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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
帝都
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第18話 急なお手紙

 議会に乱入した翌日、真鍮製のドアノッカーの音を聞いて、イーナが玄関のドアを開けると、郵便配達員が一通の手紙を差し出してきた。


 叔父のマンフレッドはヘレナとイーナの朝食が終わっても寝室から起きてこない。


 使用人の彼女も朝は家事に忙しい。


 したがって、イーナがまるでこの家の主人かのように郵便を受け取らざるを得ないのである。


 とはいえ、いつものことではあるからさほどイーナは気にしていない。



 イーナは封筒の表を見て宛名を確認する。


 珍しくイーナ宛の郵便だ。


 イーナは文通をするような人間はいないので、差出人は基本的に仕事関係になる。


 


 「どこからのお手紙ですか?」


 ヘレナもイーナの背後から郵便をのぞいた。


 イーナは差出人の名前を確認する。


 トヴィストブルク…フリッツ・エドラー…見覚えのある文字が並んでいる。



 「うちの屋敷からじゃないですか!」


 ヘレナがイーナの耳元で叫ぶ。



 「内容は大体予想がつくけどね」


 二人は客間にそのまま移動し、隣り合ってソファに座る。


 ヴルカーンハウゼンでヘレナを助けたお礼のお手紙だろう、そう踏んでイーナは封筒を開け、手紙を取り出した。


 


 「ほうほう、当家のものを救護していただき御礼申し上げる…ぜひトヴィストブルクにお越しいただき…」


 ヘレナはソファから身を乗り出して、ローテーブルに置いた手紙を読み上げる。



 「まあ、来ちゃいますよね…こういうの。エドラーとしては出さないわけにはいかないですもんね」


 ヘレナは妙に納得したような口調で言う。


 当事者が他人事のようにそれを言ってよいのだろうか、という考えがイーナの頭をよぎるが、それはひとまず置いておいて、イーナはヘレナに質問をした。


  「ここからトヴィストブルクってどれくらいかかるかな?帝都からはすぐとは聞いているんだけど、具体的な所要時間は知らなくて…」


 正直なところ、お礼を言われるためだけに出かけるのは気が引ける。


 こちらがお礼を言われるのにも相当な準備が必要なのだ。


 そこでイーナは距離を理由に断れないかと一計を案じた。


 



 「あれ?イーナってトヴィストブルクに行ったことなかったんでしたっけ?」


 イーナはうなずく。


 


 「大丈夫です、馬で片道3時間もかかりません」


 とても近い。今からでも行ける距離である。


 こんな距離で断ったら露骨に会いたくないと言っているようなものだ。


 イーナがソファの上で面倒そうな顔をしていると、ヘレナは話を続ける。


 ヘレナの中では既に行くことが決定しているようだ。



 「そうだ、初めて行くなら街を案内しますよ、ヴルカーンハウゼンの再建の参考になるかも」


 ヴルカーンハウゼンの再建と聞いて、イーナははたと思い出す。


 そういえば既にヴルカーンハウゼンは奪還されているのだ。


 ここ数日慣れないことが多すぎてすっかり忘れていた。


 貴族家という観点で考えれば、失われていた領土がイーナのもとに帰ってきたということになり、イーナがその領主ということになる。


 しばらくは前線に近い都合上、実質的には帝国の管理下に置かれるだろうが、将来的にはイーナが再建することになるのだ。



 (ますます建築する能力を身に着ける必要がでてきたかな)


 となると、トヴィストブルクに行くのも意味があるように思えてくる。


 トヴィストブルクも更地から計画され、建設された街だからだ。


 この手の知識をあまり持たないイーナにとって、実際に目で見て得るものは多いだろう。


 後学のためにもトヴィストブルクの街を知る必要があるかもしれない。


 


 「それじゃ、お言葉に甘えることにするよ」


 イーナは肯定的な返事を返す。


 いつかまとまった休みが得られたら行くとしよう。


 戦線が前進し、ヴルカーンハウゼンがより安全な地域となれば、イーナも街を多少は離れられるようになるだろう。


 ヴルカーンハウゼン周辺の戦線の前進速度はかつてないほどに早いと聞く。


 そんな日が来るのも思ったより早いはずだ。



 「あ…なんかお礼だけじゃないみたいですよ?手紙がまだ続いてます」


 ヘレナが続きを読み上げる。


 「えーと、これらに加えて、こちらから提案をさせていただきたい。これからにかかわる双方にとって利益のある話である。本書が届き次第、返答はなしで構わないからできるだけ早くトヴィストブルクにお越しいただけると…」



 「ちょっと待って、どういうこと?」


 イーナが手紙を読み上げるヘレナを遮って聞く。



 「私に聞かれてもわかりませんよ…今から行きゃわかるんじゃないですかね?」


 ヘレナが時計を指さす。


 午前7時前。


 今から支度してもトヴィストブルクには行ける、行けてしまう。



 「――どうして、こう、急なのかな?」



 「はい?」


 ヘレナはきょとんとした顔で言う。



 「ヴルカーンハウゼン赴任の命令書も、召喚状も、この手紙も、みんな急な気がするなあって」


 基本的には受け取ってすぐに行動に移せと迫っている。


 しかも不安感しかイーナに与えない内容であるうえ、3回連続立て続けである。


特に今回の手紙の「これからの双方に利益のある提案」なぞ、怪しい印象しか感じない。


 具体性の欠片もない書き方である。



 「あー、まあ、残念ですけど、仕方ないです、運が悪い。でもどっちにしろ、今日行けるんですから、今日行きましょう。明日になって4度目の急な命令でも届いたら困りますし」



 「――そうだね」


 イーナは迂闊に愚痴ったことを後悔する。


 ヘレナが運命の流れに身を任せて生きていることを忘れていた。

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