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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
ヴルカーンハウゼン
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第4話 釘付け



 ヘレナは思いきり息を込めてラッパを吹く。


 少し揺らぎのある音が廃墟の広場に響いた。


 盆地の奥から黒くうごめくものが確かに向かってくる。


 合図を聞いたイーナはすぐさま飛びだしてきて、梯子を上ってきた。


 「ついに来たみたいね、監視の順番三週目、ちょっといつもより遅いみたい」



 「ナトゥアは街の東、郊外の草原から接近中。数は二十数体。距離は不明ですが数分以内には接敵すると思われます」


 ヘレナはイーナが隣にしゃがむのを横目に一息で報告する。



 「了解、予定通りに作戦は遂行しよう」



 二人は額縁を背中から抜き、戦闘態勢をとった。


 ナトゥアの群れはヴルカーンハウゼンの街へとすでに侵入し、こちらへ続く通りをまっすぐ向かってくる。周りの廃墟は破壊していない。


 「想定はしていましたけど、通常と違って人工物の破壊を一切しないんですね」


 ヘレナは群れをじっと見ながら緊張の混じった声で言った。



 「自分たちを最優先目標にしているのかもしれない、まとまっていた方が狙いやすいからいいんだけど…」


 「緊張、しないんですね。初任務なのにすごいです」


 個々のナトゥアの形がわかるくらいまでナトゥアは近づいてきている。



 「大叔父に引き取られてからはよく実戦で訓練されたからかもしれない。だからあくまでも軍の命令では初任務」



 大叔父は無口だった。必要最低限しか喋らない。


 ヴルカーンハウゼン陥落後、帝都に迫るナトゥアを殲滅し、ついに病に伏して死ぬまでヴルカーンハウゼン奪還作戦を指揮し続けた人間だった。


 その功績から各方面への影響力は強く、帝室からも一目置かれる存在だった。


 数年前、大叔父の軍の代表として議員になるまでは、よく訓練と称して実戦にぶち込まれたものだった。


 基礎はヴルカーンハウゼンですでに身に付けてはいたが、ギリギリの戦いがほとんどだった。


 最前線でナトゥアの群れと片端から戦わせて、危なくなったら大叔父が遠方から若干の支援。


 これの繰り返しである。


 かなり破天荒なやり方だったし、ろくに自分を気にかけなかった大叔父だが、戦い方は多少まともになったかもしれないとイーナは思う。


 (といっても、父さんにはまだ届かない)


 あくまでも戦闘で冷静さが保てる、自分の戦闘能力なんてその程度だとイーナは思う。



 「実戦は訓練じゃないんじゃないですか…?」


 ヘレナはまだ戦闘に対して動揺を隠し切れない。


 「おかげで慣れたよ、そろそろ来る」



 ナトゥアが中央広場の前に到着し、外周の壁の前へと押し寄せる。


 しかし、外壁の前の地面から外側に突き出た棘状の障害物によって、ナトゥアはせき止められる。


 複数のナトゥアが障害物を飲み込もうと「切り口」を広げた瞬間、イーナの額縁は一瞬光を放った。


 障害物は一気に突き出されナトゥアを数体貫く。



 「基本的とはいえ、うちの額縁の力を即席で活用するなんて、ヘレナは賢いね」


 イーナはナトゥア群を塔の上から見下ろして、手早くさばきながら言う。


 「とはいえ、これでは時間稼ぎで限界かな」


 ナトゥアは仲間の損害に構わず障害物に取り付き、飲み込んで、消滅させていく。



 「学校の教本には、一応ヴルカーンハウゼン家のことも載ってて…まさか応用することになるとは思ってもみませんでした!」


 ヘレナは心臓の鼓動を抑えつけるように、できるだけ元気を出して言うと、息を大きく吸って集中し始める。



 「よし、いくよ…」


 徐々にヘレナの額縁が光り始めた。


 ついにヘレナ・エドラーの力を見る時が来たか。銀の箔で覆われた彼女の額縁をイーナは見る。


 エドラー家といえば、物体の動きを鈍らせたり、逆に宙へ浮かせるような力を持つことで知られる。


 ヘレナの額縁はゆっくりと光を強める。


 それに従って、外壁前のナトゥアの動きが鈍くなっていく。


 通常かなり素早いナトゥアがその場で立ち止まらずを得なくなっている。


 イーナにはナトゥアたちの体がみな一様に重くなって、立つので精いっぱいであるかのようにみえた。



 「少佐、お願いします、今です!」


 ヘレナが目を閉じたまま、体勢を維持して言う。


 「了解」


 イーナは目視で狙いを定めて力を行使する。


 ナトゥアはいとも簡単に地面から成形された棘に貫かれた。


 





 「エドラーがいるといないでは戦線の持ちが違うとは聞いていたけど、これはなかなかすごいね」


 ナトゥアはほとんどが倒され、掃討戦に移っている。


 「はい!正直ここまで…」


 「正直?」


 ヘレナが続きを言わないので、イーナはナトゥアの方を向きながら聞き返す。


 「まずいです、すごくまずいです!」


 かすれた声でヘレンが返す。


 「まずい?」


 掃討戦を終えてイーナがヘレナの方に振り向く。


 「ナトゥア総数不明、おそらく百体以上。全方位から廃墟群を消滅させながら侵攻中。距離は…」


 ヘレナの声は完全に震えている。


 イーナはすぐにヘレナの向く方向を見る。


 距離なんて測る意味もなかった。廃墟群はほぼ消滅して、奥行きは2軒もない。


 ナトゥア自体の姿は見えないから具体的な数はわからない。


 しかし、広場のほぼ全周で着実に崩れ消える廃墟はその奥にかなりの数のナトゥアがいることを示していた。


 「…まずいね」


 


 ナトゥアの特徴の一つで、人間が最も恐れているものがある。


 全く音を立てない。


 足音、人工物の消滅、飲み込む人間の叫び声、あらゆる音をナトゥアは消し去る。


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