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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
ヴルカーンハウゼン
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第3話 エドラー



 ヘレナが医療用物資を漁って松葉杖を手に入れ、味方に救援の鳩を飛ばすなど、応急的な作業をしてからイーナがいるテントへ戻ると、イーナはすでに鍋で食材を煮込んでいた。


 鍋を挟んで向かい合う形でヘレナは座る。痛みは処置のおかげでだいぶ収まっていた。


 先に口を開いたのはイーナだった。



 「ここを防衛することにした、撤退はしない。というよりかはできないが正しいかな」



 負傷者がいるうえ、撤退するにしても「灰色の森」を夜通し行かなければならない。


 もっと言えば、イーナの任務はヴルカーンハウゼンの防衛である。軍に配属されて早々に撤退したなどと伝われば、今後の印象は最悪だ。


 今後さらなる悪夢に見舞われないよう、イーナはもう少し戦う必要があると判断した。



 「防衛するならどこがいいでしょうか?高台のほうが良いんでしょうか?」



 「ここは盆地だから高台がないと思う、だとすると中央広場が最も視界が通って、防衛しやすい」 


 イーナは10年前の記憶を手繰り寄せるように思い出しながら話した。



 「故郷なだけあって、詳しいんですね!」


 ヘレナは紙に何やら書き出しながら、感心して言う。


 恐らく防衛に関する問題点とその対策を練っているのだろう。


 四ツ窓の少尉とあれば、帝都の士官学校くらいは出てすぐなのかもしれない。



 「うん、大体の地形と建物は知っていると思う。といっても、10年前の記憶を引っ張り出すのは大変だけどね」


 実際に、古い記憶は思い出したくはなかった。


 10年前のあの日、両親が消えた日のことと必ず結びついてしまうから。



 「──そろそろ頃合いかな」


 イーナは鍋で煮込んだスープをよそい、ヘレナへ渡す。


 キャベツとソーセージ、ニンジン、イモなどを煮込んだものだった。


 イーナはサワークリームをトッピングした。


 


 「ありがとうございます!」


 ヘレナは右足の怪我にも負けず元気に返事をする。


 しかし、片手で持った器からスープをすすりながらも、右手に持ったペンは離さない。



 「連隊長になったからってがんばるのはいいけど、多少の休息も必要だと思うよ」


 イーナはスープをパンと交互にかき込みながら呟く。



 「えっ?連隊長は少佐じゃないんですか?」


 ヘレナは思わず手をとめてイーナのほうを見る。



 「いや、厳密にはわたしは連隊所属じゃない。あくまでもこの街の拠点整備が主任務。連隊がここにいる間は連隊長の要望を聞きながら業務をこなすこととされてる。連隊長は基本的に中佐以上となると、実質的にも連隊の指揮下に入るはずだった。」


 イーナはパンを食べながら言い、


 「いまは自分より下の少尉が連隊長だけど」と付け加えた。



 「じゃあ、私が少佐の指揮下に入るので問題ないですよね?」


 イーナは首を振る。


 「二人だけという状況をみれば、対等で問題ないと思うよ」


 ヘレナは困惑した様子でとても何かを言いたげにしていたが、イーナはスープを飲み干して間髪入れずに続けた。


 「さっきまでメモをしてたのは防衛に関係するものだよね?食べ終わったら説明してほしいんだけど」


 「はい!」


 ヘレナは右手をスプーンに持ち替えてスープを飲み始めた。





 夕食兼会議を終えて、二人がテントから出ると、ヘレナは雪のようなものが降っていることに気づいた。


 「雪にしては季節外れのような気がしますけど…」


 季節は春であり、雪が降るような寒さはもうない。



 「雪じゃないよ、灰、火山灰」


 イーナは遠くうっすらと輪郭がつかめる暗い山を指さす。


 「あの火山からこちらの盆地に灰が降ってくる」



 「初めて見ました!噴火するんですか?」


 ヘレナは随分と驚いた様子で、灰を観察している。


 初めに出会ったときは痛みに苦しんでいたからわからなかったが、このヘレナという子は明るく活発な性格をしているようだとイーナは思った。



 「灰が降るから噴火するとは限らないよ、するときはするらしいけど」


 火山灰は白に近いがうっすらと暗い色もかかっている。それなりの量が降っているようだが、空は晴れていた。



 火山灰。イーナは久しぶりにそれを見た。これを見るといつも両親の言葉を思い出す。



 自分が泣いている。


 理由はわからない。両親がやってきて、かがんで自分をみる。


 ひととおり慰めた後、いつもきまって両親は窓を指さしこう言うのだ。


 そう泣くな、外に灰が降ってるのがわかるだろう。


 あれを見たら自分たちを思い出せばいい。そうすればなるようになる。と。



 「少佐?」


 声をかけられてはじめて、イーナは顔をしかめていることに気が付いた。即座に取り繕う。



 「うん、それで、最初は中央広場の外周の防衛だよね」



 「はい、広場の外周に少し高めの外壁と先端をとがらせた障害物の設置をお願いします」



 イーナはヘレナに指示されたとおりに中央広場の要塞化を進めていく。


 作業が終了するときにはもう完全に日が暮れていた。



 「おつかれさま、じゃあ先に休ませていただくね」


 テントに戻ったイーナが肩の灰を払いながら言う。


 降り始めた灰は短期間のうちにうっすらと積もっていた。


 夜間は交代で警戒を行い、何かあれば知らせることと食事のときに決めていた。



 イーナは背中から額縁を取り出すと、手ごろな樽に立てかける。



 ヘレナはイーナの額縁をしっかりとみるのは初めてだった。


 深みがかったこげ茶色で木製、シンプルな加工がされている落ち着いた額である。


 しかし、それよりも目を引くのは額の中に広がる「部屋」だった。


 そこまで広くなく、同じく暗い茶色を主とした調度品が多い。


 左手奥に小さいながらも天幕付きのベッドがおかれ、奥に暖炉、その手前にカーペット、丸テーブルとイスが配置されている。


 部屋の右手には大きな本棚、振り子時計、ライティングテーブルといった家具が並んでいた。


 特に本棚は天井に届くかと思うほど大きく、びっしりと本が並んでいたから、強い存在感を放っていて、なんとなく蔵書を眺めてしまう。


 


 イーナは額縁をくぐって「部屋」に入ると、ランプに明かりを灯し、かがんで荷物を漁り始める。



 「部屋」の中から額縁の外を見ると、まるで窓から外を見ているように感じることがある。こうした額縁を持つ四つの家が「四ツ窓」と呼ばれるのはそれが由来だと、よく言われる。



 イーナは何か見つけた様子で、額縁へと駆け戻ってきた。



 「はい、これ」


 額縁から身を乗り出してヘレナに渡されたのは、バルブを持たない単純なラッパだった。


 


 「何かあったらこれで呼んでね、吹ける?」



 「まあ、音を出すくらいならできますけど…?」



 「なら大丈夫、いってらっしゃい」


 イーナはラッパをヘレナに強引に押し付けて、そのままベッドのほうへ行ってしまった。






 ヘレナは広場の真ん中の塔の上へと昇る。


 高いところのほうが監視がしやすい。


 傷はまだ鈍い痛みがあり、松葉杖をつくような体で梯子をあがるのはやはり辛かったが、イーナが梯子を作るときに段の間隔が狭いものに仕上げてくれたので、幾分か上りやすくはあった。



 塔の上の像の隣に腰かけて、周囲を注意深く観察する。


 満月に近い日だったため月明りがあり、比較的遠くの様子までわかる。


 こんなときにブルクナー家の人間がいたらよかったのになどと思いながらヘレナは周囲を見渡す。


 だんだんと夜に目が慣れてきて、廃墟群の屋根や、遠くの山の稜線が見えてきた。



 (多少の休息も必要だと思うよ)


 少佐の言葉が突然よみがえってくる。


 あれはたしか、ここの防衛の問題点を洗い出していたときの話だった。


 少佐はおそらく自分が義務感とか、そういったものに駆られて行動していると思ったのかもしれない。



 でも、それは違うのだ。



 ひたすらにものを書いたり、事細かに計画を立てるのは、自分が熱心などというわけじゃない。


 目の前のことに集中しなければ不安でやっていけないからだ。


 まだ事態を飲み込めていない自分がいて、何もわからない。


 ナトゥアが今までにない挙動を見せ、いきなり連隊一つを消し、自分は負傷、計画立案までは役に立てても、いざ戦闘となれば足手まといなのは明確、そんな二人だけでナトゥアを相手取ることになる――そんな状況で手を止めると、逆に不安に飲み込まれてしまう気がした。


 しかし、ここではほとんど何もできない。やれることはしてしまった。


 ただひたすら、敵が来るのを目を見開いて待つほかないのだ。



「――監視任務は得意じゃないなあ…」


 生気を感じられない街の頂上で、ヘレナはひとり呟いた。


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