表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無双がフタリ  作者: 片喰
23/49

無双がフタリ㉓

<15 天使の見つけられなかった人>

「ただいまあ!」

「ただいま~。」

 食百と頭兜の声。学校から帰って来たらしい。

「おおう、お帰り。」

 ぱたぱたと走ってくる食百。彼女を追う頭兜は、兄の顔で、

「こら、手ぇ洗ってからだあ。」

「わすれてたのー。」

 またぱたぱたと駆け、ちゃんと洗ったか心配になる程に間を置かず、ぱたぱたとと駆け戻って来た。頭兜もやや遅れて来る。

「食百さんと頭兜さんにも言っておきますが。」

 そう前置きして愉愉は、自分をこの世界に連れて来たのが華普と一助であること、理由は新月を殺すためだろうこと、つまり、自分が皆に多大な迷惑を掛けていたことを語った。

「それで出て行こうと思ったんですがね。」

 ちらり、と新月を振り返る愉愉。見事愉愉が出て行くのを阻止出来た彼は、ちょっとだけ自慢げに見えた。

「実は、」

 愉愉は笑い話として、新月に止められたことを話そうと思っていた。同時に、食百と頭兜の反応を見て、自分が残ることをどう考えるか知ろうとしていた。彼等が嫌がるならば再考すべきだろう、と。

 それだけだったのだが。

「だめ!行っちゃだめ!」

「いえそれは、」

「ごめんなさい、わたしのせいなの!ゆゆは悪くないの!わたしが…」

「え?いや、食百さん。どういうことですか?」

 泣きじゃくる食百の口から、叫び声が溢れ出す。

「わた、わたしぃがっ、う、うらぎりものなの!!」

 背中を撫でていた頭兜の手が止まる。愉愉は少々の前にしゃがんだは良いものの、そこからどうすれば良いのか全く分からなかった。代わりに、夏牙が近寄り、

「食百。大丈夫、大丈夫だから。な?うんうん。」

 ゆっくり彼女の頭を撫でるまめだらけの手。食百は夏牙に抱き着いて泣いていた。

「ごぉっ、めん、なさい。わたっしのせいでぇ…。」

「そんなこと無い。大丈夫。食百。なあ、俺達にちゃんと教えてくれないか?どういうことなんだあ?」

「わだし、おねえちゃんに、みんなのこと話しちゃった。おねえちゃん、ここにね、家族がいるって。だから、げんきか、知りたいって…。ごめんなざいぃ…。だって、だって!わたしも時々ママとパパが心配になるから。」

 愉愉は半開きの口で、少女を見つめていた。

 夏牙が抱きしめた食百の背を、頭兜がそっと撫でる。食百は少しでも詳しく伝えなければと思ってか、苦しそうに説明を続けた。

「おかねっ、ないんでしょ、ここ。おねえちゃん、おかしくれるって言うから、だからわたし、おかしの代わりにおかねくれるならっ、話すって…。おねえちゃん、わるい人じゃなかった!あのねっ、夏牙にあげるって、言ったら、バレないように小銭にしましょうってぇ…。ごめんなさい。」

 夏牙は目を見開いていた。財布に増えていた小銭の出所に気付いたからか、金欠であったことに気付かれて驚いているのか、気付かせてしまったことを悔いているのか。

「おねえちゃん、学校のかえりに会うの。頭兜とかえる時間がちがうときに。にこにこした、あおい目の、ちゃいろっぽいかみの、おねえちゃん。」

 それまで静観していた新月が、ふいに尋ねた。

「…食百。その人、左掌に傷が無かったか?」

「あったよ。びーぃって、長いきず。じぶんできっちゃったって、いってた。」

 食百の答えを聞くと、新月は絶句した。無性に不安になって、愉愉はその肩に手を乗せる。

「その人とお知り合いですか?」

「華読だ。」

「それって…!」

 彼はゆっくり瞬きした。

「妹。」

「シャデイ?!じゃア、家族って言ウのは新月ノこと?」

「ちょっと待って!ぐちゃぐちゃし過ぎだって。その人は本当に妹なの?」

「特徴は一致している。」

「だったら、愉愉をここに連れて来たのは本当に華普と一助なの?つまりさ、連れて来た奴と明鳴池の奴は同じだけど、そいつ等が華普と一助では無かったってことは無い?だって、親が躍起になって仕掛けてるのに、妹はのんびり兄の近状確認なんて変だよ。」

「確かめるのに良い方法があります。新月さん、それと藤さんと香路島さんも、見てて下さい。」

 そう言って、愉愉は取り出した紙にさらさらと何かを描いていった。すぐにそれが何か皆が分かった。人の顔である。痩せ気味の中年男性の顔。

「一助だ。」

 藤ノ舞成の呟きが斜め後ろから聞こえ、愉愉は一瞬目をやる。歪んだ表情だった。

「この顔はボクをこの世界に連れて来た人のです。なら、あれは華普と一助だったとしていいでしょう。皆さんの話を聞くに、華普の方が一助より殺されにくそうですから、夏牙のお知り合いが一助だけ殺し損なったというのは、現実的で無い。」

「そもそも、夏牙の知り合いが殺したって話はなんなんだ?俺達だけで答えを見つけるには、情報が無さ過ぎる。そいつが何処にいるか、少しくらいは見当つかねぇの?」

 夏牙は緩慢な動きで首を横に振った。

「これっぽっちも。前は一応、子預かりとかの施設で噂程度に話が聞けたんだが。灰色の髪の女が、急に現れて大活躍の後、急に消えたってな。だが、ここ最近はそれすら聞かない。」

「そっちは放っといて良くない?華普と一助が生きてるのはもう確定なんでしょ。」

「確か二それはそうだネ。夏牙の知り合いの行方も気になるケド、今の鵺破達にその人を探ス余裕は無いヨ。」

 愉愉は障子の方を見る。襲撃を警戒中の想寧神社では、障子はあまり開けられないため、中庭は見えなかった。

「夏牙さん。"最近"って、いつからですか。」

「もう一ヶ月程になるなあ…。」

「ふうん…。」

「ていうか、話戻すけど、愉愉はどうすんの?ここから出ない方いいよな?外に出たらいつ襲われるか分かんないだろ。」

 頭兜の不安そうな言葉で、夏牙は唸った。

「新月は反撃出来るし、仕事休まれたらここが動かないから出て貰っているが…そうだなあ。」

「え〜ボク平気ですよ。今回は狙われていると知らなかったから危なかったですけど、知ってれば結界張ればいいだけです。」

「華普は神降ろしの力が強い。一助は強くは無いが、力について研究して使い方や精度を向上させ続けている。愉愉の結界が突破される可能性もある。どうか家にいてくれ。」

「発芽多邪で邪物の侵入を許したこともある。愉愉の結界も万能では無いんだ。」

「愉愉は家にいテ、帰ったって噂流せバいいヨ。」

「ももなあ。」

 愉愉は口をひん曲げ、彼等の言葉を聞いてはいるが、不満げである。夏牙にはその理由が察せた。

「確かに、自分だけ家にいるのは嫌だろう。だけど愉愉君が家にいれば、みんながいざというときここに避難しやすいし、安全性も上がる。愉愉君、ここにいてくれないかあ。」

 愉愉は下を睨んでいたが、やげて溜め息を吐いてのっそりと頷いた。

「分かりました。」

          ○

 夏牙から貰っている一人部屋で、愉愉は着替えていた。夜中で辺りは暗いが、灯りは点けない。気付いたら、彼等は止めるだろうから。

 今日の昼に聞いた、夏牙の知り合いの話がまだ頭に引っ掛かっていた。

 着ていた寝間着は畳む。今着ているのはいつものウインドブレーカーとズボン。右ポケットには結界用の札、左ポケットには相手の動きを止める用の札が大量に入っていた。全て愉愉自ら作った高精度の物である。

 "だって!わたしも時々ママとパパが心配になるから。"食百の言葉が、ずっと、愉愉の頭を回っている。

「こーんな真夜中に、どこへお出かけだい?」

 唐突に、愉愉の真後ろの机に座る者が現れる。薄い紅鼠色の髪の左の一房は、はらりと肩に垂れ、右は耳に掛けている。性別はよく分からない。にまにま胡散臭いのだが、何故か人好きのする微笑。

 何よりも印象的なのはその赤い目だ。鵺破の健康的なそれとは雲泥の差。見詰められるだけで毒が侵入しそうな禍々しい真紅である。

 その相手にも愉愉は全く臆さず、突然現れたことに疑問を持つことすら無く、

「"どこへ"なんて知ってる癖に聞くんじゃねぇよ。」

「…本当に、華普と一助の家に行くのかい。」

「うざったい聞き方しやがんな?」

「ねぇ。

 彼等の屋敷に、夏牙に殺したと言った人がいると?確信はないし、本当にいたらそれはそれで危険だ。」  

「うっせぇよ。」

 真紅の目から笑顔が消えた。その者に対して愉愉はいつも口調が荒いため、口の悪さで表情を変えたのでは無い。愉愉の声色から本気さを感じたからであった。

「危ないだろう。」

「ん。」

「それ程に大切かい?君にしては珍しい。前は人間とは関わらないに越したことは無いとかと、よく言っていたものだけど。考えが変わったのかい?彼等が変えたのかな?」

「ピーチクパーチク、黙れよ。」

 札を弾いて枚数を確認する音だけが、部屋に漂う。組んだ膝に頬杖をつき、その者は囁いた。

「危ないよ、君。」

「"危ない"?笑わせんな。オレが誰か忘れたのか?」

「…ここは、私達の知らないものが多過ぎる。何が起こるか、いくら君でも予測が出来なかろう。」

 その者は、愉愉のことを"愉愉"と呼ぶのに抵抗があった。その名で呼んだら、愉愉が本当にこの世界の住人となってしまう気がした。

「オレはオレの為に動く。いつもそうだ。これもそう。」

「そうかい?私にはね、彼の為の様に見える。ここに来てから、君の行動はずっと。」

 愉愉がこの日初めて、その者の方を振り返った。逆にその者は愉愉から目を逸らす。

「お前、マジで何が言いたい訳?」

「…それ程に彼が気に入った?」

 しかめっ面の愉愉。やがて溜め息を吐いた。

「だったら何?オレはオレの為に行く。それは変わんねぇだろ。」

 そう言いながら、愉愉はすでに部屋の戸に手を掛けている。紅鼠色の髪の者が、その手を摑んだ。

「お願いだ、どうか安全にしていてくれ。」

「お前、その立ち場でよく言うな?」

「だから私は、」

「黙れ。」

「聞いてくれ。」

「黙れ。」

「愛

「黙れっつってんだろ、外から声が聞こえる。」

「こえ?」

 その者も愉愉に倣って耳を澄ます。すると確かに外から声が聞こえた。周りに気を配った小声だが、かろうじて聞こえる。三人だ。そう若くない男性、若い女性、それから掠れた弱々しい声。

「夏牙さんと曙さんだな。…もう一人は誰だ?」

 愉愉は外の三人を見据えるように、目を眇める。そして答えを見つけたのか、見つからないと見つけたのか、前触れ無く戸を開け放った。

「あっ、ちょ、」 

「ロキ。」

 愉愉が振り返る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ