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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
帝都
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第20話 契約



 「少し待ってください。シュテルマーの対策と、私がエドラー貴族軍に入ることのどこに関係があるのかなと思うんですが」


 イーナがフリッツに対して疑問を投げかける。



 「『端的に』と言っただろう。今から詳細を説明させていただく。返答はそのあとで構わない。ただ、できる限り早めに決めていただかないと面倒ではあるのだが」


 フリッツはイーナを落ち着かせて、話を続けた。



 「イーナ君、君の今の所属はどこか教えていただけるか?」



 「帝国軍方針決定委員会作戦局直属ヴルカーンハウゼン防衛担当官…です」



 「そうだ。シュテルマーは君の間接的な上司に当たる。その役職は本来仕事がほぼ全くない、適当に作られたものだ。恐らくシュテルマーは君をそこに左遷したかったのだろう。」



 「しかしその読みが外れたと?」



 「察しが良くて助かる。だから議会で君を召喚し、連隊消失の責任を取らせるという形で君を完全に失脚させようとした。でも考えていただきたい。上司が部下の責任を取らせるために、議会の権利を使って部下を召喚するなんておかしな話だと感じないだろうか。しかも、当家のヘレナが指摘した通り、消えた連隊は委員会の直属、もし責任を負うならば委員会のはずだ。なおさらおかしい。」


 まあ、シュテルマーがおかしいのはいつものことだが、とフリッツは小声でつぶやいた。


 フリッツはテーブルの上のワインをグラスに注ぐと、一口飲む。



 「話を戻させていただく。つまり、シュテルマーがいまだに君の上司になっているのが問題だということだ。いつ転任の知らせが届いて、それこそ死地に送られるかわからない。シュテルマーはそういう意味で主導権をまだ握っている」



 「だから軍籍を帝国直属からエドラー家に移せば問題ない…」


 イーナは俯いて少し考え込むそぶりを見せる。



 「そうだ。君が帝国軍から外れてしまえばシュテルマーは人事についてとやかく言うことはできなくなる。貴族軍の人事権はその軍を指揮する者が持つわけだからな。もし君がエドラーの軍に籍を置けば、君はシュテルマーに邪魔されることはなくなるし、私はヴルカーンハウゼンという強力な人材と協力することができる。双方に利益のある提案だとおわかりいただけただろうか」



 「少し待ってください…私はまだヴルカーンハウゼンの任務から外されたわけではありません、今すぐそちら移れば、帝国軍側の命令に背いたと受け取られかねません。それこそ囚人大隊送りですよ」



 「それについてだが、君はすでにその任務から外されているという情報が入っている。君が帝都に来るまでに、シュテルマーが先走って解任したんだろう。さっき君の所属を聞いてそれに肯定したが、申し訳ない、話の流れの都合上、訂正するのを後回しにさせていただいた」


 エドラー家の者には軍方針決定委員会の委員もいる。


 フリッツの言うことにはある程度信憑性があるとイーナは思った。



 「軍の任務問題が解決しても、そちらの言う『理論の実践』を説明していただかないと…」


 イーナは言葉を濁らす。


 ヘレナもケーキを口に含んだまま細かくうなずいていた。



 「もちろんだ。説明する」


フリッツは手に持ったグラスをテーブルに置いた。



 「理論という仰々しい言い方をさせていただいたが…いわゆる軍の改革の一環、部隊の試験運用のようなものだ」


 



 「部隊の試験運用?」



 「そうだ。本来『窓持ち』はナトゥアとの戦闘において、中隊や大隊、連隊などの各部隊に分散配置するような方法を取ってきた。しかし、試験的に『窓持ち』の少人数集中運用でナトゥアに対抗できないかと考えている」


 「シュテルマーの『窓持ち』に対する評価は知っているか?」



 「なんとなくですが…『窓持ち』も強いが一般兵もそれに比類するほど強くなりつつあるだとかなんとか言っていたような気がします」



 「そうだ。大抵の四ツ窓貴族はこの言説はシュテルマーが四ツ窓の評価を下げるための策略だと考えているが、完全に間違いだと言い切ることも難しい。というのも、一定の条件下では、武器の技術革新によって一般兵が『窓持ち』に火力で並ぶことが有り得るからだ。今までは『窓持ち』が部隊防衛に必須だと考えられてきたが、状況が変わってきているともいえる。そこで、各部隊に散り散りになった『窓持ち』を小規模に編成すれば、より集中した火力や機動性を発揮する自己完結型の部隊が完成するのではなかろうか。そして、ゆくゆくは大規模なものを集中して戦線に投入すれば、この長きにわたる争いを打開できるかもしれない…そんな理論だ。」


 フリッツは大きく息をついた。



 「そんなことを考えていたら、君たちの話が舞い込んできた。ナトゥアが不審な動きをするという話だ。しかも、二人の『窓持ち』が協力して大量のナトゥアを殲滅したと。私はここが潮時だと思った。だから、理論を実践に移してみようと考え、話を持ち掛けさせていただいた次第だ」



 イーナはじっと考え込む。


 さすがのヘレナも一旦皿をテーブルに置いて、考えを巡らせていた。



 「試験運用というが、前線で無理に投入するつもりは毛頭ない。あくまで指揮権のほとんどはイーナ君に渡すし、部隊行動の自由を認めたい。連携も取りやすいだろうから、当家のヘレナも同行させる。それでも良いなら紙にサインをお願いしたい。ただ、決めるなら早めに、だ。奴は動き出したら早い」


 フリッツは背中から半分足らずほど額縁を出すと、少し光らせる。


 部屋の隅の机の引き出しが開き、中からペンとインクと契約書が宙に浮かんで出てきて、イーナの前のテーブルにふわふわと着陸した。



 イーナは契約書を手に取って内容をみる。


 フリッツの話した通りの内容が記されており、あくまでもヴルカーンハウゼン家とエドラー家の提携という形をとっていて、イーナには不審な点は特にないように見えた。


 それどころか、契約期間は存在せず、イーナが望めばいつでも契約を終了できるという、イーナに有利な内容すら書かれている。


 フリッツがイーナをうまく利用しようとか、そんなふうに考えているようには見えなかった。


 そもそも、四ツ窓同士が争う利点はない。


 昔から四ツ窓は少数派で、対立する派閥もいるため、互いに緊密な連携をとってきた。


 そして、戦場では額縁を用いて協力して戦う間柄である。


 実際に今回も、双方に利益のある提案をしてきている。


 問答無用でシュテルマーによって最前線に送られるよりかは、自分の裁量がある程度許され、融通が効くエドラーの部隊の方が良いかもしれないとイーナは思った。



 「予定している任務の具体例などはありますか?」


 フリッツの話し方の様子を見るに、無理な戦闘は行わなさそうだが、判断するにあたってもっと具体的な任務の内容が知りたいとイーナは思った。



 「そうだな…戦闘を主とするもの以外のものも予定している。例えば…苦戦している部隊の戦闘支援などを考えている。最近の様子を考慮すると、未奪還地域に浸透し、異変があるナトゥアの調査も良いかもしれない」


 フリッツはチーズをつまみながら例をあげる。


 フリッツのあげた最後の例がイーナにとって決め手となる一言だった。



 イーナはペンを取り、自らの名前をサインする。


 ペンが机を走る小気味良い音が鳴り、契約が完了した。



 「構わないのか?」


 イーナがサインしたのを見て、フリッツが最後の確認をする。



 「はい」


 まっすぐな声でイーナは答える。


 フリッツはゆっくりとうなずいた。



 「感謝する。これでヴルカーンハウゼンとエドラーの協力が約束された」


 フリッツは再び額縁で紙を浮かせ、移動させ、自らの部下に渡す。


 部下は急いで部屋から出ていった。



 「あれを至急軍方針決定委員会に提出させていただく。提出が終わればシュテルマーはもう手を出せないだろう」


 フリッツは少し安堵したように一息ついて、ワインを飲む。


 ワインを飲み終わると、こちらに向きなおって口を開いた。


 「問題の一つは片付いた。残りがいくつかあるのだが、それを早速君たちの最初の任務要請とさせていただきたい」



 「時間がかかると思う、ゆっくりで構わないのだが、部隊の人員を集めていただきたい」



 「はい?」


 イーナは思わず聞き返してしまった。


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