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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
帝都
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第15話 議会乱入



 「召喚される前に、少しお話をしに参りました」


 イーナは会議場の真ん中で言う。


 会議場は半円状に議席が並んでいて、それに囲まれるようにして演壇があり、天井はドーム状になっていた。


 


 「許可なく議員以外の人間が入るのは禁止だ。退出したまえ!」


 シュテルマーが叫ぶ。


 イーナに主導権を渡してはならない。


 渡せば計画に綻びが生じる。



 「議長!反対が半数を超えなければ許可されるはずです」


 「議題にすべき重要な報告書があります。ヴルカーンハウゼンでのナトゥアの様子についてです」


 イーナは叫び返す。


 イーナは帝都に来るまでにコツコツ書いたこの報告書こそが、イーナを完全な失脚に追い込もうとするシュテルマーに対抗する、重要な武器だった。


 報告書にはヴルカーンハウゼンでの戦闘の報告とナトゥアの異変についてまとめられている。


 イーナの作戦はナトゥアの異変を先に伝え、議会の主題を責任追及からナトゥアの対抗策へとずらすものである。


 その手始めとして、この報告書を最大限に活用するために、イーナは行政議会に思い切って乱入した。


 行政議会では議長や議員の反対が大量に出ない限りは、発言などの行為は議員でなくとも認められることが多い。


 そこらへんの市民が発言した事例も存在する。


 イーナはシュテルマーより先に議会の主導権を握る手として、議会へ早い段階での乱入し発言権の請求を行ったわけである。




 イーナの作戦はある程度の効果があったらしく、中立派貴族の議長は突然の展開に動揺した。


 議長だけではない。


 ほとんどの議員がイーナの発言に動揺していた。


 議員たちにとっても報告書は気になる内容である。


 ナトゥアが一度に連隊を丸々消滅させたことは前例がなく、自分たちの軍を持つ貴族たちはかの連隊と同じ目に遭わないよう、その詳細を知りたがっているからだ。



 しばらくすると、議長が冷静さを取り戻して周りのざわめきを沈める。


 「…イーナ・ヴルカーンハウゼンの発言に反対な者は挙手を」


 議長がゆっくりと言う。


 手を挙げたのはシュテルマーと軍を持たない貴族、それも額縁対立派の者のみだった。


 挙手は議会の1割にも満たないわずかな人数、イーナの発言が許されることは明らかだった。



 「では、イーナ・ヴルカーンハウゼンの報告書に関する発言を許可する」


 議長が重々しい口調で言った。


 抗議をして立ち上がっていたシュテルマーは下唇を噛みながらしぶしぶ席へ座る。


 イーナはひとまず、シュテルマーに主導権を渡さないことには成功した。


 しかし、全くもって油断はできない。


 


 イーナは会議場の中央に置かれている演壇の上に立った。


 それと同時に、ヘレナが演壇に額縁を立てかけ、中に入る。


 議場にざわめきが広がった。


 


 「証人の一人が許可なく額縁の中に入るのは控えて頂きたいのだが」


 議長が静かに言う。



 「極めて重要な書類なので、最も安全な額縁の中にしまっています。すぐに終わりますので」


 ヘレナの声が額縁の中から聞こえてくる。


 「だそうです」


 イーナは軽く付け加えた。


 シュテルマーの方をちらりと見る。


 彼の体は細かく揺れていた。


 膝を細かく揺らしているのである。


 顔こそ冷静さを保っているように見えるが、確実に苛立っているのが見てとれた。



 (ヘレナの阿呆らしい作戦、もしかするとうまくいくかも)


 イーナは半信半疑ながらヘレナの作戦に少し期待を寄せ始めた。


 ヘレナの作戦の立案は、シュテルマーが談話室を出たあとにさかのぼる。




 「ここまでの話を聞く限り、シュテルマーは冷静で頭の回転が早いのが問題だってことですよね?」


 談話室の窓際に座るヘレナが言う。



 「まあ、そういうことかな」


 イーナは答える。


 


 「つまり、シュテルマーを怒らせれば勝ちやすくなりますよね?」



 「ちょっとよくわからない」


 イーナは困惑した。



 「ほら、人間って怒ると乱暴になったりして、判断力が鈍るものじゃないですか」


 「だから細かいところで彼をイライラさせれば、糖分不足も相まって彼の頭も鈍るんじゃないかと思って」


 ヘレナが机の上の食べかけのケーキを眺めながら話す。



 「随分阿呆らしい作戦だね、具体的には何をするの?」


 イーナがくすりと笑って言う。



 「阿呆らしいのは認めます。シュテルマーを怒らせるなら…例えば、報告書を額縁の中にしまっといて提出するのに手間取る…とかですかね?」



 「シュテルマーは非合理的なことが嫌いだから、多分それは確実に苛立つよ。思いつきだけどやってみるのもいいかもしれない」


 阿呆らしいけどもとりあえず提案する、ヘレナらしいといえばヘレナらしい、面白い提案だった。



 


 額縁の中から報告書を携えたヘレナが出てきたのは、数分ほど経った頃だった。


 シュテルマーは相変わらず体を揺らして苛立っている。


 イーナはヘレナから報告書を受け取って演壇の上で開いた。


 


 「この報告書はヴルカーンハウゼンでのナトゥアとの戦闘の記録と、その際のナトゥアの様子について、イーナ・ヴルカーンハウゼンの視点から記したものになります。ここで読むのにこの報告書は長すぎるので、簡単に内容をまとめた要旨だけ読み上げ、軽く私見を申します」



 「どうぞ」


 議長はイーナが報告書を読み上げる許可を出した。


 


 イーナは公式文書にありがちな、少し堅い文章を読み上げる。


 理解しづらい言葉回しではあるが、内容は非常に単純なものだった。


 イーナはヴルカーンハウゼンでの戦闘の経緯とその様子を読み上げ、ナトゥアの動きから、ヴルカーンハウゼンでは、ナトゥアが作戦を立てて行動した可能性が高いという私見を述べた。


 


 「質問は」


 イーナが読み終わると、議長が質問の有無を議員たちに問いかける。


 すぐさまシュテルマーの手が挙がった。



 「シュテルマー軍方針決定委員長」


 議長がシュテルマーの発言を許可する。



 「君の報告書を俺に見せてくれないか?内容をもう少し見てみたい」


 


 「どうぞ」


 イーナは演壇から1番近い議長に報告書を手渡し、右奥の高い議席にいるシュテルマーにまわすようお願いした。


 議席から議席へ、次々と報告書がまわされ、シュテルマーのもとへたどりつく。


 シュテルマーが報告書を受け取ると、まるで鉄の塊をいきなり持たされたかのような振る舞いを見せ、報告書を議席の机に置く。


 重いものを置いた低い音が議場に響いた。


 イーナがすぐさま振り返ってヘレナの方を見ると、ヘレナは背中の革ケースから少しだけ額縁を出して握っており、額縁は少しだけ、淡く光っていた。


 目が合うと、ヘレナは口元を少しだけほころばせる。


 これはイーナも知らされていない。


 ヘレナがシュテルマーを怒らせるために、その場の機転で考えたものだろう。



 シュテルマーは片手で受け取ったせいで、手を軽く挟んだらしく、片手を振りながら、大きなため息をついた。


 冷静であった顔も、険しくなってきて、眉間に常に皺が寄ったようになっている。


 「俺は報告書を読んでいるから、ほかの議員の質問でも聞いて構わない」


 言葉遣いが少し荒くなっていることにイーナは気づく。


 確実に怒りは蓄積されているだろう。


 普通の人間なら明らかに態度に出しているところだが、それでもなお、シュテルマーの受け答えはしっかりしており、怒りはあるものの冷静であろうと努めている。


 


 (さすが帝国一の資産家、単純な作戦はそう簡単には成功しないか)


 ヘレナの作戦はシュテルマーに対して一定な効果は出したが、それだけで決め手とはならないかもしれない。


 やはりヘレナとシュテルマーの受け答えで決着をつけざるを得ないかもしれないと、イーナは思った。



 イーナが顔をあげて議席の方を見ると、中立派や四ツ窓派など、さまざまな派閥の者から挙手があがり始めているところだった。


 まもなく議長が順番に質問を許可し始め、イーナもそれぞれの質問に対して答え始めた。


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