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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
帝都
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第13話 官庁街の引け目



第13話 官庁街の引け目


 今朝の帝都は少し曇っていた。


 「まだ日が出ていないと朝は寒いですね」


 マンフレッド邸から遅れて出てきたヘレナが身震いをしながら言った。


 マンフレッド邸から行政議会までは徒歩で10分。


 目と鼻の先といってもいいが、イーナは開会より少し早めに出ることにした。


 


 「ところで、朝は夫婦ともにお見えになりませんでしたね」


 ヘレナが歩きながら言う。



 「割といつもそんな感じかな、遅くまでアトリエに籠っている分、起きるのは遅かった」


 イーナが滞在していたときも、毎朝夫妻は朝早く起きてはいなかった。


 しかし使用人が朝早くから働いてくれていたため、これといってイーナは気にしていなかった。



 「そういえば確かに、使用人の方も二人分しか朝食を用意されていませんでした」


 使用人は物静かな女性であり、マンフレッド邸の家事全般を任されている。


 家をあの状態に保てているのは彼女のおかげである。



 ヘレナとイーナは二人だけで朝食を食べ、マンフレッド邸を出たのである。


 「来客が泊まっていてもあの調子だとは思わなかったかな、貴族にしては異端かもしれない」


 それを聞いたヘレナは困ったように笑う。


 ヘレナが驚くのも無理はないとイーナは思った。


 


 午前9時の通りはすでに人の往来が盛んで、大小様々な馬車が行き交い、人が歩いている。


 道の両脇の店々は開店の準備を着々と進めていて、帝都はますます賑やかになろうとしていた。



 二人は間もなく官庁街へと入る。


 「あんまりこっちの方へ来る用事がなかったんですけど、雰囲気が全然違くてちょっと新鮮です」


 ヘレナが歩きながら左右を見渡して言う。



 「国が計画して建設したらしいから、ほかの地区よりももっと整っているね」


 イーナは議員時代によく来ていたから、特に目新しくは感じなかったが、特徴的な区画ではある。


 官庁街は内壁でも一際整理されて、道は碁盤の目のようになっている。


 加えて、歩行人と馬車の道が街路樹によって区別されていた。


 交通の印象もマンフレッド邸のあたりとは大きく変わって、通行人は役人と思われる者や巡回する兵士が多くなり、馬車も商品を乗せたものは一気に減って、装飾を施した客車を引いているものが多くなる。



 そして何よりこの地区の印象を決定づけているのは、立ち並ぶ建造物群であった。


 ほかの地区は建物に塗装が施され、その色も様々だが、官庁街はむき出しの石材をそのまま使っている。


 建物はどれも高く、重厚な雰囲気を醸していた。


 


 「官庁街の建物は全部、ヴルカーンハウゼンが建てたんですよね」


 ヘレナが唐突につぶやく。



 「なんだ、知ってたんだ」


 家の自慢と受け取られないため、意図的にそのことを話さなかったイーナが驚く。



 「士官学校では歴史の授業も必修ですから」


 「ヴルカーンハウゼンは歴史の教科書じゃ常連ですよ」


 ヘレナは笑って言う。


 ヴルカーンハウゼンは戦闘だけではなく、帝都の建設にもある程度関わったといわれている。


 その最も代表的なものが、帝都の官庁街だった。


 ものの形を変形できる能力は、敵の攻撃だけでなく、防衛や建築にも適していたらしい。



 「イーナもこれくらいの建築ができるんですか?」


 ヘレナが無邪気に訊く。


 イーナは首を横に振った。


 実のところ、イーナが意図的にこの話をしなかったのは、この質問をされたくなかったというのもある。


 「私はできないかな。教えてもらっていないから。私は大叔父の野戦築城を一回しか見たことないんだ」


 イーナは結局のところ、誰からも築城や建築の方法を教えてもらってはいない。



 「でも、ヴルカーンハウゼンである以上は、できるようになるってことですよね!いつか私の家もでっかく作ってください!」


 ヘレナは楽しそうにしている。



 「築城の様子は見たことがあるし、建築の種類も本で読んでて知っているから、望みがないわけではないけど、今のところは無理かな」


 イーナはぎこちなく笑う。


 イーナには一人であそこまでの技術を習得できる自信がなかった。




 イーナは一度だけ見たことがある大叔父が築城する様子を思い出した。


 あれは大叔父の軍が損耗の激しい友軍と合流したときのことだったか、友軍が回復するまで森の中で拠点の防衛を迫られたことがあった。


 馬上の大叔父はすべての人員を小さな集落の中に集めると、自らの額縁を背中から抜き出した。


 背中から取り出した時点で額縁は輝いて、間もなく集落の周りの数百本もあろうかという木々に変化が起き始める。


 木々は背景に少しずつ溶け込むようにして粉化し、集落の周りを舞った。


 粉は集落の周囲を砂嵐のように回り始めて、集落を取り囲む。


 やがて激しく舞う粉塵の中から、かすかに輪郭が形作られ、ゆっくりと簡易的な木製の要塞が姿を現した。


 木製ながらも高い壁、見張り塔を持つ円形の要塞であり、要塞周囲には空壕も設けられている。


 要塞の壁は厚みがあり、ナトゥアが破壊するのにも時間を要するようにできている。ナトゥアに対しより多くの兵が銃で攻撃しやすいよう、内部は多段構造となっていた。


 要塞によって、大叔父の軍と友軍は予定通り2週間、散発的なナトゥアの襲撃から持ち堪えることに成功した。




 「じゃあ、今度練習しましょうよ、できたら技の名前もつけたいですし…あ、話してるとあっという間ですね、着いちゃいました」


 ヘレナの声を聞いてイーナははっと顔を上げる。


 


 目前には帝国の中枢、行政議会会議場があった。


 帝都の最中心に位置する議会の前には大きな広場と噴水があり、馬車がつけられるようになっている。


 建物は左右対称で、白い大理石の柱が整然と並ぶ。


 天井には大きなドームがあり、柱の奥の入り口には兵が二人、銃を持って立っていた。



 二人は議会の前の数段の石段を登る。


 大理石の柱はイーナの背丈の5倍はあろうかと思われた。


 二人が石段を登り終わろうとするとき、二人の左手から二頭立ての馬車が走ってきて、議会の前に止まる。


 金の装飾が施されたその馬車にイーナは見覚えがあった。


 間もなく馬車から御者が降りて、客車の扉を開く。


 客車から降りてきたのは、中年に差し掛かるくらいの男だった。


 男はこちらの方を見るとにっこりと笑う。



 「シュテルマーだ」


 イーナは顔をしかめる。


 行政議員時代に一番しつこかった議員だ。


 大叔父の代理で提案した法案の審議では、そのねちっこい質疑で特に苦労させられた記憶がある。


 大叔父が亡くなったあと、どこからともなく大叔父の友人を召喚したのも彼だ。


 イーナは今回の召喚状もシュテルマーの派閥が提案したのではないかとみていた。



 「あれが…額縁対立派のトップですか、とんでもないお金持ちだっていう…」


 ヘレナも当然知っているようだった。


 何しろ帝国でも一二を争う資産を持つ貴族である。


 帝国において知らない者を探す方が難しいだろう。



 「やあ、イーナ君。しばらくぶりだね。ヴルカーンハウゼンに行かれる時に挨拶ができなくてすまない。何しろ急だったから、君が出発したあとに知ったもので」


 シュテルマーは二人に近づいてきて、声をかけた。



 (急も何もシュテルマーが決めたことじゃ…)


 行政議会の軍方針決定委員会の中枢であるシュテルマーの承認なしに貴族の転属はできないはずだ。



 シュテルマーはイーナの横のヘレナにも挨拶をする。


 「君がヘレナ・エドラー君か。研修任務中にあのようなことになったと聞いている。不運だったね。いや、一人生き残れたのだから幸運というべきか…?」



 シュテルマーは口元に笑みを浮かべると、少し考える仕草をみせて、気を取り直したように言う。


 「まあともかく、遠路はるばるご苦労だよ。ここでは変に思われる可能性がある。続きは中に入って話そうか」


 ヘレナとイーナはシュテルマーに誘導されるかのように議会へと入っていく。


 イーナとシュテルマーの冷たい戦いは、すでに始まっていた。


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