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無双がフタリ  作者: 片喰
18/49

無双がフタリ⑱

<11 天使は見られてる>

「そうか二人共ありがとう、だが藤!香路!今なんか色々やばいんだあ!あー話長引けば良かったのに!」

「それはヤダよ。面倒臭い。」

 やはり呑気に藤ノ舞成。

「大方の話は曙から聞いた。まあ、今帰っても襲われそうだし、ここが潰れたら俺等仕事無くなるし、手伝うよ。」

 夏牙は下唇を噛んでじっと黙った。睨み付ける様な鋭利な左目のギラギラした輝きは、その隅に恐怖が巣食っているのを見落としそうになる程だった。

「…分かった。このままじゃあ、ずっと不安なだけだしな…。よし、みんな、協力してくれ。」

 香路島が呆れた顔で肩を竦める。

「最初っからそのつもりだっつーの。で?どうする?新月の親の居場所、分かんないんだろ?」

「元"親"だ。」

「その話だが、話さなきゃないことがあるんだ。本当は、もっと、前に、言うべきだったんだが…。」

 愉愉はちらりと夏牙を窺う。その場にいる全員が彼を見ていた。夏牙は、全員の視線をしっかりと受け止めて、しかし何処かぎこちない声で、こう言った。

「新月の、…昔…の、親御さんは、多分もう、この世にいない。」

「は?」

 愉愉の素っ頓狂な声。

「意味分かんねぇ。」

 香路島の瞳には、先の夏牙とは別種のギラついた輝きが宿っていた。

「なんであんな奴等か死ぬんだ。一助(いちじょ)はまだ分かる。だけど華普(はなあまね)が死ぬなんてあり得ない!」

「かっ、香路島さん…落ち付いてぇ…。」

「うるっさい良!夏牙、どういうことだ。」

「香路島。」

 藤ノ舞成の声だった。ひくりと香路島が反応し、藤ノ舞成の方を振り返った。藤ノ舞成の表情もまた、新月の元両親に対する憎悪に染まっていたが、自分の言いたいことを従兄が代弁したからか、幾分平気そうである。

「夏牙、普通にそれ、本当なの?」

「…と、…俺の知り合いが…こ、ろした、って。」

 藤ノ舞成が息の呑むのが分かった。

「"殺した"?うそでしょ、無理だよ。」

「いや、殺そうと思えば殺せるだろう。」

 新月は居間にいる誰より冷静だった。

「香路島や藤ノ舞成のような親族や、貴族のことは警戒していたが、それ以外の者は基本的に軽視する傾向があった。夏牙の知り合いの者が使用人として屋敷に入れれば、後は寝首をかこうが一服盛ろうがどうとでも出来る。」

「…それくらいなら、あの人なら、平気で出来そうだ。」

 女郎花色は飽くまでも曇らず、しかしそれを恨む様に細められた。食百と頭兜が、手を繫いで見ている。良が目を伏せた。

 鵺破は、呟いた。

「じゃア、鵺破達は誰に襲わレたノ?」

 さあね…、愉愉は息を吐いた。

          ○ 

 縁側に腰掛けて、柱に身を預けた夏牙の目は、沈みかけの夕日に照らされて、いつもの女郎花色では無かった。

 今日の夕飯は曙の当番なので、愉愉も夏牙も特に仕事が無い。

「夏ー牙っさんっ。」

 彼が振り返る。笑顔で。嘘が下手だな、と愉愉は思った。良いことだ。愉愉の旧友程に嘘が上手いと、困る。愉愉には見抜けない。

「どうした、愉愉君。」

 寝起きの様な声。愉愉は微苦笑を浮かべ、

「話し掛けたかっただけですよ。隣、いいですか?」

「勿論。」

 愉愉は少し空けて隣に座る。もう目の力は無くなっているが、念の為まだフードを被っていた。

 濃藍の中に、西の方だけ銀朱が滲んだ空。東には寝起きの月が、微かに光る。小望月と言うには細い、三日月と言うには太った、なんとも曖昧な月だった。愉愉は東側に目をやったまま暫く黙っている。夏牙は、寝ぼけ眼の夕日に照らされた庭を眺める。

「…夏牙さんの"知り合い"って、どんな人なんですか?」

「……嘘つきな人。」

 愉愉が夏牙を振り返った。

「それで、優しくて、強くて、頭の回る、趣味のいい、子供好きな、責任感の強い、秘密主義の、俺の目標の人だったあ。」

 はにかんでそう言ってから、彼は小さな声で笑った。

「…いつか、ああなりたいと思ってた。…今も俺はあの人を尊敬してるし、感謝してる。だけど、きっともう目標には出来ない。俺個人の考えでも出来ないし、あの人も、俺があの人と同じところに立つのを嫌がってる。」

「その人が、そう言ったんですか?」 

 夏牙は目を閉じる。

「"お前はお前で生きろ"ってな。全く、もっと具体的に教えて欲しいもんだぜ。」

「本当、最期くらい、ちゃんと話して欲しいですよね。」

 夏牙が瞼を上げる。飽きずに月を見る愉愉の、フードが隠した頭に、彼はそっと手を置いた。愉愉は一瞬瞠目し、しかしその顔はすぐに苦笑に変わった。

「なんですか。これでもボクは子供じゃないんですよ。」

「子供だよ。子供ってことにしてくれ。俺が爺になっちまう。」

 息だけの笑い声が顎下から聞こえてきて、夏牙はちょっと満足した。彼は笑い声が好きだった。

「前に、何かあったの?」

 愉愉の瞳が、庭に来た虫を追う。蜻蛉らしかった。つう、と玄に染まった中を泳いで、去るのを、見届ける。

「きょうだいで、友達の奴が、いたんですけど。」

「うん。」

「その頃ボクは、親と上手くいってなくて、ひとと関わるのも苦手でした。」

「そっか。」

 その言葉は酷く軽い字面だったが、何故か、愉愉は嫌な気がしなかった。柔らかで低い声音のせいかもしれない。頭に乗ったままの手の温度を、ただ感じていた。

「そんなときそいつに会ったんです。…夏牙さんの知り合いみたいな奴でした。軽口ばかりの、秘密主義の、火吹き野朗。

 …そいつは、"私は不死身だよ!"って言ったんです。だから気を許せた。仲良くなれた。だけど嘘だったんです。ボクの目の前で、ね。」

 右手でフードの上から目を覆う。真っ黒。夜の様な。あのときは夜だった、と愉愉は思い返す。

「…辛かったろうね。」

 他人の体温を感じたのは久しぶりな気がする。愉愉は目を閉じて、その黒さを見詰めた。

「それなりに。でも多分、他の人よりはマシなんです。」

「辛いものは辛い。誰かよりはましだろうと、自分にとって辛いんなら、辛いんだよ。我慢する方、もっと辛いよ?」 

 愉愉は唇の端を緩めた。

「我慢、したんでしょ、夏牙さんも。」

「えうえ〜?う〜ん…ん…ま、あ、ね。」

 誤魔化してて自分で馬鹿らしくなったのか、彼はくくくっと喉を鳴らして笑った。

 それから夏牙は愉愉の頭を撫でた。子供の可愛がり方が一昔前の可愛がり方なのも、その知り合いの真似をしているからかもしれない、と愉愉は考える。

 平均的な十五歳より小柄な愉愉は、二十五歳まで成長期だった長身の夏牙にすっぽり収まる程で、夏牙にはそれが無性に心配だった。

 愉愉は、まめだらけの手の感覚を感じながら、月を眺める。後何日したら、新月になるだろうか。

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