無双がフタリ㉔
<北欧の神々の過去 其の二>
「愛受得の、全部が欲しんです。」
ぞっと、した。
○
ロキは元々巨人族の一員で、元々は巨人族の奴等と暮らしていた。
そこは、退屈だった。考え方は全く同じなのに、話していて通じない。見てるものが根本的に違った。周りが自分より劣っているのだろうと理解した。そうでもしないと、ロキはただの異端だった。
それは嫌だった。
そんなとき自分に神の血が入っていることを聞かされた。そうか!だからか!とロキは歓喜した。巨人達と違って当たり前じゃないか、だから話が通じなかったんだ、だから退屈だったんだ、とロキは感動した。
神と暮せばいい。
そうすればちゃんと話が出来る。そうすれば楽しくなるだろう。そうすれば、異端じゃなくなる。
苦しくなくなる。
神達のところに行くと、彼等はオーディンを中心にロキを受け入れた。ロキは彼等と話す度に喜びを感じた。そう!これだ!と、しっくり嵌まる感覚があった。
楽しかった。
…暫くして、話が噛み合わなくなり出した。追求して考えて尋ねて、気が付いた。
見てるものは同じ。
考え方が違う。
それでもロキは神達と暮らした。面白い遊びや美味しい食べ物や興味深い会話が、大して面白くない遊びをいかにも楽しそうにやってみせたり苛つく発言を聞き流したり笑えない軽口にゲラゲラ笑ってみせるだけで、たったそれだけで得られるならば安いと思ったから。
それに、最高に愉快な奴もいたから。
娯楽の神、愛受得。
仲良くなるにはそこそこ苦労した。あるときロキが"どんな奴なら友達にしていいんだい?"と尋ねたら"不死身。"と愛受得は答えた。だからロキは言った。
"嘘だろう!なんでもっと早く言わないんだ。私は不死身だよ!"と。愛受得はそれからころりと態度を変え、専らロキと過ごすようになった。
本当は自分に神の血なんて流れていなくて、正真正銘の巨人族であったことを知っても、あまりダメージを負わなかったのは、愛受得が側にいたからだった。
誰かの言葉に反吐が出る程嫌悪感がして、美味しいものを食って、愛受得と新しい遊びを作って、愛受得に軽蔑の眼差しを向けられながら美人をナンパして、また誰かの言葉に心の中で怨嗟の言葉を吐き、愛受得の美しい歌を聴く。そんな毎日。楽しさ吐き気、幸せ怒り、喜び孤独感。
私は、巨人でも、神でも、無い、と。
じゃあ私は、…なんなんだ?、と。
崖っぷちに立っていたことに、今更気付いた。
落ちてから、気付いた。
○
ロキは、美しい顔でこちらを見る相手に、微笑んだ。
「愛受得はね、楽しいことが好きなのさ。君はほら、何も触れられないから、神達がよく君に物を投げ付けて遊ぶだろう?投げ付けても当たらないから。愛受得はさ、あれを見たこと無くてね。今度見せようよ。きっと興味を持つ。私が上手く話しておこう。大丈夫、任せて。」
ロキは得意の嘘を吐いた。
「あんなので興味持ってくれますかね…。」
「持つさ!私の手にかかればね。ね?」
「…ロキさんがそう言うならそうですね。お願いします。」
ロキは、にっこり笑顔を浮かべた。
「うん、きっと上手くいくさ。」
笑顔のまま、得意の嘘を吐く。心の中で、唱えながら。
私は悪戯と嘘の大天才。私は邪悪な火の使い手。私は神にも巨人にもなれない異端児。
私は、ロキ。
どんな汚い嘘も裏切りも、お手の物。
光の神、バルドル、あんたを殺す。
○
彼に全ての物が当たらない訳では無い。当たる物も存在する。柳なら、当たる。彼の母親から昔聞いた。役に立つとはな、とロキは笑う。
ロキは、自分の手で彼を処理するつもりだった。
「離れろ!!」
その声を聞くまでは。
「愛受得様…。何故?ねぇ。」
「黙れ。」
「ほんの少しでいいんです。ほんの少しだけ私を見てくれれば、ほんの少しだけ私を大切にしてくれたら、それだけで私は、幾らでも喜ぶのに。」
「黙れ!!」
ロキは、友人の怒号を初めて聞いた。いつも興味の無さそうな鈍い声か、楽しげな弾む声のどちらかだから。
「なんで…?」
「オレをみてないから。お前が見てるのは"娯楽の神、愛受得"だろ。無条件に他者を満たす瞳と声と周りを楽しませる才能を持つ不老不死の神。そうなんだろ!?」
ロキは呆然と思った。それが、
「それが、あなたでしょう?」
友人の姿は見えなかったが、酷く暗い目で、気怠げに苦笑しているだろうと分かった。そんな声をしていた。
「ふうん…。」
「あ、愛、受得様ぁ…?」
「構わない。別に期待してないし。オレの力に左右されない精神の奴なんていないんだし。…いやロキなら、…平気なのかも。」
「…!あなたはっ何故そうロキばかり!あんな法螺吹きの何処が良いのですか!あんな巨人族のッ!…あ、あ。」
「黙れ。」
愛受得。歌に舞いに絵に楽器、あらゆる娯楽の才能を持つ神の如き存在として、娯楽の神と呼ばれる。神でも巨人族でも人間でも無い謎の者。小柄な体に収まらない魔力と神すら惹きつける何かがある。
不可思議で魅惑な最強の存在。
「次、ロキの悪口を言ったら、その舌引き千切ってやる。」
ロキは知っていた。己も愛受得の力に平伏する一人だと。だけどロキは、嘘で塗り固めて隠し通してきた。
愛受得の側にいたかったから。一緒にいて楽しかった。愛受得といるときだけは自分の異端さを忘れられた。ロキは娯楽の神である"愛受得"を本能的に愛していたし、同時に愛受得自身のことも友人として好きだった。
だから、その復讐は"愛受得"の為なのか、友人の為なのか、ロキにも分からない。
「あーいう、え、るっ。」
「…ロキ。いつからいた?」
ロキは笑顔で首を傾げる。
「さっきだが。どうしてだい?」
「…別に。行こ。もうすぐ宴の時間だ。」
「そうだね。今日君は何を歌うのか楽しみだ。」
宴の催す広場へ歩き出す愛受得の隣で、ロキは後ろを振り返る。ロキを睨む少年。
バルドルの兄弟神・ヘズ。
ロキは心の中で呟いた。
こいつに、バルドルを殺させる。
こうして彼は神を殺した、とは誰も思わない。愛受得を除いて…。




