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無双がフタリ  作者: 片喰
21/49

無双がフタリ㉑

<14 天使の懺悔と朔>

 夏牙達が帰って来た音がした。道中で新月達と会ったらしく、皆同時に揃う。食百達ももうそろそろ来る頃合いだ。

 愉愉はまだ、何も話していない。

 だが、藤ノ舞成も香路島もあまり心配は無かった。子供の頃二人で生活していた、今は空き部屋ながら夏牙により綺麗なままの、その部屋で、彼等は新月の帰りを待っていたのだ。

 二人は、愉愉が何処と無く、新月を気に入っているように感じていた。だから新月が帰れば、それをきっかけに話す予想だった。

「藤さん、香路島さん。皆さん帰って来たので、話します。」

 予想通りの言葉が聞こえてきたが、ぎょっと二人は顔を見合わせる。愉愉は呼びに来た訳では無く、居間から声を掛けたのだ。人狼の血由来の二人の聴力の良さを、知っているかのように。

「…どー思う?」

「あんまいい気分ではねぇな。」

 愉愉から教わった"くるりんぱ"と言う髪型で、藤ノ舞成は小首を傾げた。

「なあんかさあ、変だよね、あの子。」

 五歳違いの従兄弟は、お揃いの若苗色の瞳を互いに向け合い、

「「取り敢えず、人間では無さそう。」」

 声を揃えた。

          ○

 部屋の前にも行かずに藤ノ舞成と香路島を呼んだときは、流石の夏牙も度肝を抜かれた。二人は先祖に人狼がいて、五感は敏感だから、確かに声は届くのだ。

 届くのだ、が、何故それを愉愉が知っているのか。今までそんな素振りも無かったのに。

 警戒して二人共来ないかと思ったが、彼等は若干不機嫌そうではあるものの居間に現れた。

「じゃあ、始めます。」

 諦念のこびり付いた瞳で、愉愉は言葉を放おった。夏牙等が帰ってから、ずっとこの様子だ。藤ノ舞成と香路島の反応を見るに、愉愉が家に着いた辺りではもうこの状態だったのだろう。

「何を。」

 新月が問う。僅かに緊張を帯びた紺青の目。彼を見返す愉愉は、いつもの朗らかな微笑みを一切封じた訳でも無かろうに、気怠げな表情だった。

 そこに、ほんの少しだけ混じった苦い色を、夏牙は見逃さなかった。後ろめたさの様な、負い目を噛み締める様な色。

「皆さんに、謝らなきゃいけないことがあります。」

「は、おい、本当に何の話をする気だあ…?」

 掠れた声の曙に、愉愉は冷えた視線を投げる。

「まず最初に。ボクをこの世界に連れて来たのは華普と一助でした。」

「…は?」

 新月が目を見開いていた。彼のそんな顔、この場の全員が初めて見た。勿論、愉愉だって初めて見たのだが、しかし愉愉は予想済みとでも言う様に、いっそ見えていない様に、淡々としている。

「直接来たのは一助の方。話し掛けられたとき変な人だとは思ったけど、特殊詐欺か何かだと勘違いして、捕まえようと付いて行きました。そうしたら一助はボクの足元に何か掛けて呪文みたいなの唱えて、気付けばここにいた。華普は、声だけ聞いた。大笑いする声。今思えば、一助の神降ろしの力だけでは足りないから、華普がこの世界から手伝ってたんでしょうね。そのとき華普と一助の神降ろしの力の気配を覚えました。」

 濁った瞳でにこり、と愉愉は笑顔を作った。

「だから明鳴池で、あのときの気配と同じだとは、すぐ気付いたんです。でも、同時に明鳴池を狙い撃ちに出来たことから、内通者の存在も察せた。ドキドキハラハラならもう、ボクの半生でじゅーにぶんに味わってるので、華普と一助については言わないことに決めました。」

「まっ、待て。じゃあ、愉愉君は明鳴池で襲ってきたのが華普と一助だとを最初から知ってたのか?」

 愉愉は柱にもたれかかる。

「名前とかは後から知りましたけど。ボクが考えるに、ボクを連れて来た奴等=明鳴池の奴等。新月さんの話だと、明鳴池の奴等=新月さんの元両親。だったら、ボクを連れて来た奴等=明鳴池の奴等=新月さんの元両親、だろうなと。」

 黒い目がゆらゆら漂っていた。気まぐれに。気鬱に。

「新月さんの過去について聞いたとき、ボクが連れられた理由も予想出来ました。」

「え?」

「まさか!」

 夏牙の素っ頓狂な声に、香路島の驚愕で染まった声が重なる。彼は見開いた目で新月を捉えていた。

「新月を、殺す為…?」

「多分そーでしょーね。」

 夏牙は、茫然とある言葉を思い出していた。新月が両親に殺されかけた話を聞いた、愉愉の言葉。

 "…よく、生きてましたね。"

「だから良さんが、新月さんが今更襲われ始めた引き金がボクだと言ったとき、違うだろーなと思ってました。だって、彼等が呼んだんですから。」

 ぐしゃり、と愉愉は髪を掛け上げた。真っ白な細い指から溢れる、真っ黒の髪の毛。息を吐いて、仮面でも被ったみたいな無表情で、言う。

「でも違った。今日、ボク目当てで襲われたから。」

 藤ノ舞成と香路島以外がぎょっとしたが、言葉を挟む間を与えずに愉愉は、

「きっと、ボクが新月さんを殺すどころか想寧神社側になっていて焦ったんでしょう。相手が華普と一助であることと、新月さんも狙われているままなことも確かめました。と言うことで、ご迷惑掛けて申し訳ありませんでした、今まで大変お世話になりました。さようなら。」

 ぐっと頭を下げる愉愉。途端、その場の全員が声を上げた。

「え?!いや、ちょっと待って!」

「本当ダヨ!!出てっチャうつもリ?」

「はい、そうです。」

 新月は手を上げかけが、動きを止めた。ぽつりと、言葉が漏れる。

「何故。」

 愉愉は眉一つ動かさない。

「今あなたが命を狙われてるのはボクのせいだから。ボクのことは、死んだとか帰ったとか噂流すのでご心配無く。すぐに華普達は攻撃を止めるでしょう。新月さんだけで無く皆さんにもご迷惑掛けました、申し訳ないです。」

「愉愉君のせいでは無いだろお!」

 夏牙の鋭い隻眼を向けられても、愉愉は仮面を離さずに答える。

「ボクのせいですよ。ボクの噂を聞いて、新月さんを殺させようと、想寧神社の管轄内の邪物の多いところにボクをとばした。だから、新月さんとボクは上手く会ったんですよ。

 …今まで、新月さんが生きてると知りながら何もしなかったのは、ボクをこの世へ連れる方法を探していたからかも知れない。」

「…帰り方、分かるのか。」

 髪がいつも以上に落ちて、新月の表情はよく見えない。

「はい。…帰りたくなくて、黙ってました。」

 途端、ぱっと、晴々した笑顔を浮かべ、愉愉は言った。

「散々楽しんじゃってから、迷惑掛けてんのに気付くなんてさ、ヤな奴だろ?」

 目も口も丸くして、新月は愉愉を見ていた。いつもですら猫を被ってたのだと、今更気付いた。

 だけど、龍小屋で話したときは信じてくれていると感じたから。楽しかったから。寂しいと思ったから。別れに慣れ切った黒の瞳に一瞬愁いが走ったように見えたから。

 だから、

「俺がここにいるから、生きているから、想寧神社は襲われたし、愉愉はここに連れて来られた。だから、全ては俺のせいだ。俺が出て行けば万事解決だ。」

 愉愉の顔から笑顔が消えた。間髪入れず愉愉が睨む。

「なんでそうなるんだ。そもそも華普と一助が襲うのが悪いんだろ!」

「その言葉、そのままお前に返す、愉愉。」

 次の言葉を叫ぼうとしていた愉愉はその口の形のままで固まった。出て行くのを止めなければと焦っていた夏牙も、この為に言ったのかと納得する。

 愉愉は初めて名前を呼ばれた子犬の様に、ぱちぱちと瞬きをして、それからやっと返事した。

「でも…。いや、……新月さん案外、悪知恵働く人ですね。」

 緊張を帯びて答えを待つ紺青の瞳を見、愉愉は顔を歪めた。苦笑にも、しかめっ面にも見える。

「……いていいって、ことですか。」

「そうだと思う。」

「"思う"ってなんですか。」

 そう言ったときは確かに笑顔に見えた。だが新月の方は、きまりの悪そうな様子でぼそぼそと返す。

「俺は、引き止め方と言うか、そういうものをよく知らないから…。正直、本当に引き止めたいのかも、あまりよく分からない。」

 いやいやそんなこと言っちゃあいかんだろおと啞然とする夏牙だったが、当の愉愉は実に可笑しそうに吹き出した。

「あはは、なんだそれ!」

 泣き笑いの目元を拭いながら、愉愉は呟く。

「まだいても…いいですか?」

 その頭を夏牙がくしゃくしゃと撫でた。

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