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窓際の少女は消える前に  作者: 有野実
ヴルカーンハウゼン
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第9話 出来レースへの召喚状



 イーナはすぐさま、額縁を使って外壁を崩した。


 外壁は粉のように細かくなって風に舞う。


 中央広場に100人ほどの兵たちが現れる。


 兵たちの中から、背が高くしっかりとした骨格を持つ一人の男が発言した。


 


 「フォルカー・エドラー大隊から命を受けて増援に来た、第2中隊のバウメルト大尉です。ご無事なようで何より」


 イーナとヘレナもそれぞれ身分を明かし、広場へ中隊を迎え入れた。


 三人で中央広場での設営の可否、人数や装備の確認など、情報交換をしながら中央広場の中を進む。


 三人はたき火を囲んで座った。


 


 「あの、私たちは夕食中なのですが、良ければご一緒にいかがですか?」


 ヘレナがスープを指さしながら言う。


 バウメルトはちらりと鍋の中を見ると、少し困惑した表情を浮かべて、


 「いや、遠慮させていただく、先ほどの道中で食べてしまったもので」


と目を逸らしながら言った。


 鍋にはサワークリームの塊が浮いている。


 イーナとヘレナは顔を見合わせて苦笑した。


 「ですが、お二方は自分のことは気にせず、お召しになってもらって構わないですよ」


 バウメルトは少し慌てたように言った。



 バウメルトは話を変える。


 「それにしても、あの人数の連隊が中央広場まで後退して防衛戦を行い、生き残りが四ツ窓の二人しかいないとは…稀に見る量の敵数だったんですね」



 中央広場を中心に広がっていたヴルカーンハウゼンの廃墟群は、昨夜の戦闘で完全に消滅してしまった。


 バウメルトの所属する大隊は、ヴルカーンハウゼンを占領したあと、そのまま進軍した部隊であるとイーナはヘレナから聞いている。


 街の変わりように驚くのは無理もないとイーナは思った。



 「その点なんですが、少し奇妙なことが発生していて……」


 ヘレナがばつが悪そうに言う。


 「ナトゥアが、頭を使い出したんです。連隊は奇襲にあって、私以外全滅、イーナと合流したあとも、広場で包囲殲滅されかけました。ナトゥアは明らかに作戦行動をしています」


 ヘレナとイーナはこれまでの経緯を説明する。


 バウメルトは短く剃った顎髭を触りながら、黙って聞き、二人が話終わるやいなや、バウメルトは口を開いた。



 「いやいや、奴らに頭はない、あるのは『切り口』だけだ。複数体が連携をとって人間を攻撃することなんて、あり得ません」


 バウメルトはわずかの間下を向いて沈黙する。


 「──と言いたいですが、この状況を考える限り、否定はできなさそうですね」


 イーナは黙って頷く。ヘレナはほっと息をついて、スープを飲み始めた。



 「そうだ、こういうのは早い方がいい」


 バウメルトは文書を差し出す。


 「帝都のエドラー邸から大隊長宛のものです」


 「進軍中に後ろから追ってきた伝令が、ヘレナ少尉に渡せと」



 「ありがとうございます」


 ヘレナはスープを脇に置いて文書を受け取る。


 帝都のエドラー邸からという点から恐らく内容は帝国からのもの、さしずめヘレナの転属命令といったところだろうか。イーナは推測する。



 「内容は大隊長が確認したそうだが、私は詳細を知りません。私は中隊の幹部と会議をしなければならないので、失礼させていただきます」


 バウメルトは席を立ち、司令部のテントの方へ歩いて行く。


 連隊の司令部をそのまま流用する気なのかもしれない。


 


 「これ、私だけじゃなくてイーナ・ヴルカーンハウゼン宛でもありますよ」


 文書の中を確認したヘレナが言う。



 「えっ」


 イーナの動きが止まる。



 「やっぱり帝国からでした、帝都の屋敷から送られてくるやつは大抵そうなんですよね」



 「待って、内容は?」


 


 ヘレナは文書に目を落とす。


 ヘレナの表情からは少しずつ笑みが消えていった。


 「ええと……行政議会から召喚……だそうです……期日は……明々後日⁈」



 「最悪だ……」



 イーナは大きなため息をつく。


 イーナはつい一ヶ月前まで行政議員だった。


 行政議会は貴族の代表者が集まる行政機関である。


 皇帝の名の下に法を制定し、行政も担う、最も権力が強い機関。


 貴族が大勢で争いごとをしている場所であり、イーナが散々嫌な目にあったところでもある。




 イーナは基本的に、大叔父の軍に必要な人員や支援を帝国側に要請するために議員をやっていたのだが、それに関係しない議決はイーナに一任されていた。


 それでイーナは派閥に関わらず良いと思う方に賛成票やら反対票やら入れていたのだが、ヴルカーンハウゼン家の影響力は大叔父のせいもあって依然大きく――どうやらそれがまずかったらしい。


 大叔父が亡くなったあと、どこからともなく大叔父の友人を名乗る人間が行政議会に召喚、大叔父の軍と屋敷を帝国に贈与するという遺言状を提示し、主張が受け入れられてしまったのである。


 あとはそのまま任期を終えてイーナは行政議員を解任、唯一残された財産であるヴルカーンハウゼンへと赴いたというわけだ。



 そんな行政議会に二人は召喚されるのである。


 召喚されたあとは間違いなく出来レースだ。


 連隊長以下総員を喪失し、残ったのは士官学校卒業したての四ツ窓少尉と滅亡寸前の元行政議員の四ツ窓貴族。


 少数ながら影響力の大きい四ツ窓貴族を目の敵にする一般貴族にとって、これほど責任の追及をしやすい人間はいないだろう。


 消滅した連隊についていくつか質問され、審議にかけられ、責任を追及されるのである。



 一度責任を取ることになればそれこそ最前線送りだ。


 軍直属の囚人部隊を率いて絶望的な撤退支援任務に投入、名誉ある戦死を遂げるのが関の山だ。



 (まだ死ねない……)


 イーナは心の中でつぶやく。


 ついさっき、連隊の司令部でようやく、探していたものを見つけたばかりなのだ。


 ナトゥアの解明の手がかりと、父の遺志を継ぐ機会を得たばかりなのだ。


 ここ一ヶ月、いや、ヴルカーンハウゼンから逃げ延びたあとの10年間で最も気分が昂っているとイーナは実感している。


 行政議会の面子のために、自分が連隊消滅の責任を取ることだけは絶対に避けなければならないとイーナは強く感じた。




 「明々後日まではあまりにも急すぎます!明日出発しないと間に合わないじゃないですか!」


 ヘレナは文書に対して叫んでいる。


 幸か不幸か、ヘレナは事の重大さに気づいていないようだった。



 イーナは立ちあがろうとして、少しふらつく。


 頭は興奮しているが、身体の方がもたないようにみえた。


(対策は道中考えよう、体力がもう限界に達してるよ……)


 立て続けに舞い込む問題のせいか、イーナは一気に疲れが出たように感じた。


 援軍が到着して気が抜けたせいもあるかもしれない。


 どちらにせよ、イーナの身体と頭は確実に疲弊していて、睡眠を欲していた。


 いつだったかにイーナが読んだ本には、睡眠は戦闘継続のうえで重要だとか、集中力が低下するだとかそんなことが書いてあったような気がする。今も本棚のどこかにあるだろう。


 適当な本の内容を理由にして、とにかくイーナは問題を後回しにすることとした。


 イーナはたき火から少し離れたところに額縁を立て、中に入り、そのまま寝てしまう。


 イーナはベッドに入ってすぐに、中隊の慌ただしく設営をする雑音が遠のいていくのを感じた。








 翌朝早朝のヴルカーンハウゼンは雲一つない快晴、イーナの気分とは全く正反対の天候である。


 二人は中央広場の西の端に立ち、まもなくヴルカーンハウゼンを離れるが、問題は全く解決していなかった。


 


「ヘレナ、足の傷は問題ない?」


 イーナが額縁を背負おうとするヘレナに聞く。


 


 「全然大丈夫です、完璧に治りました!」


 ヘレナはその場で大きく足踏みをして元気に言った。


 ナトゥアから受けた傷は治りが早い。


 昨晩の時点ではもう松葉杖なしでも歩けていたヘレナなら、恐らく全快したと考えても良いだろうとイーナは思う。


 


 「ヘレナ少尉がこの様子であれば、二人で問題なく帝都へ行けそうですね」


 バウメルトが二頭の馬を引いてやってくる。



 「中隊の馬です、『灰色の森』では乗れませんが、2日目から飛ばせばより早く帝都に到着できます。どうぞお使いください」



 (あの馬、結構お気に入りだったんだけどなあ)


 結局イーナの馬は見つからなかった。


 ナトゥアに消されたか、運が良ければどこかに逃げ延びているかもしれない。


 ナトゥアが家畜を襲うことは少ないから、イーナは後者だと信じている。



 「短い間でしたが、お二方とご一緒できて光栄でした。健闘を祈っています」


 バウメルトがそれぞれに手綱を渡した。



 「こちらこそ救援ありがとうございました、ヴルカーンハウゼンの防衛、よろしくお願いします」


 ヘレナはバウメルトに礼を伝え、二人は後ろに振り向き歩き出す。


 静かな廃墟群すら消えたヴルカーンハウゼンは、灰混じりの土が露出した殺風景な場所となってしまった。


 二人が中央広場の石畳から地面へと踏み出すと、響きのない鈍い足音が小さく鳴った。



 「一言、大事なことを言い忘れました」


 「ヴルカーンハウゼン少将の冥福をお祈りします」


 バウメルトが勢いに乗ったように言う。


 ヘレナとイーナは立ち止まって振り返った。



 「私が士官学校を出てすぐ、最初に研修で配属されたのが、少佐の大叔父、当時のヴルカーンハウゼン少将の部隊でした」


 全く想定していなかった話にイーナは内心驚いた。


 バウメルトは目線を少し下げながら続ける。



 「少将の戦闘、采配は素晴らしいものがありました。彼が亡くなったのは私が帝都から出立する直前だったので、ご挨拶に伺うことは叶いませんでした。だから、一言申し上げたく」


 イーナは黙って聞いている。



 バウメルトは目線を上げた。


 「──いや、すみません、昨日の会議が長引いて、言うタイミングを逃してしまったもので、もっと早く言うべきでした」



 「ただ──」


 バウメルトが間を置く。


 「色々な情報はこちらにも時々届きます。もしまた何か、困ったことがあれば、遠慮なく相談してください。きっとお役には立ちます」


 「それだけは、言っておきたかったんです。ご健闘を、お祈りしています」


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