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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
帝都
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第11話 マンフレッド



 ヘレナとイーナは客間に通される。


 広さ、調度品ともに至って普通の客間だが、一際目立つものがあった。


 壁に飾られた絵である。


 シンプルな木製額縁に室内を描いた絵画がはめられている。


 描かれているのは落ち着いた雰囲気の寝室で、絵画の右手に窓が並び、光が差し込む様子が極めて写実的に表現されている。



「すごくきれいな絵ですね…四ツ窓の『部屋』を見てるみたいです」


 ヘレナが絵をじっと眺めながら言う。



「私が描いたんだ、絵を仕事にしていてね」


「マンフレッド・ヴルカーンハウゼンだ。よろしく」



「ヘレナ・エドラーです。すごい絵を描かれるんですね」


 三人は客間のソファに腰かけた。



「ああ、室内画をよく描くんだ。最近やっとお得意先ができてきた」


 「窓持ち」ではないマンフレッドはヴルカーンハウゼン家の人間だとあまり認識されない。


 しかし幸いにして彼の描く室内画が大商人や一般貴族から良い評価を受けつつある。


 マンフレッド曰く、四ツ窓に最も近い「窓」を持たない人間が、「部屋」のような絵を描くのがウケたらしい。



「窓の光がすごくいいです!」



「お客は四ツ窓の『部屋』が好きな人が多くてね。お客の好みに合わせて絵を描くんだが、窓を部屋に描くことも多いんだよ」


 マンフレッドはソファに座って、後ろの壁に掛けられた絵を見ながら答える。



「お客さんの要望によっては人物を入れることもあるんですか?」


 ヘレナが素朴な疑問を問いかける。


 貴族や大商人が欲しがる絵画と言えば、肖像画が一番最初に思いつくだろう。



「いいや、肖像画は苦手なものでね。断ることにしているんだ。」



 使用人が飲み物を持って部屋に入ってきて、それぞれの前に置くと、一礼して速やかに出ていく。


 少しの間会話が中断される。


 マンフレッドは使用人に一言礼を言うと、カップを持って一口飲んだ。



「失礼、絵を褒められたもので少々熱が入ってしまったよ」


「イーナはどうしてエドラー家のお嬢さんと一緒にいるか聞いていなかった」



「ヴルカーンハウゼンで拾ってきたんです」


 イーナはさらりと答える。



「子犬みたいに言わないでくれませんか…?」


 ヘレナがあからさまにソファを揺らしてイーナのほうに向きなおった。



「もう少し詳しい説明が欲しいね」


 マンフレッドは苦笑した。





「――それでヘレナを拾ってきたんです」


 イーナがこれまでの経緯を部分部分省きながら話した。


 マンフレッドは少し考えるそぶりを見せる。



「議会に召喚…色々と面倒だろう?四ツ窓を迎え入れるほどの準備はできていないが、それでも良ければ泊っていくといいだろう」



「ありがとうございます!」


 ヘレナは絵が余程気に入ったのか、イーナが予想した以上に喜んだ。



「ただし」


 マンフレッドが強調して言う。


 ヘレナの動きが止まって、助けを求めるかのように目だけがイーナの方を向いてくる。


 



「少し二人の『部屋』を見せてくれるか?なに、仕事に生かしたいだけだ」


 マンフレッドは声を和らげて言った。


 ヘレナの肩の力がぐっと抜ける。



「びっくりしました、そんなことならどんどん見てください」


 ヘレナは立ち上がって革製のケースから額縁を取り出しソファの上に置く。


 銀の箔で覆われ、繊細な植物の模様が彫り上げられた彼女の額縁は、照明にあたって少し明るく見えた。



「これは…素晴らしい…」


 マンフレッドは思わずため息をつく。



「私はヴルカーンハウゼンの人間の『部屋』しか見たことがなかった。他の四ツ窓のものは人から聞いたことしかない」


「エドラー家のものはもちろん初めて見た。色がヴルカーンハウゼンとは全く違うな。銀と寒色の組み合わせが上品ですっきりとした印象を与えている」



 マンフレッドは乗り出した身を戻し、イーナの方に向き直った。


「よくやってくれたよ、イーナ。君は素晴らしい人間を連れてきてくれたな」



「それでは中も…」


 マンフレッドは立ちあがろうとするが、すかさずイーナが制止する。


「待ってください、私はまだしもさすがにヘレナの『部屋』の中に入るのは早すぎかなと思います」



「失礼、あまりに良い『部屋』なもので本音が出てしまったよ」


 マンフレッドはヘレナに謝罪する。



「いえ、作品の価値と作者の人格は切り離して考える派なので大丈夫ですよ」


 ヘレナはにこやかに言い放った。


 (随分と恐ろしいことをすらすらとヘレナは言うんだな)


 イーナはヘレナの鋭い言葉に気圧されつつも、額縁をケースから取り出して、ソファに乗せる。



「荒らさない限りは、入ってもいいですよ」


 イーナは前半部分を強調して言った。


 


「ありがとう、イーナの『部屋』も毎度素晴らしいと思うよ、やはりこちらの方が重厚感がある」


 そうマンフレッドは言うと、外から額縁を眺めるのはそこそこにして、さっさとかがんで「部屋」に入ってしまった。


 イーナもすぐに中に入る。


 ヘレナは中に入らず、外から額縁の中を覗き込むようにしていた。


 マンフレッドは庭を散歩するかのように、歩きながら調度品や壁、天井をつぶさに観察している。


 イーナは窓際に立っていると、外からヘレナが小さな声で話しかけてきた。



 「『額縁』を持っていない四ツ窓というより、『変人』という印象の方が先にきますね。前にも『部屋』に入れたことがあるんですか?」


 


 「前に入れたときは、机の引き出しやら開けられたから、さすがにやめてもらったかな。変人なのは昔からだから、そこまで気にしていないよ」


 ヘレナはイーナの耳元から顔を離しすと、困ったような顔をして、まあ悪い人ではないのはわかるんですよ、とつぶやいた。



 マンフレッドは相変わらず「勉強」を続けていて、ベッド、テーブル、暖炉というふうにゆっくりと足を進めた後、とうとう本棚の前へとたどり着いた。


 彼自身は自分のことを紳士だと自負しているらしいため、部屋を荒らすような真似は一応しないようだった。




 「なんと言ってもやはり、この本棚が素晴らしいな」


 「本棚そのものさることながら、その蔵書も建築からナトゥア関係まで幅広い」


 マンフレッドは本棚の前に立つと、誰に対して言うでもなくつぶやいた。


 マンフレッドはイーナの『部屋』の本棚が特に気に入っているらしく、毎回「この部屋の象徴だよ」と言っていた。



 (あー、すっかり忘れていたな)


 イーナは心の中で焦り気味につぶやく。


 普段なら本棚自体を見られるのは一向に構わないのだが、今回は少し事情が違かった。


 ヴルカーンハウゼンで見つけた手記である。


 第一に、あれは他人のものであるため、所持している理由を説明しにくいということ。


 第二に、内容、特にナトゥアの該当部分は機密にしておきたいということである。


 ナトゥアの異変が市民に伝われば、過度の混乱が市民の中で引き起こされると予想するのは容易なことだ。


 可能な限り機密が人に伝わることは避けたいというのがイーナの考えだった。



「そういえば、義叔母さんはどちらに?」


 イーナはマンフレッドの方に近づいて声をかけた。



「ああ、妻は自分のアトリエで仕事をしていると思うよ」


 マンフレッドは本棚から目を離さずに言う。



「奥さんも絵を描かれるんですか?」


 ヘレナが窓から顔を出して言う。



 マンフレッドはうなずいた。


「彼女はもっぱら風景画だがね」


 


「ぜひ奥さんとお目にかかりたいです!できれば絵も!」


 ヘレナがさらに言葉をかける。


 イーナの意を察したのかもしれない。



「いいだろう、そろそろ夕飯だから、アトリエに顔を出しても良いころだ」


 マンフレッドは額縁から出ることにしたようだ。



(助かったよ、これで叔父は本棚から離れる)


 イーナはヘレナの察しの良さに感心するとともに心の中で感謝した。


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