笑う藤ノ舞成の顔を見、会心の笑みで頷いた。

「ああ、良かったあ。愉愉、ごめんなあ。」

「うわー。夏牙さん、ボクが試されるの勘づいてて、その上で外出たんですか。」

「ごめんなあ。」

「まっ、許可出たんで、結果オーライです。」

「おーらい?何だ、それ?」

 すん、と愉愉は真顔になってぼやいた。

「マジで半端だよな、この異世界パワー。」

「…え?」

 夏牙の顔はちょっと引き攣っていた。と、香路島が、愉愉のぼやき以上に低い声で、

「は?俺許可出して無いけど。」

「「え?」」

 愉愉と夏牙の声が重なる。鵺破も目を丸くし新月は表情は変わらないが探る様に香路島を見る。危惧した通りで呆れる、と言う様に、曙がため息を吐いた。藤ノ舞成は指に髪を巻き付けながら、事の成り行きを静かに見守る。

「おいおいおい香路島、何が不満なんだ。」

「不満って程不満じゃねぇけど、あるでしょ、使い切ろう精神。」

「ボク使い切れませんよー。」

「お前を使い切るんじゃなくて、お前の入居を拒否する俺の権限を使い切ろうって話。」

「なるほど。」

「なるほどじゃねぇよ。そもそも、藤と香路はここ住んでないだろ。拒否する権限なんてあるのか?」

「あんだろ。新月は愛想無いから人の対応任せられないし、鵺破は武器的に建物付近は無理。だからって曙ばっかりに頼んじゃ曙が大変。餓鬼ん世話もしてるしな。要は、藤と俺が働かなきゃ想寧神社はまともに動かないのさ。で、働かせたいなら職場整えな。」

「香路島あ…。」

 眉尻を垂らして夏牙は呻いたが、それ以上何か言って反論することは出来なかった。香路島は彼から、まだ危機感の無い表情の愉愉へ、目を移す。

「独知の地の邪物殺しを手伝え。」

「はあ!?」

 途端、目が覚めた様に夏牙は叫ぶ。がっと、新月が香路島の肩を摑んだ。

「俺がいれば十分だ。愉愉が手伝う必要は無い。止めろ。」

「十分?何をもってそんな自信満々なこと言ってんだ。四ヶ月前から邪物が大量に発生し、今まで四十六人が返り討ちに遭ってる。俺達だって、だから色々考えてたんだろ?」

 夏牙は混乱した顔で二人の間に割って入る。

「待った待て待て待て待て。どーゆことだあ?色々考えてた?は?じゃあずっと前から独知の地行く気だったのか?いつから?なんで?」

「金、足りないんだろ。唯一うちに寄付してくれてた貴族もこの前手ぇ切ったらしいじゃん。独知の地での仕事が上手くいけば報酬として五十万貝塊。かなり助けになるだろ?現に、夏牙この仕事しようとしてんだろ?」

「なんで…!」

 瞠目した夏牙に、曙が肩を縮めて頭を下げる。握った手が微かに震えていた。大袈裟、と言う様に、香路島は目を眇める。

「ごめん、夏牙。夏牙の部屋を掃除していたら、机上の資料が見えて…。独知の地に関するものばかりで、一人で仕事をしようとしているなと分かった。夏牙は強い。でも、あの場所は流石に駄目だ…。…だけど、寄付金が無くなったのも事実。だから、五人ならば出来るかも知れないと思って、そうしたら夏牙は戦う必要が無くなるからと、金も得られるからと、皆に相談した。」

 口をひん曲げて彼は曙のつむじを眺める。が、すぐに静かな表情で、言った。

「…そっかあ。…。ほら、怒ってねぇからそんな顔してくれるな。」

 がしがしと、夏牙は彼女の頭を撫で回した。割合長身の曙でも、夏牙より拳三個程は低く、それだけのせいではないだろうが、愉愉の目には二人が親子の様に見えた。

 散々曙を撫で回してから、夏牙は香路島の方を向く。香路島は曙と同じくらいの身長で、つまり夏牙より低く、彼はそれを誤魔化す様に、顎を上げて夏牙を睨み付けていた。

 夏牙はその目を真っ向から受け止め、そして手を伸ばした。香路島が身構える。

「ッ!!」

 間をおかず、香路島の爆笑が響いた。

 彼は何も面白くて笑っているのでは無い。愉愉にとって中々に面白かったとしても。

 彼の、ずっと続く爆笑の原因は、神妙な顔で夏牙が彼をこちょこちょし続けているからだった。夏牙の顔は、こうするのが当然だろう?と言わんばかりのものである。

 暫くして、笑い方が変になってから、夏牙は手を離す。それでも香路島は彼を警戒して距離をとった。

「何すんだ。」

「自分の心配は自分でやらあ。」

「その言葉そっくりそのままお前に返す!そんな強がってここの金はどっからひねり出すんだあ?一人で行く気か?馬鹿も死ぬんだぞ!」

「一人では流石に行かねえよ。他の邪物殺しの人達と組んでやればいい。」

「この間そうやって痛い目見ただろ!ここは基本的に色んなとこから白い目で見られてるんだぞ?信用なんないね。」

 低い舌打ち。香路島の言うことは彼も心配していたらしい、と愉愉は夏牙の苦々しい表情を見ていた。

「なーんかイマイチ分かんないんで、整理しましょう。」

 ぱちん、と愉愉は手を合わせる。

「まずここは想寧神社と言って、金欠中。でも独知の地の邪物を倒せばお金が手に入る。独知の地は危険で、だから夏牙さんも、香路島さん達も、自分達だけで行こうとしてる。とは言え心配は消えない。そこで香路島さんはボクに声を掛けた。はて、ボクに何をしろと?」

「簡単だ。独知の地で突っ立ったりゃいい。」

 簡単だろ?と言う代わりに香路島は首を傾げて見せた。間髪入れず、新月が彼の腕を摑む。

「黙れ香路島。俺がいれば足りる。」

「うるっせーよ、俺は新月じゃなくて愉愉に聞いてんだ。」

「愉愉、立つなどと言っているが愉愉の体質から考えて、あの地で立つのは囮と等しい。危険だ。拒否しろ。」

「ボク囮になると何かいいんですか?」

「一箇所に邪物が集まるし、上手くいきゃあ邪物が愉愉に気を取られて隙が出来るかも。」

 愉愉は顎に手を当てて、

「そもそも、なんで邪物殺しちゃうんです?」

「殺さなきゃこっちが死ぬ。人間だけでなく、全ての生き物が他の命に乗っかって生きてるんだ。それを見誤った奴等には苦しみがある。」

 香路島は淀みなく、そう言った。何度も繰り返してきたみたいだな、と愉愉は思う。

「ふうん…。なるほどねー。いいですよ。囮、なります。」

 新月が眉根を歪めた。

「なぜ…。」

「さっき描いたのを、また描けば安全ですよ。それにボク、丈夫なんで大丈夫です。」

 夏牙は首を振った。

「香路島、俺が行く。愉愉にはここにいてもらおう。」

「ジジイが黙れ。自惚れた老いぼれはこれだから困る。」

「まだ三十八だっつーの!」

「へー、年の割に若いですね。」

「いや、待って。三十八ってジジイなのお?」

「食百、頭兜、夏牙はジジイだと思うか?」

「「え?ちがうの?」」

「泣いていい…?」

 食百と頭兜はきょとんとしていた。愉愉はその様子に微笑みつつ、

「ボクは本当に大丈夫です。さっきみたいな紋?を、描くので。二人は夏牙さんといた方がいいでしょう?」

「…危険だっつーのも不安だが、愉愉君は神降ろしの力があるし、俺としては、それよりも…。愉愉君、邪物殺しの現場は、相当悲惨だぞ。」

「そっちも大丈夫です。」

 こてん、と可愛らしく首を傾け、しかしその子供っぽい仕草には似合わぬ、何にもかもを見てきた様な、人知を越えた微笑みで、愉愉は、言った。

「蝿叩きよりはマシそーですから。」

 愉愉以外の全員が、あまりよく、分からなかった。

「どうゆうこと…?」


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