無双がフタリ①
この世には、強者が一人いた。金髪碧眼の若い男だ。何より速く、何より腕力があり、何より五感が鋭く、要するならば無双であった。
そしてあるとき異界からある者が来た。先の者よりやや幼い姿で、この者が命じて従わない者は、いなかった。先の者とは別種の無双である。
だから、この世には今、無双が二人。
<1 天使と出会う方法>
この世の者ではない、と新月思った。同じ世界にいるには、美麗すぎたから。その言葉で軽々しく表すのを、躊躇う程に。
特別容姿が整っているとか、着ているものが良いとか、そういうことではない。ただひたすらに惹きつけられる。神、とも少し違う。だが己の笑えぬ運命が、この者の賽で決まっていたとしたら、良いかも知れないと思った。自分の何処かが、親友に再会した様な喜びで満ちていた。
その者は大量の邪物に囲まれていたが、彼は仕事も忘れて見入っていた。
墨色の髪に、その色と対比する色白の肌。華奢な体。しかし脆弱な雰囲気は皆無で、口元に浮かぶ微笑からなのか、芯の強さを感じる。性別はよく分からない。そんな概念は無いのかもしれない。
その者が満開の白雪の木の下で、邪物の中心で、絵を描いている。思考を奪う、美しさだった。
「あ…。」
風が吹いて、その者の手元から紙が飛んだ。邪物達が追いかける。紙は新月の方へ飛んで来る。反射的に、それを取った。
絵を描いていた者が新月のところに駆けて来て、言った。
「ああっ、ごめんなさい、それボクのです。取ってくれてありがとうございます。」
何と言うのが正解か分からず、新月は黙って紙を差し出す。相手は不快がることもなく、にっこりと笑って受け取った。
「そういえば、ここってどこかご存知だったりします?」
「…白雪の岡。」
「シラユキ…?う〜ん、もっと大きい地名でお願いします。」
「煌早の地。」
「それって何県ですか?」
「ケン…?」
新月が若干眉をひそめたのを見て、相手は何かを察したのか浅く頷いた。
「ここに国名とかあったら教えて下さい。」
「…?風世飲帝国。」
「あーはい、なるほど。これあれですね、今流行りの異世界ですね。」
新月は、"異世界"という発言に対してそう大きな感慨は無かった。それよりも、やはりここの世界の住人ではなかったのだと、納得を通り越して安堵の気持ちの方、余程大きかった。
「それじゃあ、地球とどっちがいいところか、見てみようか。」
チキュウ。この者の住む世界だろう。そこなどと比べたら、恐ろしく酷い場所だと感じるのではないだろうか。それとも下賤の人々に相応しいと思うのか、この汚れた地にも価値を見い出すのか。
「お兄さん、お名前は?」
「…新月。」
「シンゲツ。ええっと、月が見えなくなるあの現象と同じ字ですか?あれ?ここにも月ってあるのかな。て言うか、なんで言葉が通じ…?」
その者は考える様に空中を眺めた。少ししてから新月に目を戻し、
「……。異世界パワーだな!うん!」
何について一人で解決したのかあまり良く分からないが、まあ良いか、と新月は思う。
「新月は確かに月が見えないやつと同じ字だ。それがどうかしたのか?」
「かっこいいなあって思いまして。」
「カッコイイ?新月という名が?こんな名のどこが。」
「ふいんきが。…。名前、嫌いだったりします?」
「こんなものに好きも嫌いも無い。」
「ふうん。」
まるで新月の心内を見透かしたかのような瞳だった。漆黒の双眸。
「嫌いじゃないんなら、いいんですけど。ボク自分の名前嫌いなんで。大丈夫かなあと。」
「そなたが?」
「そなた。ふふっ、久し振りに聞きました。」
はぐらかされた。触れられたくないなら深堀りは無用だと新月は黙る。が、相手の方から、
「いや、名前嫌がる権利ぐらい、ボクにもありますから。」
「権利の話ではなく、そういった世では何かを否定することは、無いのかと…。」
言っている途中で馬鹿らしくなった。現実的でない。
「あのー、なんか勘違いしていらっしゃいません?ボクが元いた世界は、きゅーくつで、否定ばっかで、同調圧力だーい好きで、長年地球温暖化が叫ばれてんのにこれっぽっちも改善しない世界ですからね?」
「チキュウオンダンカ。」
「住むとこあっつくなって、色々大変だよってやつです。」
新月は頷きながら、話せば話す程に神秘性が減っていく相手を謎に感じた。
「話が逸れましたね。なんだっけ?ああそう、ボクのことはゆゆって呼んで下さい。」
「それはどう書くのだ?」
その者はにっと笑った。
「愉快の愉、二個っ。イカしてると思いません?自分で考えたんです。」
「愉快、か。」
「それでですね、新月さん。人の多い町中かどこかに案内して頂けませんか?そこからは一人で大丈夫なので。」
「町中へ行って、一人でどうするのだ?」
「見てみるんです、ここを。」
「期待外れだと思う。帰った方が良い。」
「帰り方知りませんし。」
黒い両目をじっと見つめる。
「世界の引っ越しなど、全てを捨てる気か?」
「そんな訳ないですよ!」
相手は屈託なく笑った。
「ボク、大切なものは、絶対に離さない主義なんです。」
純白と正反対の漆黒の目を細めているその者は、やはりこの世の者とは思えないのだ。
新月は、息を呑む。
「いっしょう、ね。」
天使の様で悪魔的。美しく意地汚い。
悠々と、愉快。