遊女の夢
抱かれる度に思うのは、私に逃場は無いのだと、実感させられる事。其れと、プライドがズタズタにされる事の二つ。
「半蔵はんはぁ、今日もあっちを、指名でありんすか? 」
反吐が出る様な甘ったるい声を出して、男を誘惑する。其れが、私の仕事。
両親が、私を売ったあの日から、私は遊女として働く。
何時から? なんて月日を遡っても、変えられない現実。考えた処で、疲れる…。
何も考えなきゃ好い。そう。例えるなら、人形の様に――…。
そんな時だった。貴方が現れたのは…。
客の男を満足させる=セックスだと思っていた私は、初めて貴方に会った時、驚いた。
だって、唯、他愛の無い話をして終り。何時も、其れだけだった。
彼は、来る度に何時も、私に外の話をしてくれた。
春だから、もうすぐ桜が咲く頃とか、市場には、新しい御店が出来た事とか、今日も、澄んだ青空だとか。
青空―…私には、もう、無縁な存在…。
「鈴ちゃん。此処から、逃げよう」
唐突に、そう言ってきた貴方に、私は思わず首を縦に振った。
でも、遊郭から逃げるという事は、死を意味するものでもあった。
「佐助さん…もし、そんな事したら、貴方も、貴方の家族も、皆殺されるのよ? 」
「其れなら大丈夫。だって、自分には家族が居らんし、鈴ちゃんの為なら、命を懸けてもええんや」
私達は遊郭を出て、兎に角走った。捕まらない様に…。
夜風に吹かれ、少し寒いものの、今はそんな事、如何でも良かった。
嗚呼…私、外に居るんだ―…。
隣に居る佐助さんと目が合い、つい、逸らす。顔が熱い…。
「どうや? 外の世界は」
「最高…! ねぇ、佐助さん」
「何や? 」
「もし…、逃延びたら、私、貴方に言いたい事があるの」
「奇遇やな。わいも、鈴ちゃんに言いたい事があるんや」
幸せだった。此の侭、時間が止ってしまえば好いのに―…。
其れは、儚くも、叶わない夢だと分っていた…。
「居たぞ! 」
「二人とも殺せ! 」
町中に響く銃声音。
体中に激痛が走り、其の場に倒れる。
隣に居る貴方は、血を流し、息をしていない。
「佐助さ…」
泣いた。涙は枯れてしまい、出てこなかったが、声を上げて。
背後から近付いてくる男達に、私は抵抗せず、刀が振り下ろされたのを最後に、意識が途絶えた――…。
終
後書き
悲恋…。其れに、暗くてスミマセン(>_<)
初出【2011年3月15日】