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無双がフタリ  作者: 片喰
14/49

無双がフタリ⑭

<9 天使は多分清められない>

「うんうん、こーゆー系ね。」

「あー!愉愉、つまみ食いして駄目だぞお!」

「味見ですよ、味見。」

 明鳴池にて、食百と頭兜と共に愉愉はごくの実を摘んでいる。赤い実で親指の爪程小さい。甘味より酸味が強め。砂糖とかと煮込んでジャムにすれば美味しいだろう、と愉愉はほくそ笑んだ。

「パン包みのときはどうするんです?砂糖と煮込むんですか?」

「そっ。なんだ知ってるんじゃん。」

「当てずっぽうです。しかし、ふうん、パンの中にジャム入ってる感じですかね。」

「じゃむ?何それ?」

「あっちの食べ物です。」

「へえー。」

 一箇所全て採るのでは無く、斑な採り方。夏牙に言われた為だ。想寧神社の伝統らしい。

「熟してるけど小さいのは採るし、大きくても熟してないのは採らない。」

 それも夏牙の言であった。

「小さいのも食べるんですか。」

「熟してるなら。煮込んじまえば一緒だよ。」

 愉愉は、小指の爪くらい小さな赤い実を眺めた。

「小さいのはすぐ捨てられるのに。」

「ゆゆゆぅ、ちいさいの、きらい?」

「別段。」

 愉愉は食百へ素っ気無く答え、ぽいっと小さなその実を口の中へ放った。そしてすぐに顔を顰める。

「渋い。」

          ○

「新月満月鵺破もも準備万端だゼ。」

 もなももに跨り、だが、まだ地面すれすれに待機した鵺破が笑った。

「どくとまあやは。」

 鵺破と同種の呑気な笑顔でもなもも。横では新月が、昔食べたどこかの邪物の力で普段は見えなくしている大振りの斧を、地面に立ててそれにもたれつつ、

「もなももの言う通り、その言い方だと、俺と満月と言う名の誰かと鵺破ともなももの四人がいるようだ。と言うか、そもそも何故満月を付け足すのだ?」

「新月だけダと足りないナアってときあるでショ?」

「あぐねえ。」

「何故理解するのだ、もなもも。」

 新月と鵺破は邪物の言葉が分かる。新月は大量に邪物を食べたからであり、鵺破はもなももと脳を繋げているからであった。

 昔、もなももと通訳無しで話したいからと、食百が邪物語を教えて欲しがったときがある。しかし、二人は断った。吸血鬼病の彼女は力が強く、将来想寧神社で邪物殺しとして働く可能性がある。そうで無くても、向こう数年は確実に神社内で暮らすだろう彼女にとって、邪物と関わる機会はごまんとあるだろう。そのときに邪物の言葉が分かると、あまり気持ちの良いことにはならない。

 それは、新月も鵺破ももなもももよく知っていた。

「来るぞ。」

 新月の呼びかけに、鵺破ともなももは上昇する。そう間を置かずに邪物の叫び声が響いた。

「ガンなダァ!」

 お前達は誰だ

「グウだドザハあヤアララ。」

 この前の奴等みたく痛めつけられるぞ

「グギャオ!!」

 殺せ

「グギャオオ!!」

 死ね

「グギャオオ!」

 殺すんだ

「グギャオオ!!!」

 死んでくれ

「油断するな。」

「分かってル。始メようかあ。」

 邪物の言葉が分かる上で邪物殺しをする、というのは気分の良いことでは無い。気分の悪いことだ。だが彼等は止まらない。自分の理解出来る言語を話そうが、自分と近い肉体や力を持とうが、許しを懇願されようが関係無い。

 彼等は、自分が綺麗に生きられる性格で無いことを、よく理解している。彼とは違うことを、よく理解している。だから彼等は線を引いた。

 死守するものと、そうは出来ないもの。

「悪いけドネ。」

「こここっと。」

 鵺破の爆弾が破裂する。もなももが機敏に飛び、親友と自分が被爆するのを阻止。新月は爆風をものともせず、斧を振り回す。斧は刃こぼれまみれで、斧の重量と振る速さだけを頼りに邪物を潰し殺していく。

「っ。」

 間一髪で邪物の爪を避ける。すぐに彼は指で目を刺し、相手が悲鳴を上げている隙に斧を振り下ろした。爆弾音がまた響き、風が止んでから、鵺破の声。

「愉愉の御札要らなカッたネ。」

「そうだな。規模が予測出来なかったから警戒していたが、この様子なら俺達だけでどうとでもなる。」

 話しながらも手を止めず、辺りは赤くなり、動く者は減っていく。

 鵺破の投げた手榴弾が終わりの合図の様に弾けた。新月は斧を振って血を落とし、同時に見えなくする。その後、じと…と刃を見詰める彼の顔から、刃こぼれが使える限界を越えたのだろうともなももは察した。後で夏牙に言ってあげなきゃ、と鵺破は思う。不器用な新月は自分の武器の手入れもまともに出来ず、定期的に夏牙が修理している。が、不可視の斧の傷の程は本人以外分からず、新月も限界の限界まで何も言わない為、戦闘中に急に武器を放って素手で戦い出したことも多々ある。"刃が折れた"と無表情に申告してきたときは流石に呆れた。

「手がかかるネ。」

「?どうした?」

「なんでも無いヨ。さ、夏牙達と合流しヨウよ。」

「そうだな。邪物殺しの報告は帰る途中で良

 ピタ、と新月が動きを止める。それを見た鵺破も警戒して周りを見渡すが、誰もいない。とは言え、新月の五感が誤作動するばずが無いのである。

「どうしたノ。」

「…邪物。」

「え?」

「明鳴池だ!!俺は先に行く!」

 鵺破が質問する間も無く、新月は消えた。自分の視力で追える速さで無いと分かっていたので、鵺破は明鳴池の方向を見もしない。

 彼女は、親友で相棒で戦友で一蓮托生の相手を見た。

「もなもも!」

「まあなあ!」

 直ぐ様鵺破はもなももに跨り、明鳴池に向かった。

         ○

 池に向かって、夏牙が朗々と唱える。愉愉の予想した長々としたものでなく、それは二言ぐらいだった。

 若干拍子抜けしつつ、愉愉は食百と頭兜と共に、池の水に手を浸した。こんなので清められるのか?と愉愉は内心訝しむ。

「良し。」

 食百と頭兜はぱっと手を池から出す。一拍遅れて愉愉も続いた。

「完了だあ!さてと、持ち帰る分ごくの実はそれか。新月達が来たら帰ろう。それまでひと泳ぎしようか?」

「およぐ!」

「やあも!」

 食百がぴょんぴょん跳ぶ。日光対策の布がふわふわ揺れた。毎年泳ぐらしい。

 曙が微笑んで何か言おうとした、が、その顔が急激に青ざめる。

「夏牙!!」

 夏牙はきょとんとしたが、すぐに彼女と同じ様な青い顔になった。

「愉愉君…。ここに結界、張ってくれたんだよなあ…?」

「そうですけど。どうしたんです?」

「…邪物だ。ああ!なんで…!」

 夏牙は舌打ちしてから、愉愉を振り返る。

「愉愉君!!頭兜と食百の側に!結界で囲んでくれ、愉愉君も中に。さっきの結界より出来るだけ強く!」

「やってみます。」

 不安げな食百と頭兜の足下に、紋を描く。加減せずに力を使う。

「曙、すまないが手伝ってくれ。」

「無論だ。夏牙こそ、大丈夫なのか。」

「平気だ。」

「あの、」

 結界を完成させてから、愉愉は尋ねた。 

「危険な状況ですか。」

 弓を握る夏牙の手は、骨の輪郭がはっきり分かる程、力んでいた。掠れた声で、彼は答える。

「…ああ……。」

「……。」

 愉愉の顔からは、いつもの大らかな呑気さが消えていた。

「食百さん頭兜さん、ボクがいいと言うまで目を閉じてて下さい。」

「そしたら、ゆゆもあぶなくなるの?」

「なりません。ボクは結界内にいます。早く。夏牙さん達が危ないんでしょう?」

 頭兜が夏牙と曙を見詰めたまま頷き、目を瞑った。そして食百の手を握る。食百は顔を不安で歪めて、愉愉と頭兜と二人を見る。それから彼女は、目を閉じた。

 愉愉も目を閉じ、息を吸う。

 曙の銃声。邪物の叫び。夏牙の矢。戦闘が始まっている。 

「ふう………。」

 その中で、愉愉は息を吐いた。

 目を、開ける。

「彼等に害を為す考えの者!!」

 その目はもう、ただの黒色では無くなっていた。

「ここへ。」

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