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無双がフタリ  作者: 片喰
13/49

無双がフタリ⑬

<回想 藤とか翡翠は好みが分かれる>

 その日、夏牙の元に手紙が届いた。子預りからだった。子供を二人引き取って欲しい、という内容。その二人とは、今は一時的に子預りが保護している子供で、他の子供は勿論働く大人も二人を怖がっている、と書かれていた。

 夏牙は激しく憤慨した。何が一時的、だ!大人が怖がっているから子供達も怖がるべきだと勘違いしてしまうのだ!この子預りめえ!と彼は内心叫んだ。そしてすぐに、ここに住まわせたいと思うので至急伺う、と神降ろしの力での手紙を返した。

 急いで支度を済ませ、子預りへ行く。手紙が先に届いていたため、夏牙は到着と同時に子預りの建物に入れた。働く者達の、ようやく手放せる、と言う様な顔を夏牙は睨みつけながら案内の者に付いて行った。

 着いたのは応接間に使われる部屋で、夏牙と子供達はそこで初対面となった。

 背の高い少年と可愛らしい子、というのが二人に対する夏牙の第一印象だった。

 背の高い少年の方は、夏牙が部屋に入ると、にっこり微笑んで会釈した。夏牙はそれが愛想笑いの鎧であると察したが何も言わなかった。肩に付きかけの白群の髪は、後ろで一部を結い、編み込みが入っている。横に髪飾りが。隣の子と揃いの品だ。

 当の隣の子は、夏牙の入室に気付いていないのか、畳をじっと見ていた。影で遊んでいるらしい。藤の花の色に色づいた三つ編みが背に垂れている。

「こんにちは。僕達のために時間を取って頂いてありがとうございます。香路島と言います。それで、…藤、来たよ。」

「え?」

 三つ編みの子がくるりと夏牙の方を見た。そして慌てて、ぺこりと頭を下げつつ

「あ、ごめんなさい。えっと、藤ノ舞成です。」

「そんなに畏まらなくていいさ。俺はただの爺なんだから、ごますっても何も出んぞ。」

 藤ノ舞成がはにかむ。香路島も微笑んだが、やはり、作り笑いだと夏牙は感じた。

「俺は夏に牙で夏牙って言う。よろしく。」

「変な字だねー。」

「藤っ。失礼だから。」

 藤ノ舞成の率直過ぎる感想に、嗜める言葉を口にした香路島だが、目元には温かいものが浮かんでいた。子犬のいたずらに苦笑するのに近い、と夏牙は思った。

「いやいや。この名を師匠から貰ったとき、俺もそう言ったんだ。だが抵抗の甲斐なく、な。」

「可哀想に。」

「藤ノ舞成は?名前、気に入ってる?」

「とっても!香路が付けてくれたの。」

「いいセンスだあ。二人は兄弟?」

「いえ、従兄弟なんです。5歳差で。」

「5歳で藤ノ舞成とは、恐れ入る。」

 あははっ、と藤ノ舞成が笑った。その声で、香路島の口元も緩む。

 今かな、と夏牙は判断した。

「突然なんだが二人、俺等んとこに来ないか?」

「…本当に突然ですね。」

 すっと、香路島が綺麗に口角を上げた。面の様だ、と夏牙は思った。従兄の警戒を察してか藤ノ舞成の笑みが消える。

「よく話の脈絡がないと言われるんだあ。前口上とか、面倒だろ。」

「まあ、ですね。」

「正直に言おう。ここ、最悪だろ。」

 夏牙を案内した者がまだ残っていて、肩を縮こまらせた。一方、香路島は笑みを絶やさない。

「ご飯は美味しいよ。」

 藤ノ舞成の言葉に、ピリついた空間も一時休戦となる。香路島は慈しむ微笑みで彼に頷き掛けてから、夏牙に向き直った。無論、夏牙には作り笑いで。

「僕個人の意見ですと、あまりここに藤をいさせたくないてすね。」

「俺も昔、来たことあるんだ。最悪だった。

 俺はな、君等に近いところから周りを見てるつもりだ。少なくとも、そう心掛けてる。それでも腹立ったときは言ってくれ。どうにかする。馬鹿で五月蝿い爺だが、ちゃんと君等に向き合う。」

 本心だった。香路島や藤ノ舞成だけでなく、子供に接するときは出来るだけ本心を言うのが夏牙の信条である。

「どうだろう。」

 真っ直ぐに、夏牙は二人を見た。

「来てくれないか?」

 藤ノ舞成と香路島が顔を見合わせた。言葉は無しに、二人は話し合う。

 やがて、二人が夏牙の方に向き直る。香路島から消えた笑みと藤ノ舞成の笑顔で、夏牙は上手くいったことを理解した。

 のだが、

「ま、待って下さいっ!」

 叫んだのは、香路島でも藤ノ舞成でもなく、夏牙を案内した者だった。

 子預りが手放したがった子を夏牙が家へ連れるとき、唯一寂しそうな顔をするのが、案内をしたその女性で、夏牙は彼女を他の子預かりの者より信頼していた。子預りから引っ越す子について夏牙に詳しく教えるのも、いつも(りょう)と言うその女性が行っている。苦手な食べ物、趣味、子預りが保護している経緯、そういったことを。

 だから夏牙は今回の二人についても教えてもらうつもりではあったが、口を挟むのがいつもより早い。いつもは引っ越しが決まってからなのだが、と夏牙は不思議に思った。

「どうした?」

「げぁっ、夏牙さんっ。あの、ちょっとあの、隣の部屋に、いいですか。」

 彼女の目が香路島と藤ノ舞成の方と、夏牙の方を行き来する。おろおろ、ふらふらと。

「なんだあ?」

「い、や、その、隣で…。来て下さい!」

 そう言うやいなや、脱兎の如く部屋を飛び出す。仕方なく、夏牙は二人に声を掛けてから部屋を出た。戸のところで良は待っていて、夏牙を見てすぐ隣の部屋に入る。

「良君?」

 夏牙が彼女の名を呼ぶと、良は泣く寸前の目で、しかし囁く様な小声で訴えた。

「夏牙さん、あ、あの二人、引き取るって決める前に、聞いて下さいっ。あの二人、は…わ、私、夏牙さんに何かあったらっ。怖くて、」

「落ち着きな、俺は大丈夫。二人がなんだ?」

 怯えた目が彼を見上げる。

「二人は、殺したんです…、自分の両親を…。」

 夏牙は、ゆっくりと頷いた。

「…そうかあ。…理由は分かる?」

「みっみんな、怖くて…。」

 聞けていないらしい、と彼は察した。そして良に言った。

「二人を、一人ずつここに連れて来てくれないか?」

「はっ、はいっ。」

「後、俺は香路島と藤ノ舞成を連れて行く。二人が、俺を認めてくれるなら。」

          ○

 先に来たのは、香路島だった。微笑みを見て彼が僅かではあるが警戒しているのを、夏牙は感じた。

「あの話、聞いたんですね?引き取るの、やめるって話するんですか?」

「いや、君等がいいなら俺等の家にきてくれ。俺はただ、理由が知りたい。」

「…知ったって何にもならない。」

「君に教えるべきことが変わる。」

 夏牙の本心の返答に、香路島は一瞬目を見開いてから、苦笑した。小さく。

「馬鹿みたいに正直ですね、あなた。」

「みたい、じゃなく馬鹿なんだ。」

「…まあ、あなたなら言っていいか。」

 彼は大して気負った素振りをせずに、

「だって、」

 答えた。

          ○

「香路から聞いたよ。」

 香路島が退室してから、少し間を置いて部屋に入った藤ノ舞成は、まずそう言った。

「香路も話したんでしょ。いいよ、ぼくも話したげる。」

 あっさりと、彼は理由を述べた。

「だって」

          ○

「どうでしたか…?聞けました?」 

 藤ノ舞成が出た後に来た良が、聞く。

「ああ…。」

 低い声の、小さな返答。壁を見つめたまま、夏牙は二人の言葉を思い出していた。

 "だって、俺の従弟を"

 "だってぼくの従兄を"

「夏牙さん…?」

 ""とてもひどく言うから、かっとなって。""

「きっと、ただの仲良し従兄弟なんだ。」

 この業界で最後の砦と言われる男は、いつも通り、本心で言った。

「後は、その力を正しい方へ向けられるよう、俺が教えるだけだ。」

 ぱしっ、と夏牙は自分の頬を叩く。手が離れたときには、その顔は不敵に笑っている。

「任せとけえ。」

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